マッドクマシン
闇姫軍では日々、様々な兵器を開発している。
そのほとんどの兵器を作成しているのが、闇姫軍の精鋭部隊、四玉将の一角…天才科学者、ガンデルだ。
白衣を着た蛙型怪人という異様な外見。
奇怪な容姿に合わず、その口調や言動はいつも陽気。それ故に、他の兵士や将すらも近寄りがたさを感じさせる妙な風格がある。
彼自慢の研究室にて。
「さーて、今日の作品は…こいつだよ!」
意気揚々と、作品を覆っている赤い布を掴むガンデル。
眼前には、他の将が横一列に並べられていた。
黒い球体から四本腕を生やした生物…バッディー、その横には、紫の球体に翼を備え持つ悪魔、デビルマルマン。
コーヒー片手に、いかにも面倒そうな顔つきでそれを見守っている。
ガンデルは…鼻息を荒くしているものの、中々布を捲ろうとしない。余程自信がある発明のようだが、彼の自信作は大体ロクなものではない。
「…早くしろ、ガンデル…」
デビルマルマンが、片手を突き出して念力を発動。
魔術はデビルマルマンの十八番。ガンデルの手を動かして強制的に捲らせ、ついでに空中に矢を生成し、ガンデルの頭部へ放つ。
矢が深々と刺さったにも関わらず、ガンデルはにんまりとした笑みを崩さない。
「いってっ!!!…デビルったらせっかちだなぁ?」
矢を引き抜きつつ、彼が手で指し示したその発明品は…。
間抜けな顔がついた、歪な形状のロボット。
土台のような下半身があるが、足がない。
胴体にあたる部位はパイプのような物で補っており、そこから両手が伸びている。胴体の隅々にまで紫の鉤爪のような物が備え付けられている。平べったい長方形の頭部には、目の焦点が合っていない奇怪な顔がついている。
予想外のフォルムに、流石のデビルマルマン、バッディーも一瞬怯みを見せた。
何だ、その間抜け面は…。
そう聞くより前に、ガンデルは胸を張って語りだす。
「こいつはマッドクマシン!実験の時、実験体をアームで捕まえて、薬物が塗りつけられた鉤爪を突き刺して実験を行なってくれる僕の助手さ!このアームのパワーは、ダンプカーですら離さないんだぞ!」
「…つまり、相手を動けなくしつつ、毒で苦しめる訳か。お前らしい、良い趣味だな」
デビルマルマンは短い手足で軽く姿勢を変える。一方、荒くれ者のバッディーはその思考上、不満があるようだった。
「おいクソガエル。俺ぁもっと、パワーで押し切る!という感じのロボを期待してたぜ。ただ拘束してお薬でいたぶるだけのチキンマシンなんか作りやがって。その費用で、俺のダンベルでも買ってほしかったぜ」
依然として変わらぬ間抜け面のマッドクマシンの横で、ガンデルは身を震わせた。基本陽気で、煽りにも鈍感な彼だが、発明にケチをつけられれば科学者としてのプライドが火を吹き散らす。
「なんだとごらぁ!!僕のマッドクマシンを唾棄する気か!!お前にこの造形美が理解できるものか!大体何だお前は!?鼻くそみたいな形しやがって!」
「…い、言いやがったな!」
バッディーとガンデルの怒鳴りあい…研究室の外の見張り番が、「ひえっ」と声をあげたのが聞こえてきた。
二人はしばらくの間、室内の資料を蹴散らし、まだ開発途中の装置を破壊し…散々な暴れぶりを見せていたが。
デビルマルマンが、何かに気づく。
「ん…?」
マッドクマシンの目が、動きだしたのだ。
周囲の様子を伺うように…。
その目には、黄色い光が灯っていた。
「…起動。マッドクマシン、新たな実験台を確保しに参ります!」
機械音声が流れ、マッドクマシンが突然動き出した!
まっすぐに、滑るように動き出し、デビルマルマンの前を通り抜けていくマッドクマシン。
喧嘩に夢中なバッディーとガンデルは、それに気づかない…。
「…ま、いっか」
何もかも面倒なデビルマルマンは、今日の[闇姫様観察日記]を書く為に、研究室を後にした。
そして…。
マッドクマシンは、闇の城の壁を突き抜け、3階の高さから落下、落下の衝撃にもびくともせず、黒い地面をスケートのごとく滑ってどこかを目指していく。
マッドクマシンが目指す先。
それは、ガンデルによってプログラムされた、ターゲットの実験体が多く集う、実験場…人間界だ。
一時間も経つ頃には…。
「な、何だ!?このロボットは!?」
「ぎゃあああ!!助けてくれええ!!」
突如、平和な街に現れた謎の間抜け面ロボット。
特異な形状が人々の恐怖心を煽り、その恐怖により、逃走の足をぎこちなくしていく。
早速一人目の獲物…眼鏡をかけた若いサラリーマンへ、アームを伸ばす。
囚われたサラリーマンは、マッドクマシンの胴体に叩きつけられ、その鉤爪を体に突き立てられる!
「うぐっ!」
非日常的な鈍痛が、脇腹に突き刺さる。
が…痛いのは一瞬だった。
直後に彼が発したのは…奇想天外な叫び声。
「…ほげええ〜!!青空っ、青空ぁ!!」
ステップを踏みながら踊り出すサラリーマン。アホ薬を投与されたのだ。
逃走していた人々が思わず足を止め、呆然とその光景を見やっていた。
その隙に、マッドクマシンは更に他の人々も捕らえ、同じ手段で胴体に叩きつける。
次々に襲われていく人々。彼らに起きた変化は多種多様…。
いきなり暴れ出す者、過去の記憶を思い返して泣き出す者、意味もなく笑い続ける者…。
恐怖に支配されていた場は、恐怖以上の混沌へと叩き落とされていた。
マッドクマシンは、そんな人々を見て…それまでの機械音声とは異なる、低い声を出した。
「…ふふ、ふふふふ…。ガンデルの命令などに従う俺ではないわ…」
その声は、確かな[意思]があった。
天才ガンデル。彼の科学力を持ってすれば、意志を持つロボットを作る事も容易いが…今回はその飛び抜けた技術が、逆効果となったようだ。
理性を少しずつ色濃く形成していくマッドクマシンは、まだ利口な機械だった頃、テスト実験で言われるがままに薬品を扱ってた記憶を辿っていた。
だが今は違う。
今回の起動前も、ガンデルとのテストで少しずつ経験を重ねた人工知能が、今何をすべきかを、コンピューターの概念を超えて絶え間なく計測している。
それはすなわち、自我を意味する…。
マッドクマシンの鉤爪の色が、黄色く変化する。薬を変えたのだ。
「今度はこいつで滅茶苦茶にしてやる。もしこの街を制圧して闇姫様に捧げれば…俺は一生遊んで暮らせるぜ」
ロボットらしからぬ野望。
だが、野望に障害は付き物だ。
「待ちなさいっ!」
近くの建物の屋根の上から、白い影が降りてくる。その姿は、マッドクマシンには見覚えがある。
「ド、ドクロっ!」
現れたのは、日々闇姫軍の邪魔を繰り返す忌まわしきワンダーズの一員…魔力の扱いに長けると聞く、死神少女ドクロ。
闇姫軍のロボットの多くは、ワンダーズのデータが事前に送信されている事が多い。勿論、マッドクマシンのその一機…。
ドクロは華麗に着地すると、人さし指を向けた。
「たまたまこのあたりのレストランで食事してたけど…まさかモンスターに出会うなんてね。アタシったらなんて運が良いのかしら」
(えっ、ということは俺、たまたまワンダーズがいる街で暴れちまった、という事か!?)
運が良いのか悪いのか。
ともかく、闇姫軍のロボットである以上、ワンダーズに遭遇したからには戦わねばならない。
…のだが。
(お、俺…元々戦闘用じゃねえんだ!勝てない!!絶対勝てない!!)
マッドクマシンは両手のアームを動かし、生物のように震えだす。
それを何かの攻撃の予備動作と見たのか、ドクロは足を踏み込み、片手を構えたまま睨んでる。拳法と魔術の併用体勢…その姿だけで、既に威圧的だ。
マッドクマシンのプログラムに、上手い戦い方など記録されてない。ならば、どうするか…?
全力で、相手を騙すのだ。
「…て、敵遭遇…。ポイント、K-13、衛星レーザー、スタンバイ要請送信中…」
先程まで流暢に笑い声をあげていたマッドクマシンが、急に機械的な声を発し始める。
「え、衛星レーザー?」
ドクロは空中へ目を通す。
勿論、これはマッドクマシンがその場で思いついた嘘だ。戦闘の素人なりに、何か強力な技を繰り出すふりをすれば、彼女の意識を逸らせるのではないかと考えたのだ。
ドクロが口を開け、青空に警戒を向ける。
その開いた口へ、マッドクマシンは狙いを定めた。
(貰った!)
彼は片手を掲げ、その掌に何かを召喚、ドクロ目掛けて投げつける!
「んぐ!?」
ドクロの口へ入り込む何かの薬。
投球技術にだけは自信があった。マッドクマシンの腕は、実験体の口へスムーズに投薬できるように、胴体部以上に細かい調整がなされているのだ。
小さな的に対しても、百発百中。
ドクロはしばらくの間硬直していたが…。
やがて、喉を鳴らした。
「…まっず!!!!」
爆弾でも入れられたのかと思ったが、舌先に触れたそれは…苦味のみで形成されたような、悪臭漂うただの薬だった。
ドクロはしばらくの間、「ぺっ、ぺっ」と泥を吐くように口を尖らせた後、マッドクマシン目掛けて駆け出した。
「変なもん食わすなっ!!!!」
結果…かえって彼女の怒りを誘う結果に。
ドクロは地を蹴り、マッドクマシン目掛けて飛び込んでいく。空中で華麗に回転し、その勢いに乗ってマッドクマシンの首へ蹴りを炸裂させた!
戦いの知識をほとんど持ち合わせていないマッドクマシンは、受け身も取れず、衝撃を完全に受けてしまう。地面に叩きつけられ、その拍子でアームの一部が損傷してしまった。
魔術を使わせる事すらできず…。
目を回すマッドクマシン。今まで隠れていた街の人々もようやく顔を出し、恐る恐る彼を回収していく。
勝手に飛び出し、勝手に戦い、やられてしまった…恐らくこのまま人間側のロボットへと改造され、もし闇姫軍に帰れても、ガンデルから相当なお叱りを受けるだろう。
それを見届け、ドクロは後頭部で両手を組み合わせながら、不機嫌気味に去り行く。
「あー、無駄な時間過ごしちゃった…」
あの謎の薬の味が未だに残っている。
通常の戦闘によるダメージ以上に不愉快なものだった。
「…」
あの敵、マッドクマシン。
その恐ろしさが、今になってより鮮明に伝わってくる。
何故かと言うと…。
激しい腹痛に見舞われたから。
…あの薬、十中八九、下剤だ。
「ぎゃあーーー!!!急げええええ!!」
見知らぬ街のトイレを探し出すドクロ。
意外な方向性のダメージに、彼女は悶えるのだった。




