闇姫とダイガルの平和な時間
赤と黒の空が広がる闇の王国。
そこは、闇姫の居城だった。
闇姫の部屋。
赤の絨毯が並び、悪魔像が天井付近にまで聳え立つ。窓の外には暗雲が渦巻き、悪魔たちの唸り声が聞こえてくる。
闇姫は、テーブルに向かい合い、その上に並べられた資料と向かい合っていた。
闇姫軍の今後の計画…世に悪の種を振りまく為の、闇姫軍の凱旋へと通ずる理想の道。
それぞれの作戦の人員を選抜し、より戦況を有利に進められるように調整するのが闇姫の役割。
とはいえ、軍の人員は膨大だ。彼女一人では手が足りない。
そこで、彼の出番だ。
「闇姫様。俺が手伝いますよ」
扉を開けて現れたそれは…小さな生物。
青いダイヤモンドから、黄色い角と短い手足を生やしただけの姿をした、威厳のない姿。
「遅えぞダイガル。手伝え」
その生物、ダイガル。
闇姫軍最強戦士と呼ばれる兵士の中でも特に高い実力の持ち主。
防御に特化しており、彼にダメージを与えられる闇姫軍の所属人は、数千万以上の兵士が揃う中で、片手で数える程しかいない。尚、その少数の中の一人が闇姫だ。
その外見で油断し、葬られた敵戦士は数知れず。
闇姫軍の盾、そして矛。
彼一人で二つの、かつ伝説級の武器になり得るのだ。
そして、頭も良いと来た。
彼はテーブルに散りばめた白の数々…無愛想なまでに面白みのない文章が刻まれた紙を、次々へと確認し始めた。
「トイレ詰まらせ作戦、面接官厳しさアップ作戦、香水の匂い倍増作戦、トイレの個室に監視カメラを設置する作戦。兵士達も色んなのを考えますね」
「ダイガル。テメェは何か考えてきたか」
闇姫は頬杖をつきながら、片手で1枚の紙を確認しながら問う。互いに目線を合わせず、紙だけを視界に集中させるその姿は、まさしくプロ。
「私は…街中に、おっさんの脛毛剃りの映像を映し出す作戦を考えてます。近々ガンデルに協力させる予定です」
「そうか」
平和(?)な一時。
二人の時間が、暗雲の下で悠々と送られていた。
「闇姫様ー!!!し、侵入者ですー!!」
女性兵士の叫び声が、扉の向こうから響いてくる。
闇姫もダイガルも、ほとんど反応を見せない。一秒たりとも手を止める事なく資料をめくり、勝手に流れる時間に、ぶっきらぼうなまでにその身を委ね続ける。
扉が乱暴に開かれ、何者かが姿を現した。
それは…紫色の大きなモンスターだった。
頭からそのまま剛腕が生えた、胴体が見当たらないシルエット。その異形を支える両足も筋肉に恵まれ、目は赤く爛々と輝いている。
闇の世界の暴れ者モンスター…アゴンのお出ましだ。
「闇姫ぇ…」
アゴンは床に深く足を踏みしめ、一歩、一歩と闇姫達に近づいてくる。
背後からは鎧を纏う兵士達が必死に槍を突き立てているが、アゴンの筋肉はそれを微塵も通さない。
大股歩きな事もあり、すぐに闇姫の目の前に到達する。
身長…およそ三メートル。存在するだけで部屋の空気が重みを増す。
「闇姫ぇ…」
「うるせえ。同じ事しか言えねえのか」
視線を固定したまま中指を立てる闇姫。
アゴンは短気なモンスターだ。瞬時に怒り狂い、拳をテーブルに叩きつけた!
バラバラに砕け散るテーブル。その破片が闇姫とダイガルの顔面にいくつも衝突した。
「闇姫様!!ダイガル様ー!!!」
兵士達が叫ぶ。
…しかし、兵士に心配される程、やわではない。
二人は、完全に無傷であった。
単に無傷なだけではない。破壊されたテーブルから舞い上がった資料を、指先で挟み込んで受け止めていたのだ。
「業務妨害だ、アホ」
闇姫が低く唸る中、アゴンは高笑いを響かせた。
「ぎゃははは!どうだ!?悔しいか、闇姫!!」
「闇姫様。こいつ頭おかしいですよ。何がしたいのかさっぱりです」
ダイガルの目が闇姫に向けられる。
目の前のアゴンはしばらくの間笑い続け、闇姫とダイガルはその間、呼吸音一つ鳴らさない程の沈黙を貫いていた。
その沈黙は、余計にアゴンに独壇場のような優越感を与えてしまっている。
「闇姫!悔しいかぁ!?」
あまりの目的の不透明さに、ダイガルは声をあげた。このままでは埒が明かないと。
「何が目的だお前は!!」
アゴンの肩(?)が、一瞬すくむ。
ここで闇姫が大きなため息をつく。このアゴン、大したやつではないと既に判断したのだ。
「…俺はな!テメエら闇姫軍に住処を荒らされたんだ!その仕返しに、お前らの作戦の妨害に来てやったんだ!」
拳を震わせるアゴン。
先程までは小悪党のような素振りだったのが、唐突に正義の味方じみたナリに変化していた。
拳を向け、切っ先のような赤目を闇姫に向ける姿は、一見すればまさしく正義の使者。
しかし、実際はよその城の扉を破壊して不法侵入してきたただのならず者。
どっちもどっちだ。
闇姫はこれでもかと目を細め、軽蔑の視線をアゴンへ向けた。
「で、どうすんだ。アタシらをここで殺す気か」
「そうよ!ここでテメエらをぶち殺せば、俺はこの軍の支配者になれる!仕返しついでに、闇の王、アゴンの誕生だぜ!」
両腕の力こぶを見せて、また大笑いするアゴン。
単身で侵入し、トップへ喧嘩を売る。
呆れすら通り越した闇姫とダイガルは、手元の資料に再び目を通し始める。
「闇姫様。これからお風呂入ろうとしてる人に心霊番組見せる作戦の人員はどうします?」
「その前に、噴水の水を小便に変える計画の内容を進めんのが先だ」
「テメエらああああ!!!無視すんなぁ!!」
アゴンの拳が、再び振り下ろされる!
次の標的は、他でもない。闇姫の頭部だ。
闇姫は、アゴンの想像以上に小柄で、華奢だ。
どう見ても、上から潰せば全身の骨が粉々に砕け散って、脳味噌をぶちまけておっ死ぬだろう。
未来のビジョンが見える。闇姫の死体を踏みつける、自身の姿が。
「ひゃはははは!闇の王、アゴン、ここに誕生おおお!!!!」
…闇姫が、小指を振り上げた。
その小指が突き立てられ、アゴンの鋼鉄のような拳に[接触]する。
衝撃。
あまりに違いすぎる体格差が生み出す、矛盾の極み。
アゴンの拳が小指一本で遮られ、不可視の大気の衝撃が、彼の巨体を空中へと突き上げる。
凄まじい勢いで天井を突き破るアゴン。
「ぎゃあああああああ!!!」
城外、城門を監視していた門番悪魔達は、天へ昇る紫の閃光を見上げてポツリと呟いた。
「あー、また闇姫様が侵入者をぶっ飛ばしましたな」
「今日はどこまで飛びますかねえ」
アゴンは、今までにない体験、そして情報を脳へと叩き込まれている。
瞬き一つすれば大気圏を超え、次の瞬間には暗黒宇宙。青い地球が眼下に広がり、かと思うと様々な星々が通過する。
そのうち二つは、彼が幼い頃に教えられた惑星…金星と水星。
無数の、巨大な隕石群を砕きながら、アゴンはどこかへ飛ばされ続ける。
やがて…輝く何かが見えてきた。
(げっ)
…太陽だ。
燃え盛るフレア。それらが、アゴンを喰らおうと、落ち着きなく揺らめいている。
深海で揺れる海藻のよう。そんな呑気すぎる表現が、アゴンの脳裏にふっ、と浮かんでは消えた。
「あ゛ぢいいいいい!!!!」
焼かれた。
尻を押さえながら、アゴンは叫んだ(宇宙空間なので実際は声など出ていないが)。
そして…炎に押されるように、今度は来た道を戻り始めた。
隕石群、水星、金星、地球、大気圏…見逃したものも何個かあったが、視認できたものはここまでだ。
そして、闇姫の城。
開けた穴を綺麗に通過し、アゴンが落ちてくる。
着陸地点は床ではなく…闇姫の右手の平だった。
「このカーペットは高いんだ。天井はまだ良いが、床は傷つけんじゃねえ」
アゴンは目を回しながらも…文字通り、敵の手の平の上に乗せられている事に気付き、慌てて飛び降りた。
久々な気がする空気の味。アゴンは激しく息を切らし、無様な姿を晒していた。
ダイガルが短い手を指して、全力で嘲笑してみせる。
「うっわ、闇姫様ぁ!こいつ、ケツに火傷してますよお〜」
「う、うるせええええ!!!」
宇宙旅行で疲労した肉体に一切の考慮なく、アゴンは拳をダイガルへと突き出した!
愚かな拳だった。闇姫を殴ろうとした時と何も変わっていない。
拳がダイガルに衝突する。
ダイガルは、それを避ける事も防御の構えをとる事もせず、ただ顔面だけで受け止めた。平たい顔面に衝突したアゴンの拳。
そこから、衝撃が分散…することも無く、あまりの硬度で、そのまま衝撃がアゴンの手へと跳ね返ってきた。
電気ショックを食らったような衝撃。アゴンの全身の神経という神経が、悲鳴を上げた。
そう。本当に悲鳴をあげた。
『ぎゃあああ!!!』『ごげえええ!!!』『ゔええええええ!!』
全身から悲鳴を響かせ、手を抑えながら、その場で何回転も走り転げ、再び扉を叩き開けて逃げていく。
勝手に殴って、勝手に大ダメージ、勝手に退場。何がしたかったのだろう。
「おいダイガル。人間の髪の毛を紙に変える作戦、成功したみたいだぞ。兵士から通信が来た」
「本当ですか!?やった!それ、私が出した案なんですよ〜」
何事もなかったかのように、とはまさにこの事。
廊下の兵士達は、最早ついていけないとばかりに、持ち場へと戻っていくのだった。




