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闇姫の妹ども

赤黒い空が広がる闇の世界。


闇姫の城にて、ある来客が現れた。

彼女らは…黒姫、そして影姫。



「おねーさま、久しぶりぃ〜!」

黒いツインテールを揺らす小柄な少女が、バルコニーで手を振っている。その顔は闇姫と瓜二つだが、右目は眼帯に隠れる事なく赤い光を堂々と晒している。

本当にそっくりなのだが、余す事なく喜びを振りまくその表情、そして仕草。闇姫とは正反対の[陽]を感じさせる。

彼女が黒姫だ。


眼前には、黒姫を出迎える闇姫と、その横で翼を羽ばたかせているデビルマルマン。

闇姫はいつも通りの棒立ちに近い姿勢だが、その内心は穏やかではない。自分と全く同じ顔が、アホらしいまでに感情をダダ漏れにしているのだから。

「黒姫。私の妹ならもっと感情を押し殺せ」

「えー?無理ー。おねーさまに会えて嬉しいんだもん。つーかさ。そういう事言ってるおねーさまが一番感情抑えられてないんじゃないの?」

人さし指を闇姫の額に添え、面白おかしく語る彼女は、煽り方も陽気なものだった。だがそんな挑発に乗るような闇姫ではない。腕を組み、ただ冷ややかに彼女と目線を合わせるのみ。

そんな二人の横から、またもう一人、ある人物が現れた。

「黒姫。あまりお姉様を煽るものではありません。以前お姉様のゲンコツの衝撃波であなたの国の建造物が全て破壊されたばかりじゃないですか」

「あー…あれは大変だったなぁ。おかげで私が好きなドーナツ店も無くなっちゃったし。おねーさまが短気なのがいけないんだぁ」

依然として沈黙を貫く闇姫と、彼女を覗き込むように挑発を続ける黒姫。両者の間に、今まさに入ろうとしているその猛者は、影姫だ。

黒い着物に、背中まで垂れる黒髪。腰には鞘を提げており、ここへ来た理由が完全に穏やかなものではない事を示している。


黒姫、影姫。

誰あろう、闇姫の妹達だ。

長女闇姫、次女影姫、三女黒姫。

最強の闇王のもとから生まれ落ち、幼い頃から想像を絶する力を持つ悪魔として恐れられ、今は闇の国、影の国、黒の国を統括する頂点として活動している。

目障りな他国を焼き払い 悪の種を撒き、時に正義を悪へと導く。三姉妹等しく邪悪であり、悪魔そのものだ。

そんな三姉妹が揃う時…何が起きるのか。

答えは、今ここにあった。


「ねえ、おねーさま〜」

黒姫は闇姫の細い腕に自分の腕を増し、目を細める。闇姫は黙って、黒姫の視線を辿る。


部屋の隅…テーブルの上。

無数の調度品が黄金の光を走らせる中、神聖なまでに磨き上げられた受け皿。

その上に…色とりどりのドーナツが見えた。

黒姫は視線だけでなく、ついに人さし指をそこに向け…堂々と要求した。

「アタシの黒の国、ドーナツが底を尽きちゃって…。あれ、くれない?てゆうか、わざわざあんな所に置いてあるという事はアタシ達の為に用意してくれていたんだよね?」

闇姫の返答よりも前に、影姫もその場に身を乗り出す。

「黒姫。お姉様を困らせるものではありません」

仲裁に入ったかに見えるが、影のごとく冷たい影姫。こういった状況では、ほぼ確実に乱入者として自ら火種をまいていく。

「あれは間違いなく、ワタクシの為に用意してくださったドーナツです。本来の予定通り、ワタクシにドーナツを渡してくださるだけで全て丸く収まるのです。運命の川の流れを乱してはなりません」

「誰がテメエらにやると言った」

闇姫はゆっくりと、しかし庇うようにドーナツの前に立ち、無愛想に語りだす。

「ここに置いてんのは、テメエらの目の前で食う為だ。欲しがってるやつの前で食う菓子ほど、美味いものはないからな」

姉妹揃ってドーナツ好き。

他人にものを決して譲らぬ独占欲。

そして、圧倒的な力。


地域によっては、悪質三姉妹とも呼ばれているらしい。



…闇姫が、何かを察知した。


そして…。



赤いカーペットが敷き詰められた豪華な床が、突然裂けた。


激しく響き渡る倒壊音。

床が断裂し、裂かれていく。

闇姫と、影姫、黒姫は互いに分断され、離れていく。影姫の手には…漆黒の刀が握られていた。

この一瞬で、彼女は愛刀を取り出し、城そのものを切り裂いたのだ。

遠くの方で兵士達が叫び回り、鎧が打ち付けられる音が聞こえてくる。闇姫はポケットに手を突っ込んだまま、ただ斜めに歪んでいく視界から情報を読み取る。

影姫が納刀するより前に…今度は、黒姫が動いた。

「おねーさまぁ…?」

彼女の手に、黒い闇の霧が集まり…大斧が形成される。身の丈の倍はあろう大斧を片手で振るいながら、黒姫は闇姫に斬りかかる!


…闇姫は表情一つ変えず、それを小指だけで受け止めた。

圧倒的な圧力が、闇姫から放たれる。その圧は物理的な波動さえ生み、周囲の窓ガラスが割れ、黒姫の頰にも切り傷ができる。

だが、闇姫の妹たる黒姫には、この程度の反撃は予想の範囲内だった。彼女は闇姫の余裕の受けに何の反応も示さず、また霧を集め、今度は鞭を形成する。

指で止めにくい武器を生成し、闇姫へと振りかざす。

「ドーナツをくれないなら…いくらおねーさまでも許さないよ?殺しちゃうよお?」

鞭は闇姫の首元を狙う。

闇姫は左手を軽くあげ…手刀でそれを切断する。黒姫は足先から闇の波動を放出して空中へ飛び上がり、崩れる瓦礫に魔術をかけ、様々な武器へと変えていく。

剣、槍、ブーメランに棍棒、ショーテル…異なる形状の武器の数々に、闇姫は寸分の迷いもなく両手で受け流していく。

「あーもう!おねーさまって何で当てさせてくれないかな!?」

地団駄を踏む黒姫。その衝撃で、更に城の倒壊が進む…。


「闇姫様ー!!何が起きてるのですか!!」

もはや外れかけている扉が開かれ、何人かの兵士達が現れた。彼らは汚れた鎧を互いに密着させ、統一性もへったくれもないような慌てぶりで主を訪ねてくる。

闇姫は片手を突き出し、彼らの足を止める。

「さっさと避難しろ」

その言葉が終わるや否や、その手の平から魔術波が放たれる。空気を浸透して兵士達に当てられたその魔術は…足を速める加速魔術だ。

兵士達の足が速くなり、礼を言う暇もなく逃げていく。


闇姫の目の前で、バルコニーが崩壊、そこに立っていた黒姫と影姫は背中から翼を広げ、空中に飛び始めた。

影姫は刀を連続で振るい、闇姫を切り裂こうとする。闇姫はその場で飛翔し、尚も表情を動かさない。


そして、地上…城の城門では…。

沢山の兵士達が陣列を組み、真っ二つになった城、そして遥か頭上で激しい戦いを繰り広げる主と、その妹達の姿が。


一人の兵士が、蒸し暑い熱気の中、兜を外して隣の兵士に聞く。

「何であんな事になったんだ?」

「いや、分からない…。多分、互いの国の情勢関連で争ってるのだろう。流石は闇姫様、なんて真面目な御方なんだ…」

原因がドーナツだと知れば、彼らは卒倒するだろう。





闇姫は、尚も余力を残していた。

しかし、相手は血を分けた妹達。彼女らの実力も、並のものではない。

闇姫は時々、避け際に蹴りを仕掛けるが、黒姫も影姫もそれらを容易にかわしていく。

「はい、ハズレ〜」

「お姉様、蹴りの衝撃でまた城の崩壊が進みますよ。そろそろドーナツを渡してくれませんか」

これだけ崩壊しているにも関わらず、ドーナツは根を張るように鎮座し続けている。

いっそこのまま落ちてしまえば、この争乱も収まるというものなのだが。


「そろそろ終わらせようか、おねーさま。そもそもアタシ達がここに来た理由は戦いじゃなくて、おねーさまの闇の国のドーナツを奪う為…。無駄な時間を過ごす訳にはいかないの」

「素直に渡してくれれば良かったものを」

黒姫は魔術、影姫は刀…それぞれ、自身が最も得意とする武器で、一気に決着をつけようと、腰を深く落とす。

闇姫の目は氷そのものだった。実の妹達を、まるで名も知らぬ反逆者を見るように見下し続ける。

「馬鹿な妹達…不愉快だ。どちらにせよ、テメエらの前では折角のドーナツの味も薄れちまう」

闇姫は防御の構えをとる事すらせず、受け皿を手に持つ。黒姫、影姫の目が僅かに動き、技を繰り出すより前に、今の闇姫の行動の一部始終を見守る事に集中し始める。

闇姫は、今や崖と化した部屋の隅から、地上を見下ろした。そこには、主を見上げる兵士達…兜を被る者も、外している者も、等しく視線が固定されている。

彼らを一望すると…受け皿を僅かに傾ける。



ドーナツを、地上に落とし始めたのだ。


「わあああああっ!!!」

兵士達が咆哮を揃える。天から降り注ぐ主の恩恵へ両手を伸ばし、乱れ狂いながらそれを手にしていく兵士達。


全てのドーナツを落とし終えた闇姫は、皿をテーブルに置き直すと…再び妹達に目を向けた。


影姫は相変わらず刀に手をかけたまま。何も見ていないとばかりに、目頭の髄まで不動を貫いている。

黒姫は…それとは正反対だった。

「う、そ…アタシの、ドーナツを…あんなクソ雑魚どもに…」

あまりのショックに、魔力を集中していた両手はだらりと下がり、口は半開き。

滑稽とばかりに、闇姫は鼻で笑う。

「勘違いすんな。まずくなったドーナツを、馬鹿な連中のもとに偶然落としただけだ。テメエらの暴走で埃を被ったドーナツ等、食いたくない」


…目的の物を失った影姫は、刀から手を離していた。影のごとく冷たいが、同時に潔い彼女は、諦めも良い。ドーナツを手に入れる[道筋]であった闇姫戦も、その目的が無くなっては一気に無意味なものと化す事を、重々理解している。


が、黒姫は…そうはいかなかった。


「…許さない…!!この、このクソチビがあああ!!」

一気に感情を爆発させた黒姫。

漆黒のドレスが激しくなびき、全身から黒い闇のオーラが放たれる。

魔力を超えた、あまりに色濃い[オーラ]だ。

その衝撃は城を崩壊させるどころか、城を構成する物質を粒子化して分解し始める。

地上の兵士達も危険を悟ったらしく、慌てふためいて逃げ出していた。

ただでさえ禍々しかった闇の空は、更に顔色を悪くしていた。どす黒い、という言葉が何よりも似合うような…下に立つだけでも不安を煽られるような空模様。

黒姫は片手に魔力を集め始める。

小さな光球が黒い稲妻を放ち、空間を歪ませ始めた。

闇姫は首を鳴らし、右腕を揺らす。

「相変わらず短気な馬鹿め。姉に向かってクソチビとは何だ、このクソチビが」

「うるさいっ!!!ドーナツの恨みっ…思い知らせてくれよう!!」

既に星を破壊しても有り余るほどのエネルギーが、小さな手に集められている。

闇姫は軽く舌打ちを挟み…。


「仕置きが必要だな」

一歩踏み出し、黒姫の左手…今まさに、エネルギーが集中している場所へ手を伸ばす。


そして…投げられようとしていた[惑星破壊玉]を、文字通り奪い取る。


「なっ!?」

怒りに震えていた黒姫の瞳から力が抜ける。

闇姫は…魔力で形成されて触れる事ができないはずの光球を、ボールのごとく手に取り…見せつけるように、両端を握り始めた。

彼女自身も魔力を併用し、物質に直接触れる力を発動していたのだ。

光球はゴムのように伸ばされ、変形していく。


「このドーナツでも喰らえ」

形を変えた光球は…円を描いた形となる。破壊のドーナツだった。

彼女は腕を大きく振り上げると…それを投げつけた。



黒姫、影姫に同時に命中し、そのまま押し出すように空の果てへと吹き飛んでいく…。

「ふぎゃあああああ!!!」

闇姫からの、盛大なドーナツプレゼントだ。

速度は落ちる事なく、むしろますます加速、空の向こう側へ行くにつれ、どんどん小さくなっていった。

黒姫が飛ばされた事で、空の色も元通りの赤に戻ってきている。大気も、その空模様とは裏腹に澄んだものへと帰ってくる。

完全に姿が見えなくなると…。



…轟音が響き渡った。

空が赤く染まり、周囲一帯に熱い大気が広まる。



この時、衛星の知らせによれば、宇宙空間の色が一瞬変わったという。


妹達も宇宙のどこかへ飛ばされただろうが、この程度で散るような連中ではない事は姉である闇姫が何よりも理解している。またどうせ襲撃に戻ってくるだろう。



「終わりました?闇姫様」

どこに隠れていたのか、デビルマルマンがいつの間にか彼女の肩にのっていた。

終わりましたも何も、黒姫の金切り声が聞こえなくなったこの状況。結果は分かっているにも関わらずわざわざ聞いてくる辺り、デビルマルマンもあの妹達と同様に闇姫への余裕に満ちている。

「見ての通り城が壊れた。直せ」

「かしこまりました」

魔力上手なデビルマルマン。早速、瓦礫を超能力で浮かべ、修復作業に移り始めた。

彼に頼めばどんな崩壊も直せてしまう。何の問題もない。


「さて」

作業に勤しむ彼の横で、闇姫は辛うじて残っていた椅子に腰を下ろし、テーブルの中心を指で押す。



テーブルの中央部が左右に展開し、内蔵された小型リフトが、何かを運んできた。


…チョコレートドーナツだ。


「こんな事もあろうかと、予備のドーナツを買っておいて良かった」

妹をしつけた後のドーナツは、一段と格別だった。


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