隕石怪獣 メテドン
れなが、上機嫌で魚屋から出てきた。
その手には大きな冷凍マグロ。
軽々と、持ち歩いている。
「やっっと買えたよ〜〜〜!!!!ずっと貯め続けてたお小遣いがとうとう功を成したのだ!!」
最高級冷凍マグロ。魚介好きのれなにとっては、焼き肉以上のパラダイス。エデンへの招待状。
ひんやりと冷気を帯びる、マグロ丸々一匹。大の大人でも持ち歩けないような代物を、彼女は頭上に掲げて陽光の下に晒し上げる。
これを家に持ち帰り、れみと共に、尾から、頭からまるかじりだ。想像するだけでも、高揚感が湧いてきた。
「へへへへ〜……。魚はステーキより美味し。早く家に帰りたいなぁ〜〜〜〜…」
スキップを始めるれなの姿は、自身が上機嫌である事を周りに主張しきっている。現代社会に疲れ切った人からして見れば、不愉快極まりない光景だろう。
掲げた冷凍マグロの異様さが全てを吹き飛ばしているが。
「よーし、じゃあ、今日は五回以内のスキップで家に帰れるかチャレンジ…ん?」
熱を感じた。
同時に、れなの頭上から水滴が垂れ落ちる。
「雨?」
見上げると…マグロの一部を覆っていた氷が溶けはじめていた。それも、急激な勢いで。
「…?」
背中を反らし、更に上へと目線を向ける。
…雨どころではなかった。
落ちてきたのは、炎に包まれた巨大な岩石。
隕石だった。
「ぎゃあああああ!!??」
自分目掛けて落ちてくる隕石。
気づいた頃には、隕石はもうすぐそこだった。
間に合わない。少なくとも、冷凍マグロはもう犠牲になっていた。
(アタシの、マグロ…)
隕石はれなを押しつぶし、地上へめり込む。周囲に莫大な熱が広がって、家々を熱し、破壊し、玄関から人々が飛び出していく。
地面は宇宙からの衝撃で難なく破壊され、クレーターが広がっていく。科学の街自慢の最先端コンクリートが、発泡スチロールのごとくはがれていく…。
平日の昼間から地上へ舞い降りた隕石。
幾つもの民家を破壊したそれは、研究所へと送り出され、好奇心と研究意欲で、餓えに飢えた科学者達の研究対象となる。
テクニカルシティ第三研究所。
白衣を着た科学者達が、巨大な隕石を取り囲む。
目が痛くなるほどの白、白、白。
白い壁、白い天井。白い機械、白いケーブル。
その中にそびえる隕石は…焦げ茶色。
更にすぐそばには、黄色、緑、紫の頭…。
「あー!!なんで隕石なんて落ちてくるんだよ!!」
頭に絆創膏を貼られたれなが、ガラスの向こうに設置された隕石に一発かまそうと足をばたつかせているのを、葵が必死に止めていた。
勿論、冷凍マグロの恨みだ。この隕石のせいで、全てが壊された。
冷凍マグロだけではない。
小遣いも、ポケットに入れてた財布も、何もかも。
…そして、妹の笑顔も…。
れみと共にマグロパーティー。
その思いごと、あの一瞬で潰されたのだ。
だがお相手の隕石様は、今や希少な研究対象様。
手を出す訳にはいかない。
ラオンは、ばたつくれなを横目に一言呟いた。
「それにしても隕石って、宇宙に何個も浮いてるけど…何なんだろうな」
「何って、宇宙にある岩石の欠片よ」
葵が、なんて事のないように返すが、ラオンは腑に落ちていない様子だった。
「でも、アタシらが岩の欠片だと思い込んでてるだけで、本当は宇宙人が送り込んできた兵器の可能性だってあるぞ」
「あー…確かに」
そう。隕石は、具体的に宇宙のどの辺りで出現し、具体的にどれだけの時間をかけてここまでやってきたのか、分かりづらい。
そういった不明瞭さに目をつけた宇宙人が存在しているかもしれないのだ。
この隕石も、遥か大宇宙から、れなの冷凍マグロ…ではなく、地球を狙って飛来した、宇宙人の手先かもしれない。
そんな話題の最中だった。
「確かに、その説は一理あるよ」
三人の耳に、優しげな男性の声が聞こえてくる。
「あ!博士!」
れなが目を輝かせ、声の主…白衣を着た初老の男性のもとへ駆け寄っていく。
彼はれなとれみの管理をしている、父親同然の存在だ。基本的に研究所でパソコンと向かい合っている彼だが、どうやら今日はこの研究所の手伝いに出ていたらしい。
博士は窓ガラスの前で立ち止まると、腰の後ろで手を組んで、隕石をまじまじと見つめていた。
まるではじめて見たものであるかのような視線。この研究所にいる以上、この隕石とは何度も顔を合わせてきただろうに。
科学者ゆえの、永久的な知識欲への渇望が、歳不相応の若々しい視線を作り出している。
その何とも言えぬオーラに、葵とラオンも思わず黙りこみ、学会に集まった学者のごとく、目の前の隕石に釘付けになる。
「君達の言う通り、隕石とは宇宙からの未知の贈り物だ。贈り主不明の、かつ、多くの人々は望んでいないであろう未知の物質の塊。未知を無条件に恐れる人間の気質も影響しているのかもしれないが、隕石が宇宙からの侵略兵器という可能性は十分にある」
人間の気質…アンドロイドであるラオンは、それを感じる事ができた。
彼女は照れくさそうに、らしくもない控えめな笑いを漏らしていた。
「…実際、隕石には宇宙からの有害な微生物が張り付いている事が多い。それが地球に繁殖してしまえば、それはもう大変な騒ぎになってしまうだろう。果たしてこれが、宇宙という自然の悪戯なのか、それとも何者かの陰謀なのか」
目の前のこれも、宇宙からの刺客なのかもしれない。
太古の昔に地上に落ちたという隕石もまた、宇宙人の業なのだろうか。
隕石の調査は、これから数ヶ月規模で続いていく予定らしい。
今日はその調査の初歩の初歩。隕石の種類や、表面の様子を観察しただけ。
久々に大がかりな研究になりそうだからか、研究者達の多くは鼻息を荒くしていた。
何だ、隕石からモンスターでも出てきて戦うんじゃないのか。
れなはがっくりと肩を落とし、自宅である研究所へと帰っていった。
研究所二階…れな姉妹の自室。
「お姉ちゃん、今日はなんかテンション低いね?」
「るせー。放っといてくれ」
ベッドに突っ伏しるれな。
その顔は、きっと虚無感に満ちているだろう。マグロは無くなるし、戦えないし。
れなにとってそれは、睡眠だけで時間を潰した休日と同じくらい、酷い損失感に満ちていた。
時刻は二十時。眠るには早すぎる時間だが、こんな日にこれ以上起きている必要はないとばかりに、彼女の意識はスリープモードへと切り替わった。
「ごげえええーーー」
秒で寝るとはまさにこの事。
いびきをかきながら、ツインテールをベッドから垂れ流す姉を横目に、れみはゲームを始める。
一階では、博士があの隕石から離れ、テレビを見ている。平和な夜が、空間を潤した。
その頃。
研究所では、夜勤研究者達があの隕石を取り囲んでいた。
バインダーの上の紙には、素人目では文字の一つも理解できないような、複雑な情報記録が、嵐の中の雨粒の如く書き殴られている。
彼らは隕石の表面の情報を書き込んだところだった。次は…いよいよ隕石の内部。
そこに内包されたエネルギーや、内側の細菌類を抽出する。未知の隕石を、ただの岩の塊へと変える作業だった。物質を絞り出すチューブや注射器、そして隕石の表面を物理的に破壊するハンマーやドリル片手に詰め寄る彼らは、手術台を囲む医師たちと重なる。
「よーし。待ちに待った解体作業だ!皆、気をつけろよ!」
注意を促しつつも、リーダーと思われる研究者の声は弾んでいた。文字通り、待ちに待ったのだから。
「では、早速作業を開始する。何が噴き出るか分からんから、気をつけろよ!」
今まさに、工具が打ち付けられようとしていた。
…異変は、既に起きていた。
「ん?ちょっと待て」
一人が、ドリルを突き立てる寸前でその手を止めた。
隕石が…揺れたのだ。
見渡すと、誰も作業に移っていない。動く要因など何一つとして無い状態で、この大規模な質量が、はっきり分かるくらいに揺れ動いた。
「おい。誰だ。揺らしたの」
揺らせる訳が無いと分かっていながら、一人が誰にでもなく聞いた。
そして…全員が胸の奥に隠していた嫌な予感が、ついに的中してしまった。
地鳴りのような音が鳴り響き、天井を照らす蛍光灯が揺らめく。
震源は…足元の隕石からだ。
「…!み、皆降りろおお!!!」
一人が叫ぶが、間に合わない。
隕石の表面から、突如何かが飛び出した!
それは、岩の腕だった。
先端に巨大な爪を持つ…生物の腕。
腕に続くように、足、顔、尻尾…生物のパーツが、飛び出してくる。
隕石だったものは、いつの間にか一つの巨大な生命体…怪獣へと変形していく。
怪獣は、自身を拘束する広間内で、窮屈そうに身をよじらせると…。
「ぐがあああああ!!!!」
咆哮が放たれる。
大気を殴り飛ばすような、あまりに暴虐的な咆哮。
その音による振動は、広間どころか、研究所全てを貫通した。
内側から、無数の大気の刃で突き刺された研究所は、ブロックのように分解され、重力に従ってゆっくりと大地に落とされる。
その中から姿を現した、隕石怪獣。
更にもう一発、咆哮を発する。
遠方にあるビルが、次々へと倒壊。破壊の大進撃が開始された。
◯月△日のテクニカルシティの夜は、大騒動に見舞われた。
突如現れた巨大怪獣。瓦礫を纏い、爪を振るい、文明そのものを玩具にしているかのように、破壊の限りを尽くす。
「やれー!あの怪獣を倒すんだ!!」
熱く滾る声が、闇空へと立ち上る。
現れたのは、テクニカルシティに集められた戦士たち。街の責任者達から絶対的な信頼を得ている、腕利きの戦士だ。
鎧を纏う戦士、マントを羽織る戦士、黒いローブを纏う魔術戦士。皆、共通して夜空を飛び、巨大な怪獣へと突っ込んでいく。
刃が、魔法が、怪獣を包囲。暗闇が押しのけられる程の、眩い閃光が幾つも放たれ、点滅、怪獣の表面に爆発が起きていく。
「ぐごがあああ!!!」
怪獣は攻撃を食らいながらも、あの咆哮波を発射した!
魔術戦士の一人が飛び出し、光の壁を張り、その攻撃を防ごうとするが…大気を味方につけた咆哮波は、その壁をも貫通した。
「うぐっ!!」
魔術戦士だけでなく、その背後にいた戦士達も落とされていく。
地上からは、迷彩服を着た戦士達が銃を構えている。その左右からはダイナマイトを持つ戦士達。軍隊の武力が、巨大な生体要塞に狙いを定めていた。
一斉に攻撃が開始される。怪獣の足元でいくつもの爆発が発生し、煙を噴き上げる。
だが、相手は元から頑丈極まりない隕石。この程度の攻撃にはびくともしないようだった。
先程から、戦士達の攻撃が効いている様子を一切見せない。
更に、怪獣はこの星に降り立った事で更に力を開花させたのか…突如体を屈め、新たな技を見せつける。
「ゔがああああ!!!!」
怒りすら感じさせる凄まじい咆哮。
直後、怪獣の口から放たれたのは、白い破壊光線!!
遠方のビルを幾つも切断し、街を一気に倒壊させていく。
その破壊行動に意図があるのか、それとも単なる本能のみか。
夜闇の中、その影が、一気に不気味さを増し始めていた。
だが、そこへ…ようやく[彼ら]が現れる。
「うおおおお!!!起きたら大変な事になってるやーーん!!」
乱れた声が、夜空に響く。
怪獣のもとへ突っ込んでいくのは…れなだった。
彼女だけではない。ラオンと葵、そしてれみも違う方向から飛んでくる。
それぞれが、怪獣とすれ違いざまに攻撃を仕掛ける。
ラオンのナイフは弾かれ、葵のライフル弾も皮膚の奥まで届かない。
れみは怪獣の外殻…すなわち、隕石の僅かな隙間に拳を打ち込むが、効果はなし。
「くそっ、硬いな…」
ラオンが舌打ちしつつ、地面に降り立つ。
地上に降りた三人を即座に捉えた怪獣は、爪を振るう。
息を合わせて飛び跳ね、回避するが、地面には巨大な亀裂が残された。
近くのビルにも爪痕が残される。
このまま戦闘が長引けば、街の崩壊は止まらない。それどころか、ますます崩壊を進めてしまう可能性すらあるだろう。
この怪物相手に、どう短期決着へ持ち込むか。
「皆!アタシに任せろーーーい」
ふと、頭上へ視線を向けると、そこではれなが、呑気な声、そして呑気な等速円運動を繰り返す姿が見える。
そのあまりに気の抜けた光景に、三人は思わずため息をつく。だが同時に、言葉にならぬ安心感もあった。れなのこの能天気ぶりは、ある意味でワンダーズの武器の一つ。彼女がいれば何とかなってしまう…という、根拠のない自信すら湧いてくる。
「…れなに任せましょう」
下手な動きで怪獣を動かせないと見た葵は、ライフルを下ろし、れなの動きを見る事にした。
回るれなは、怪獣の眼前へと舞い降り、蝿のごとく目の前を動き回る。
怪獣は爪を振り回し、一心不乱にれなを切り落とそうとする。
だがここまで怪獣の攻撃を観察していたれなは、その攻撃が全て見えていた。爪の爪の僅かな隙間、そして振るう際の腕の癖、角度、当然ながら、速度も。
れなは攻撃を仕掛ける事なく、怪獣に好きなようにやらせ続ける。足元に低空飛行して踏みつけを誘発、それを回避。真上に移動し、怪獣を飛び上がらせ、空中で難なく攻撃を回避。
れなは頭は弱いが、戦闘のプロだ。誇らしげな笑みを見せていた。
よく見ると、彼女の回避は紙一重だ。
怪獣が、れなも苦労させる程の力量を持つのか、それともれなの戦闘狂気質故に、あえてギリギリのラインを攻める[舐めプ]を楽しんでいるのか。
答えは…恐らく両方。
彼女は怪獣の顔の前へと移動し、一層煽るように飛び回る。
煮えたくった怪獣は大口を開き…あの破壊光線を吐き出してきた!!
「あ、危ないお姉ちゃん!!」
れみが叫ぶが…これこそが狙いだった。
「おら来たぁ!!!」
彼女は飛んできた光線に対し…拳を突き出した。
格闘戦に全てを置いているれな。どんな無茶苦茶も、拳一つで現実にしてしまう。
放たれた光線は、拳圧に押され、そのまま怪獣の顔面へと押し返される!
自分自身が放った光線で、外殻が砕け散る怪獣。どんな戦士の攻撃を受けた時よりも、苦しげな声を上げてうつぶせに倒れ込む。
「…流石れなだな…」
ため息混じりのラオンの声が、空気中に消えていく。葵も同じ表情だが、れみだけは拳を握り、姉の雄姿にときめきに近い感情を覚えているようだった。
「ぐがああ…」
光線の余波か、怪獣は口から煙を吹きながらも立ち上がる。
目前のれなに爪を構え、突き出すが、今のダメージによる負担が重りとなっていた。
れなは先程以上の余裕を見せながら、それを難なく回避。バランスを崩した怪獣の顔の前まで降り立つと…足を振り上げた。
小さなれなの足に込められた怪力。
怪獣はゆっくりと天を仰ぎ…それまで意識を保っていた力を完全に無くす。
地響きと共に倒れる怪獣。
…街を襲った隕石は、思わぬ形で敗北する事となった。
その光景をビルの影から見守る、二つの影。
「…闇姫様。今回の作戦は中々規模が大きいですね」
「まだ始まったばかりだ。今度はやつを使うぞ」
闇姫、そしてダイガル。
悪の手が、テクニカルシティを撫でさすっていた。




