マッスル天使の悲観
「天使様…天使様…どうか我らの前にそのお姿を…」
光に満ちた教会。
そこで、両手を合わせる信者達がいた。
椅子の前に立ち上がり、両手を合わせ、目を閉じ、精神を研ぎ澄ます様、人間の集中力の極致へと至っている。
ある城下町にポツンと建っているこの❲天威教会❳は、光の魔力と空間魔力を極めし者達が集まる教会だった。
この教会の最大の特徴は、召喚の儀式。
天界で神の為に業務に勤め、たまに時間が空いた天使を地上へと降臨させる儀式だ。
これまで多くの天使達を召喚し、迷える民にお告げを渡し、彼らを救ってきた。
「ああ、天使様…」
祭壇の上に刻まれた光の紋章が輝く中、一人の信者が両手を強く合わせる。
ストレスが溜まっているのか、立ったまま足を震わせ、貧乏揺すりをしている。後ろの椅子が揺れ、他の信者が怪訝そうに目を細める。
「どうか、私をお救いください…!毎週毎週、トイレが詰まって休日が潰れるのです…。どうか、私のトイレに救済を…!」
光が強まり、照明のない教会を明るく照らし始める。大きな窓を通じ、外にまで聖なる光が漏れ出していく。
強い魔力が、教会に現れる。
神父が両手を振り上げ、絞めとばかりに言葉を発する。
「さあ我らが天使よ!慈愛も穢れも等しく抱き、我らに救いを与えよ!!」
視界が、真っ白に染まる。
…視界の隅に、光の残滓が残る。
白い粒子が場を彩る中、祭壇に立っていたのは…。
いや、祭壇など既になかった。
祭壇は粉々に砕け、虚しい欠片となって地面に撒き散らされている。既に信仰は破壊に変わっていた。
信者達は祈りをやめた。
嫌な予感がしたのだ。
ゆっくりと顔を上げると…。
「よお!!俺を呼び出したのはあんたらかい?」
…確かに白い羽根を生やし、頭には黄金の輪、羽衣を纏ってる。
が、その羽衣の下から見える身体は、筋骨隆々。顔にまで筋肉が及び、鬼人のような強面ヅラ。拳を握り、足を交差し、歯を見せて笑う…金髪の大男。
「バケモンだーー!!!!」
天使への祈りを捧げていた信者達は、椅子を薙ぎ倒して逃げ出した。
神父までもが駆け出した。少なくともこの教会では、前例のない存在である事を何より表明していた。
一人残された天使は、しばらくポーズをとったまま、ただ黙っていた。
勝手に呼び出し、勝手に逃げ出す。
人間とは身勝手な生き物だ。
その天使は、しばらく教会で一人筋トレをした後、ある場所へと足を運んでいた。
その場所とは…光王国の城。
光姫のもとだ。
「光姫様ぁー!!!」
玉座の間にて、光姫に抱きつく天使。
黄金の鎧を纏う兵士達が槍を突き立てて追い返そうとするが、鉄の如き筋肉が槍を跳ね返す。
男らしさを極めた天使の全力ハグ。自分の図体を理解していない。
「ぁ……ぅ゙……」
光姫は窒息しそうになりながら…全身を発光させた!!
「うああ!!眩しっ!!」
天使は腕で顔を覆い、ようやく離れる。光姫はその場に倒れ、黄金の髪を床に広げる。
全身が痺れて動けない光姫。しばらくの間、その場に伏せていると…天使は涙ぐんだ声を放ちながら暴れ始めた。
「くそっ!!俺は天使として皆を助けたいだけなのに!!どうして…どうしていつもこんな結果になってしまうんだぁー!!!」
無念を物理的な衝撃で晴らそうと、全身を床に叩きつけ始める天使。両手を叩きつけるならまだしも、全身を何度も叩き込む。
城が揺れ、ひび割れていく。兵士達はよろめきながらも、天使に掴みかかり、数をなして動きを封じる。
床にねじ伏せられた天使は、涙目で訴える。
「誰か!!俺に天使らしい事をさせてくれ!!良い事をさせてくれー!!!」
彼の筋肉も、元々は悪を討つべく鍛え上げたもの。正義感のままに築き上げた今の姿、そして力が、天性の不器用ぶりで逆効果の結果へと繋がっていた。天使に対し、美しい女神のようなイメージをもつ人々からは悲鳴をあげられ、子供を助けても逃げられる…。
正直、うんざりしていたところだ。
心優しい光姫は、たった今自分を締め上げてきた相手の善意を理解していた。
「…そうですか。あなた、何かいいことをしたいのですね」
困っている相手には手を差し伸べる。相手が何を求めているか、何を成したいのか…その願いを見定める。
簡単そうに見えて難しい。だが光姫は、これまでの生涯の中、幾つもの願いを叶え続けてきた。
天使は顔を上げた。
「ひ、光姫様…」
どうやら、光姫の微笑みを見て一旦落ち着いたらしい。彼はゆっくりと頭を下げ、それまでの荒れた声からは考えられない静かな声で、謝罪する。
「…本当に申し訳ありません。俺、昔から感情的になりやすくて…。こんなんだから、天使として認められないんですよね…」
「ふふ。でも、素晴らしい心がけですよ」
光姫は、天使に手を伸ばした。
太く、逞しい手が、光姫の手を握る。
「あなたにお願いしたい事、ございますよ」
「えっ…!ほ、本当ですか!?」
光姫が頼んだ依頼…。
それは、光王国付近の旅人の通り道として開通する予定の洞窟での作業だった。
トンネルを開通するべく、五百メートルにも及ぶ通り道を作らなくてはならない。
このトンネルが完成すれば、行商人たちがモンスターに襲われるリスクも下がり、光王国の情勢は一層華やかになる。だが、作業員達は不幸にも、作業最中に闇姫と遭遇。持ち込んでいた弁当に泥を振りかけられ、集団食中毒に。
作業は完全停止。計画にズレが生じた事で、以降のプロジェクトにも少なからず影響を与えている。
本来重機に頼らざるを得ないこの作業。天使のこの腕力なら、洞窟の壁を掘り進められるのではないだろうか?そうすれば、大幅なコスト削減へと繋がるだろう。
折角だから、という程度の感覚ながらも、効率的な計画だった。
「おっ!あんたが例の助っ人かい?うわぁ…岩みたいなやつが来たな!」
「こいつは期待できそうだ…。頼むぜ天使さん?」
薄暗いトンネル内。
作業員二人が並んで期待の声をあげるなか、天使は腕の力こぶを見せて胸を張る。
「ふふふ…流石光姫様。俺のパワーを理解してらっしゃる。こんな洞窟、右フックで一発だ!」
天使は洞窟の壁に向き直り、その硬さを調べるべく片手をつく。
ゴテゴテとした冷たい感触が伝わる…。
「…」
目を閉じ、筋肉の髄まで精神を張り巡らす。
ようやく見つけた、自分にしかできない事。
地位や名誉などいらない。ただ、皆の役に立ちたい、喜ぶ顔を見たい…それだけだった。
「いくぞ!」
拳を振り上げ、壁に狙いを定める。
…そして、全力で叩き込んだ。
拳は壁にめり込み、瞬時にヒビ割らせる。
そのヒビは表面だけでなく、壁の向こう側にも根を張るように広がり、洞窟を覆っていく。
「す、凄い…」
まだ壁が崩壊していないのに、作業員の一人は握り拳を震わせ、興奮に笑みをこぼす。
壁や天井から、岩の破片が、少しずつ散り始める。開通の合図だ。
作業員達は続けた。
「今の見たか?壁と天井から破片が!」
「ああ。壁と天井から…ん?天井から…?」
目を向けると…ひび割れは、壁以外にも及んでいた。暗がりに紛れて見えづらいが、間違いなく自分達は、ひび割れに囲まれている。
「やばいっ!!」
気づいた時には、もう遅かった。
洞窟は…悲鳴をあげるかのように…。
凄まじい崩壊音と共に崩れ落ちてしまった。
砂交じりの爆風が吹き荒れ、辺り一帯、森林地帯にまで土砂が吹きかかる。
海岸の荒波に飲まれたかのように…。
「あー…」
跡形もないほどの瓦礫と化した元洞窟…。
計画は、根っこから崩れ去った。
「な、何で何で何で…何でだぁー!!!」
天使は、再び地面を殴りつけるのだった。




