ラオンとショウとタイマチー
ラオンとショウ。
荒くれ女と、度が過ぎた聖人王子。
そんな二人が、どんな物語を織りなすのだろうか。
その日出向いたのは、山奥の盗賊を倒してほしいという依頼だった。
時刻は午前一時。深夜。
夜闇に浮かぶ木々の影は、まるで魔物のよう。
幻想の魔物の群れの中、二人は地に伏す男達を見下ろしていた。
既に戦いは終わり、一人残らず気絶してる。
「大丈夫でしょうか…少し強く殴りすぎたかも…」
「お前は本当に心配性だな、ショウ。他人の物を盗んで、平気で生きながらえるような連中だ。心が図太けりゃ、筋肉も図太いもんだ。気に掛ける必要はねえよ」
ラオンはナイフを腰元のホルスターに収納する。紫のスカートが僅かに揺れる。
(まあ、アタシも葵に借金返せてないし…人の事言えないんだけどな…)
帰路…山道。
ショウと並んで歩き、時々他愛のない話で盛り上がりながら歩を進める。魔物こと、森の木々は二人を冷たく見下ろす。
昼間の木々が仏ならば、夜の木々は鬼のような風体。少しでも気を許せば、倒れ込んできそうな気さえする。暗闇と圧迫感が、通りがかる者を威圧する。
そんな自然の形相に、してやられたのだろうか。
ラオンは気づく。
道が入り組んできた事に。
「ん…」
草がひしめき合い、闇が一層深くなる。
遠方から僅かに見えていた街灯も、木々に隠れ、闇が山を覆っていく。
一応、彼女のすぐ横のショウが暗闇で光り続けているので、光源はある。
が、ここへ来るまで多くの分かれ道を通ってきた。
「くっそー。サバイバル訓練してなかったから感覚が鈍ってた。陽の光もねぇから道も分かりづらいな…。まあいい。飛行しちまえば脱出できるだろ」
ラオンはショウの手を取り、ゆっくりと上昇を開始する。とは言え、これだけの木々が揃い、かつかなり広大な山。飛行している状態でもすんなり帰路を辿れるかは分からない…。
「ラオンさん、待ってください」
ショウが、地上の何かを指さした。
そこには…こんな山間にあるはずのない、オレンジの光が動いていた。
ラオンは目を細め、降りていく。地上に足がつくと、その光はこちらに迫ってくる。
一応ナイフを取り出すラオン。
現れたのは…木のような皮膚を持つモンスター。
細長い手の先に、松明を持っている。足にあたる部分は無数の根っことなっており、植物性のモンスターに見える。その目は空洞であり、口がない。不気味だが、敵意は微塵も感じない。
そのモンスターはこちらを確認すると、背を向け、浮遊移動していく。
ラオンはショウの手を握ったまま、ついていく。勿論、慎重な足取りで。
モンスターは、入り組んだ山道を迷う事なく進んでいく。松明の灯りが周囲を照らし、細かい草花も認識できる。
右へ、左へ。また左に行き、次に真っすぐ。茂みを乗り越え、そして右へ…導かれるがままに突き進み、ひたすらに後をたどる。
そして、気づいた時には…。
山の入り口に到着した。
「…!」
導きを終えたモンスターは、背を向け、山へと去っていく。二人の礼を待つ事もなく、音すらたてず。
翌日。
事務所にて、ラオンとショウはこの出来事を葵と粉砕男に話していた。
粉砕男は相槌を打ち、特に驚いた様子もなく話を聞く。葵はハンドガンを整備しながらも、二人の話に興味を持っている様子。
「なるほど。それは親切なモンスターに会ったわね。そのモンスター、多分だけど…タイマチーだと思うわよ?」
「タイマチー?変な名前だな」
ラオンが背中を丸める。葵は肘掛けに体重を預けながら更に続けた。
「昔から登山家を助けてきたモンスターよ。山に迷い込んだ人達を入り口まで導くのが好きっていうお人好しモンスター。人に匹敵する知性を持ってるらしいけど、見返りを求めずにただ人を助け続ける事に全力を置いてるのだとか」
聞けば聞くほどお人好しだ。
遭難した事は不運ではあったが、そんなモンスターに偶然遭遇できたという事は、むしろ運が良かった。
負けず劣らずお人好しのショウは、ラオンに言う。
「ラオンさん。僕、タイマチーさんにお礼を言いに行きたいです!」
「あー…でも、あいつが出てきてくれたのは山奥だ。それにあんな広い山。探すのは時間がかかるし、また遭難したら、またタイマチーに迷惑かけちまうぞ」
ショウは俯いた。
ラオンの言う通りだ。遭難者を無くす為に活動しているであろうタイマチー。礼を言われるよりも、山に迷う人を見ない方が幸せなはずだ。
とは言え、ショウの気持ちも大切にしてあげたい。ラオンは彼の手を取り、立たせた。
「…まあ、でも。礼は言っておこうぜ」
昼過ぎ。
二人は…再び山の入り口に立っていた。
山は、昨夜の景色とはまるで別世界。雲一つない晴天空の下、緑の塊が幾つもひしめき合っている。山道の魔物はどこへやら、今では、木々は道行く人々を見守る、仏のような顔を見せている。
そんな聖域に…ラオンは、赤いメガホン片手に立っていた。
何となく、何をするのか察したショウが、不安げに笑っていた。
背中を反らす大袈裟な動きで、ラオンは息を吸う。そして…。
「タイマチイイイイイイイー!!!!!ありがとなああああああーーー!!!!!昨日は、助かったぜええええええええええ!!!!!!」
まさしく爆音。最早、大気に対する暴力。
その声は強風を巻き起こし、山の木々を大きく揺らし始めた。この山にだけ、台風が生じたかのようだ。
タイマチーも何事かと慌てているところだろう。ショウは慌てて止めようとしたが、ラオンのありがた迷惑は更に続く。
「こいつを受け取れええええ!!!!」
突然飛行し、どこに持っていたのか、彼女は大量の札束を放り投げた。山に降りかかる大量の金、金、金…。借金まみれの女とは思えぬ奇行。
(タイマチーさん、お金なんて貰って嬉しいのかな)
ショウは降り注ぐ金の雨をぼんやり見上げていた。
…と、その時。
「おーおー、こりゃ気前がいいな…」
何やら下品な声がすぐ近くから聞こえてきた。
ショウが目を向けると…山道入り口に、数人の男たちが並んでいた。
彼らの手にはサーベルや弓矢、斧が握られている。その姿には、どうも見覚えがある。
「あっ!盗賊の方々!」
そう、昨日ブチのめしたあの盗賊達だった。
彼らは金だけでなく、自分達を打ち負かしたラオンに、冷ややかな視線を向けている。
彼らはショウには見向きもせず、ラオンを見あげてる。
…しばらく無言で見上げてた彼らだが、一人が弓矢を取り出し、空中のラオンを狙う。
「ラ、ラオンさん危ない!!」
ショウがラオンに危機を伝える。同時に矢が放たれ、まっすぐに上へと飛んでいく。
ラオンは、迷わず隠していたナイフを振るい、矢を切り落とす。切られた矢は真っ二つになり、地上へゆっくりと落とされた。
闘いの火蓋の代わりに、矢が犠牲となったのだ。
ラオンは冷ややかな視線で盗賊達を睨む。空中から降りようとはしない。
「いきなり矢を撃つなんて、危ねえ野郎共だな。まあ常にナイフ持ち歩いてるアタシも大概だが」
浮いたまま向き直り、盗賊達に体を向ける。
「どうやってあの山から抜け出したんだ?タイマチーの導きでもない限り、一晩で脱出するのは不可能なはず…」
自分で言いながら、ハッ、と気付かされるラオン。
タイマチー…あのモンスターが、盗賊達を導いてしまったのだ。親切心のままに動くモンスターであるタイマチー。
…悪い人間をも助けてしまうようだった。皮肉にも、親切心は時に、平和を乱してしまう事もある。
盗賊の一人が再び弓を構える。
「どうやらお察しのようだな。その通り。変なモンスターが俺達を助けてくれたんだよ!全く良い世の中だぜ。やっぱり世の中は、俺達悪役の味方のようだな!」
タイマチーの親切心が、厄介事を呼び起こしてしまった。やるせない気持ちが、ショウを襲う。
「くっ…。でも、どちらにせよ貴方がたを見過ごす訳にはいきません!」
ショウは駆け抜け、盗賊の足目掛けて蹴りを仕掛けた。幼い少年とは思えぬその力は、光王国での修業によって会得した、努力の成果だ。
こういう悪党を懲らしめるために、父によってつけられた力だった。
「うおっ!!こ、このガキめ!!」
盗賊の一人が、滑稽な程に、見事にバランスを崩す。続けて他の盗賊にも飛び回し蹴りが飛び交う。ショウの髪が美しく輝き、光の舞いに更なる輝き、そして彩りを加えた。
しかし、リーダー格と思われる盗賊は、あらかじめショウから離れていた。
「中々やるじゃねえか小僧。ガキとはいえ、油断はできねえな。俺の技を特別に見せてやるよ…」
リーダーは、腰を落として何やら精神を集中し始めた。
彼の周りに青と緑のオーラが漂う。
これは、魔力だ。魔術を使える盗賊だ。
「蛇幻嚇!」
リーダーの足元の影に、動きがあった。
影は、何やら波打ち始めたかと思うと、地面からゆっくりと離れだしたのだ。更に人型の形から歪に変わっていき…長く、うねりのあるシルエットに…。
大蛇の形だった。
その大蛇はショウを見下ろし、大口を開く…。
「わあ…」
ショウはしばらくそれを見あげていたが…。
徐々に目に涙が溜まり…。
「あうあぁぁー!!!」
泣きながら逃げ出し、近くの木の陰に隠れてしまった。ラオンは、やれやれと頭を掻いている。
「蛇幻嚇か。ガキにはきつかったようだな。…攻撃もしてこない蛇の幻影を召喚してビビらせるだけの技なのに」
…早いところ終わらせる。
ラオンナイフを取り、片手で回転させた。
腰をひねり、全身に力を込め、尚且つ軽やかに動けるように、自分自身のこれからの動きを想定、シミュレーションをする…空中にいるとは思えない、完璧な予備動作だった。
ラオンの脳内、コンピューターが、映像を再生する。
飛び出すラオン、斬りつけられるリーダー。
シミュレーションは、瞬時に終了した。
「…今だ!!」
彼女は急降下する。彼女の小柄な体格から、飛行機のような風圧が放たれ、周囲を叩きつける。
切っ先がリーダーを狙い、線をなぞるような正確な軌道をとる!
「ぐっ!」
リーダーは声をあげて驚きながらも、ポケットから何かを取り出した。
短刀だった。
勢いのついたラオンの攻撃を受け止め、再び蛇幻嚇を発動、目眩ましとばかりに、彼女の視界を、蛇に覆わせる。
だが、この技をラオンは知っていた。目眩ましにすらならない。
「舐めんじゃねえぞ!!」
幻影を無視して、銀の刃を叩き込む。刃がリーダーの頬を掠め、彼をヒヤリと凍りつかせた…。
この隙を狙っていた。すかさず、ラオンは蹴りを打ち込んだ!
リーダーは派手に唾液を吐き、衝撃に横殴りされるがままに気を失う。
「呆気ねえ野郎共だ」
ナイフを回しながら、ラオンはため息をついた。戦いは終了、盗賊達はラオン、ショウの足元で無様な仰向けの姿を晒す事となった。
一連の戦いが終わると…。
茂みから、こちらを覗く一つの影が現れた。
チラリ、と目を向けるラオン。もう誰が覗いてるのか分かる。
申し訳なさそうに、居づらそうに、姿をチラつかせるその影…タイマチー。怯えた様子だった。
「あっ!タイマチーさん!」
木の陰から飛び出すショウ。タイマチーはそれを見て、一瞬肩をすぼめる。
自身が助けた盗賊達が悪さをしていたのを見てしまったのだろう。
自分も人に迷惑をかけてしまったのではないだろうか。
人が良すぎるタイマチー。普段苦労していそうだった。
そんなタイマチーに、ショウは優しく声を掛ける。
「昨日は助けてくださって、本当にありがとうございます!タイマチーさんのおかげで、悪い人達を懲らしめる事もできました!」
得意のお辞儀で、敬意を示すショウ。タイマチーは困惑した様子だった。周囲をキョロキョロと見渡し、更に居づらそうだ。
今度はラオンが近づいていく。
「タイマチー」
彼女はタイマチーの目の前で止まると、ナイフをホルスターに収納、優しく、言葉を渡す。
「改めて礼を言うぜ。昨日は本当にありがとな。そして…」
タイマチーの胸に、ラオンは軽く拳を押し当てた。
「人を助ける心、どんな事があっても忘れちゃダメだぞ」
それを聞いたタイマチーは…僅かに、緩んだ気がした。
それから。
…山奥に遭難していたはずの盗賊達が、一気に街へなだれこむという事態が多発した。
「…人を助ける心、大切にしてるのは良いけどさぁ…!」
額を片手で抑えながら、今日もラオンは、ショウと共に飛び出していく。




