鎖との殴り合いたぁ世も末だぜえ
広大な岩場が並ぶ渓谷地帯…人の手もあまり及んでいないこの場所は、ソサリ渓谷と呼ばれている。
テクニカルシティから、決して近くはない場所。だが、れな達ワンダーズの飛行能力を持ってすれば、ご近所感覚で訪れられる。
暇していたれなは、誰か強いモンスターでもいないかと、ここを探索している最中だった。
「ふんふーん♪」
鼻歌を歌い、ご機嫌な様子。
脳天気な彼女。強い相手に巡り合えるかもしれないと考えただけで、足取りは軽くなる。
「ふんふん♪ふんふん♪、ふん…ふん…ふん…フンフン…フン…糞…糞…」
「何、馬鹿な歌を歌ってやがる馬鹿」
岩の上から聞こえてきた、挑発的な低い声。
それが、その日の出来事の始まりだった。
「…うーわ」
高揚していた気分が、崖に落ちたかのように急直下する。
岩の上から足を組み、こちらを冷ややかに見下していたのは…闇姫だ。
赤い左目も、眼帯に覆われた右目も、相変わらず。れなを嫌悪しきっているその顔に、れなもまた、嫌悪の表情を作る。
「こんな所で何してんだよ闇姫!?どーせ、また何かロクでもない事企んでるんだろうな!?あーん!?」
この二人は、どんな時でも目が合えば必ず喧嘩。おまけに今、二人を止めるような者もいない。
闇姫は足を組み直し、れなのもとへ砂埃を投げつけてくる。れなは、小さな砂埃一つ一つを指で弾きながら、尚も闇姫を睨む。
地味な勝負が、一分程続いた…。
そして、ようやく本題に入る。
闇姫は砂埃を放つ手を止め、今回の目的を話しだす。
「アホ、よく聞け。軍の方でモンスターの戦闘実験をしていてな。闇の世界だけで戦闘を行わせる訳にはいかないから、この人間世界までわざわざ来てやった。そんだけだ、馬鹿」
「へえー、天下の闇姫様も暇なんですねぇー?間抜け」
遥か上の闇姫に、目を細め、口角を上げた嫌味な表情を見せるれな。腰に当てられた手は、今にも中指を立てんと小刻みに震えていた。
闇姫はそんな挑発に眉一つ動かさず、指を鳴らす。
「丁度いい。こいつの相手でもしてろカス」
闇姫の背後から、何かが飛び出す。
それは、異様なモンスターだった。
一言で言い表すなら…鎖がいくつも絡み合い、人間を模したような姿になった、鎖モンスターだ。
騒々しい音を立てながら、モンスターはれなの前に降りてくる。
土砂が散り、灰色の鎖が汚れる。それでも、こびりついた土の隙間から銀の光を漏らすその姿。高級な鎖である事を伺わせる。
モンスターは着地するなり、鎖の手を振り下ろしてれなを叩きつけようとする!
「よっ」
左手で鎖を弾くれな。戦闘態勢となり、腰を深く落とす。
闇姫は前屈みになり、両者の戦いを見下ろす姿勢をとる。まさしく、高みの見物そのものだ。
正確には、あのモンスターの戦闘記録を採集する為なのだが、れなの目には嫌味な姿勢にしか見えない。
「やれ、チェーン。お前の力を見せてみろ」
鎖モンスターだからチェーン。
何と分かりやすいのだろう。
チェーンは両腕を振り回し、激しい金属音と共に、打撃の嵐を仕掛けてくる。
れなはそれらを先程と同じ要領で弾き、攻撃の隙を見計らう。
ソサリ渓谷に長年降り積もった土砂が宙に舞い、興奮しているかのようだ。
ソサリ渓谷は、古来より様々な軍の戦いの場になっているとも聞く。大地の髄まで、戦死者の意思が込められているのかもしれない。
「ここだっ!」
鎖の両腕の隙間に飛び込み、脇腹にあたる部位へ蹴りを仕掛けるれな。足がぶつかると同時に響く衝撃音も、やはり金属音だ。
チェーンは大して怯まず、れなの背中へ鎖を叩き込む!
「いでっ!?」
鈍痛の中でも怯まない。背中を叩きつけられた衝撃で自然と姿勢を低くしたれなは、這うように動き、チェーンの背後へ、不格好ながら回り込む。
背中に拳を打ち込み、ついでとばかりにまた蹴りを仕掛ける。打撃が終わるや否や、華麗なバク宙で距離を離し、攻撃に備える。
案の定、チェーンは被弾の直後に鎖を振るってきた。攻撃直後の隙を突くようなその動き…見かけに合わない知性を感じさせる。
れなはその反撃も両手で弾く。
互いに攻撃が一段落し、ジリジリと睨み合う(と言っても、チェーンに顔はないのだが…)。
闇姫は、驚く事も声をあげる事もなかった。
自分と長年戦い続けてきたれなが、この程度の敵に苦戦するなど、あり得ないと分かっていたからだ。
一方のチェーンは、強敵を前に昂っているのだろうか、両手の鎖を振り回し始める。気合を入れているのだと、言われなくても分かる動きだ。
…と、鎖が振られた風圧で地面の砂が宙に舞い始める。
「うわ、み、見えない…」
目を凝らすれな。チェーンの姿は完全に砂嵐の中に埋もれ、銀の光の一片すら見えなくなっていく。
…完全に目眩ましが完了すると。
一層やかましい音をたてながら、砂嵐の中からチェーンが飛び出してきた!
今度は足に当たる部分をれなの腹に炸裂させる。蹴りだ。
「ぶへっ!!!!」
中々の威力だった。。
彼女は地に叩き込まれ、白い服を砂の上で汚してしまう。
「あーーっ!!やりやがったな!漂白剤に侵かしたばかりの服をおお!!」
チェーンはどこか誇らしげに鎖を振り回している。挑発までできるのだろうか、この鎖は。
れなは立ち上がり、次の一手を考えるも…。
服を汚された怒りで、彼女は奇行に出た。
とにかく動いて怒りを浪費しようと、両手をすり合わせて地団駄を踏み出したのだ。
「くそー!こんなやつに…悔しい!鎖なんかに負けてたまるかああ!」
残像が生じる程に両手を擦り合わせるれなの姿に、闇姫は目を細めていた。
こんなやつが自身を長年邪魔し続けてきたのかと思うと、反吐が出るような思いだ。
闇姫は手頃な石ころを持ち、れな目掛けて投げつけようとする。
「おい大馬鹿野郎の腰抜けれな。その動きやめろ。苛つく…」
と、その時。
「うわっ!!」
れなが叫び声をあげた。
すり合わせた両手から、何と炎が噴き出したのだ。
「あつっ!!熱い熱い熱い!!」
慌てて手に息を吹きかけると、炎は正面に向かって伸びていき、消滅する。
…その時。
視界の隅で、何かが慌てたように動いた。
「あ」
チェーンが今、確かに動いた。
何かに怯えたような、本能的な動きだった。
…れなは、最近葵から聞いた豆知識を思い返した。
摩擦熱の存在、そして、金属は熱を通しやすいと。
「…そうか!これが葵が教えてくれた摩擦熱!両手を合わせて繰り出せる魔法なのか!」
根本的な解釈は間違っているが、やり方は理解した。
れなは両手をすり合わせ、熱を生み出していく。チェーンが鎖を振るって妨害してくるが、れなの両足がそれらを弾き、防ぎ、手を守り抜く。
熱が高まっていき、れなの人工皮膚が悲鳴を上げる。
「うぐっ…あ、熱い…!」
自分の熱に呻きながらも、最良の攻撃手段であると考えれば平気なものだ。彼女の戦闘狂気質は、炎をも無効にしてしまう。
ある程度擦ると、オレンジの炎が唐突に沸き立つ。
「できた」
熱さに苦しんでいた今までとは異なり、完成時の声は意外にもあっさりとしていた。
彼女は両手を突き出し、チェーンへ放つ!
「くらえ!!えーっと…炎飛ばし!!」
炎はチェーンに衝突!
一気に火が燃え広がり、チェーンの全身を包み込む。
チェーンは、声こそ発さない(恐らくそもそも発さない)が、パニックに陥ったようにあちこちへ動き回ってそのダメージを物語る。
ソサリ渓谷の大気に熱がこもり、風が火花を運び、岩に当たって消える。
チェーンはしばらく苦しんだ後、全身の炎は動いた際の風圧に吹き付けられて消滅した。
しばらく両手の鎖を地面について、息を荒げるように身を震わす。
「どうだ!まだやるか!」
意気揚々と指をさすれなに、チェーンは完全に臆したようだ。闇姫の監視も忘れ、あたふたと逃げていく。
「やれやれ。次は高級な鎖でも組み込んでおくか」
闇姫は首を横に振ると、れなの前へと降りていく。
れなは身構えながらも、闇姫から殺気を感じない事に気がついた。
「…?闇姫?」
闇姫はれなの前に顔を軽く突き出す。
「私の方から喧嘩を吹っかけて、私が負けた。テメェは殺してえくらい憎いが、負けは負けだ。ぶん殴れ」
武人としての闇姫のプライド…。
プライドがあるからこその要求だった。
…ライバルに自分を殴らせるのだ。
「…闇姫…」
彼女の潔さに、敵ながら感心したのだろうか。れなは拳を握り、少し間を置いた。
…が。やはり容赦なかった。
「じゃ、遠慮なく〜ぶっ飛べやぁぁぁ!!!」
痛快なほどの打撃音。
その打撃で、ソサリ渓谷中の岩壁にヒビが入る。
闇姫は…空の果てまで吹き飛ばされていった。
飛んでいった彼女を見届けると、れなは再び鼻歌を歌いながら歩きだす。
鎖との殴り合い、これにて終幕。




