悪鬼狩人登場!
この世界で、人々の平和を脅かす存在は多い。
モンスターが主だが、それ以外にも危険な存在は多く出回っている。
特に厄介なのは、人間の悪意から誕生した存在…。悪鬼と呼ばれる生物。
彼らは一般的にモンスターよりも強いものが多く、その癖悪知恵はモンスター以上と来る。
超古代から今に至るまで、多くの村や町を滅ぼしてきた、文字通りの生きる災害だ。
だが、世界はやられっぱなしではない。
悪鬼を倒す事を本業とする戦士達も存在する。
その名は…悪鬼狩人。
「これに懲りたら、もう人を襲わない事ね」
赤い着物に、赤い髪の女が、大きな鎌を片手に異形の生命体を見下ろしていた。
美しくも、威圧的なその佇まい。眼下の異形の生命体…茶色い家に包まれ、触手を生やしたその生物も、怯え散らして飛び跳ねながら逃げ去っていく。
今の今まで冷たい目を見せていた女は…途端に、その表情を崩す。
額の汗を拭い、軽いため息をつく。溜めた疲労を吐き出すような仕草。
「はあ。火竜[かりゅう]〜。ここの毛鬼は全員やっつけたわよ」
「おーう鬼子[きこ]。俺の所もOKだ」
遠方から、オレンジの髪の青年が親指をたてながら歩いてくる。
鬼子、火竜。
悪鬼を狩る戦士達。彼らはこうして、世の裏に蔓延る悪鬼を倒して、密かに世に貢献している。
「よし。この辺の悪鬼はあらかた片付けたわね。今度はあっちの方から力を感じるわ」
「テクニカルシティの方面か」
鬼子が指さす先を眺める火竜。
テクニカルシティ…。
「…またれなたちに会う事になりそうね」
科学が発展しているという割に、やたら事件が起きるあの街。
二人もまた、あのワンダーズの戦友だった。
かつて悪鬼との戦いで幾度となく助けられ、そして助けてきた…助け合いによって育んだ絆の糸が、ワンダーズと悪鬼狩人の間には結ばれている。
ワンダーズに迷惑をかける訳にはいかない。一刻も早く、悪鬼を鎮圧せねば…。
「はあーー…」
テクニカルシティの、人気のない路地裏。
そこには、乱れたスーツの男が、深い溜息をつきながら腕時計を見つめてた。
午後十三時を示す針は、無情なまでに動かない。
先程まで彼は、上司にどやされていた。
彼の上司は酷く傲慢で、部下の苦労よりも、自分の成果にしか興味がない。
いつもいつも唾が飛ぶような勢いで怒鳴りつけ、うんざりするほどに同じ事ばかり言いつける。
(おら打目田ぁ!!また同じミスだぞ!!)
「あー…うっせえよ」
頭の中に残る上司の声は、耳を塞いでも聞こえ続ける。
この男、打目田の隣にも、何人かのサラリーマンがため息をついていた。
皆同じ上司の被害に遭った者達だ。
「打目田…お前もやられたか、あのクソ上司に」
「…化巣屋路、お前もか…。はあ、あんな上司、トイレの便座にでもはまっちまえばいいのに」
…そんな人間達の、細々とした悪意こそが、悪鬼の源だ。彼らが意識していない程の小さな悪意が蓄積し…いつの間にか、本当にいつの間にか、悪鬼は誕生する。
ビルの屋上…。
そこに、異形の影が降り立っていた。
「けしゃしゃきききしゃひほほほ!!」
…文面にすれば訳の分からない言語だが、[彼]にとってはこれは笑い声だ。
人々が業務に勤しんでいるビルの上に現れたその悪鬼…名を[口散鬼]という。
黒く、丸い塊に無数の人間の口をくっつけた、醜悪な悪鬼。目や鼻、耳などの他の部位は見当たらず、ただ口だけが蠢いている。
その不気味な容姿に反して、声は陽気。
それもそのはず。人間の口から発せられる不満…代表的なものは、陰口等から生み出されたこの悪鬼は、騒がしく喋りまわりながら、人間達を不愉快な思いにするという嫌な悪鬼なのだ。
先程のグチャグチャな笑い声も、無数の悪意が入り混じった事で不安定を極めた為。
口散鬼は、身体から触手を生やして奇妙な踊りを始めた。
それは、周辺に悪意をまき散らす口散鬼の得意技。触手の先端にも口がついており、周囲に悪意の瘴気を散布し始める。
その瘴気は大気に混じって地上の人々の中へと入り込み…。
「…!ゲホッ!!ゴホッ!!」
咳きこむ人々。悪意の瘴気など、体が素直に受け入れるはずもない。
悪鬼はこうして、テロリストじみた犯行を心から好む。無差別的に人間を苦しめ、痛めつけるのが何よりの快楽なのだ。
そんな相手を懲らしめるのが…悪鬼狩人。
「こらーー!」
その怒号に、口散鬼の動きと笑い声が止まる。
襲撃者は突然に。
「…あ?」
口散鬼が顔をあげると…。
…何故か、彼の頭上から、鬼子が降ってきた!
鎌が叩き込まれ、鈍痛が走る。
更にそこへ、間髪入れずに左方向から飛んできたのは…。
「おらあ!!くらえ!!」
火竜の拳。
それも単なる拳ではない。火竜の名が示す通り、彼の拳は魔力で炎上するのだ。
炎の拳が、衝撃と急激な熱で口散鬼を押しのける。
「くあっ…!悪鬼狩人っ!」
天敵の登場で、口散鬼は激しく狼狽えている様子だった。
狩人二人は並びあい、害虫を発見した駆除業者のごとく、判断力を巡らせた。
「火竜、こいつは口散鬼だわ。戦闘向けの悪鬼じゃないけど、気を付けて」
「ああ。悪さできないようにしないとな」
火竜は両の拳を叩き合わせ、炎を散らす。
口散鬼はあちこちを見渡し、何かしら使える物がないか探してる様子だ。だがこれと言って…何もない。
「くっ…。くあっ!悪鬼狩人っ!」
「それさっきも言ったぞ」
火竜がじれったそうに、空を拳で突いている。
悪鬼は諦めが悪い。ここで引き下がるような口散鬼ではない。
そんな状況で、女神は…悪鬼たる口散鬼に微笑んだようだった
地上にて、ある一人の人物が、ベンチに寝転がっている。
それは…[ベンチ占領作戦]に勤しんでいた闇姫だ。
手始めにテクニカルシティのベンチに寝転がり、他人に場所を与えない作戦だったのだが…小柄すぎて大した影響が出ておらず、ベンチの端の方には大柄な男性が平然と座りこんでる。
(ちっ。作戦失敗か。私じゃ場所が取れないようだな)
闇姫は立ち上がり、ベンチから離れていく。
作戦が失敗し、苛立ちの頂点に達していた闇姫。
「…上が騒がしいな」
先程から真上の方で強い魔力が放たれているのを、彼女は既に感じ取っていた。
この魔力…並み大抵のモンスターよりも禍々しく、汚染された魔力。悪鬼の魔力である事は、既に分かっていた。
そしてその悪鬼と戦っているのは…悪鬼狩人の鬼子と火竜である事にも。
八つ当たりの良い相手だ。
闇姫は灰色の翼を背中から広げ、屋上目掛けて一気に飛んでいく。オフィスで仕事の真っ只中であった人々は、窓の外を通り抜けていく少女の姿に酷く驚いた事だろう。
そして、屋上。
口散鬼と睨み合いを続けていた鬼子と火竜の前に、颯爽と姿を現す闇姫。
フェンスの向こう側から現れた黒い乱入者に、鬼子は目を見開く。
「闇姫っ…!」
ワンダーズの宿敵、闇姫。
ワンダーズと共に戦い続けてきた二人は、当然闇姫の事も知っていた。
彼女は強く、そして…チビでしつこい。
厄介な相手が現れたものだ。今回の悪鬼退治は、予想以上に過酷なものになるかもしれない。
「悪鬼だけでなく悪魔も退治…ってか。鬼子、いけるか?」
鬼子は、黙って頷いた。
口散鬼の横に立ち、構えもしない闇姫。
口散鬼は、思わぬ助っ人の登場で喜ぶより前に、まず困惑した。
「え…な、何で、俺の味方をしてくれるんだ…?」
「うるせー、八つ当たりだ」
鬼子と火竜が飛び出し、二人に向かう!
口散鬼は触手から瘴気を放つが、鬼子は鎌を振り下ろしてそれを切り裂く。後から続く火竜が、反撃の拳を叩き込む。
殴りつけられ、高まった熱で煙を噴き上げる口散鬼。触手を振り回して反撃する口散鬼だが、戦闘のプロである狩人には見え透いた動きだ。
だが、気まぐれ闇姫が邪魔をする。彼女は人差し指を軽く振るい、その勢いで空気を振動する。
振動波がコンクリートの表面に深い亀裂を発生させ、二人に襲いかかる!
「ぐっ…鬼子!」
火竜が鬼子を突き飛ばし、彼女を守る。衝撃波が足に擦れるが、この程度で彼の火は消えない。
「ちっ…。闇姫が厄介だな」
闇姫は依然としてその場から動かず、けれども口散鬼からは離れた距離にいる。
あくまで気まぐれ、こいつの仲間などではないという彼女の意思表明だった。
そんな事にも気付かず、口散鬼は心強い味方の登場にテンションを高めている。
「へへへぎゃぎゃほあああ!!あの闇姫様が味方だなんて、俺世界一ついてるなぁ!!よーし、こうなりゃ一気に畳み掛けて、良いところ見せるぜ!」
口散鬼は、一層勢いをつけて触手を振り回し始めた。
大振り過ぎる、大技の予備動作。こんなところまで素人の影が見える。
そしてそれをカバーするのが、闇姫だ。
彼女は右手を僅かに振り上げ、自分達の眼前に魔力を集中、黒い霧を発生させる。
「しまっ」
鬼子は咄嗟に鎌を構えたが、口散鬼は既に技に移っていた。
触手から、不可視の魔力波が放たれ、二人に襲いかかる!
その魔力波が狙う先は、二人の耳元だった。耳から脳へと到達した魔力波が、心に何かを効かせてくる。
火竜には…鬼子の声が聞こえてきた。
(火竜のバーカ)
そして、逆に鬼子には…火竜の声が。
(鬼子のアーホ)
口散鬼は全ての口を広げ、それぞれ異なる笑い声をまき散らした。
「ひひひはははほほほへへへ!!どうだ!?その魔力波は幻聴を聴かせる力があるのだ、大切な仲間にバカだのアホだの言われたショックは相当なものだろう!」
『そんな事言う訳ないだろ!!!』
声が揃い、同時に口散鬼へとまっすぐに突っ込む!
それぞれの尊厳を汚された二人は、流石に激怒した。鬼子は鎌を、火竜は拳を振りかぶり…募った怒りを叩き込むように、口散鬼へトドメの一撃を仕掛ける!
「ぎゃあああうわあああゔゔゔああー!!!」
やかましく叫びながら、口散鬼は空の果てへと飛ばされていった…。
闇姫はしばらくそれを見上げていたが…やがて、大きなため息を一つ挟むと、自身も翼を広げて飛んでいく。
何も言わない辺り、単に飽きたのだろう。または、悪鬼ともあろうものがこの程度で負ける事への、呆れの表しなのかもしれない。
どちらにせよ、二人は勝った。
最後の幻聴攻撃に動じなかったのも、互いの信頼があってこそだ。
「…悪鬼が一人出てきたという事は…」
「ああ。他にも出てくるかもな」
二人は、口散鬼が飛んでいった方向をしばらく見つめていた。
一体の悪鬼の出現…それはすなわち、他の仲間の悪鬼の出現も意味する事がほとんどだ。
二人は向き合い、頷き合う。
…戦友、ワンダーズに頼る時だ。




