発電所のコーデン
ある発電所があった。
ここは機械化が進んだ街、メカニカルシティの近くに点在する施設。
メカニカルシティの九割を占めるという機械達のエネルギー源を担うというとても重要な施設だった。
しかしその日、事件が起きる。
「よーし!!今日も点検完了だ!!!」
細身な体格に寄らず、体力に溢れる作業員の彼。特に取り柄もないが、元気と根性だけでこの発電所の管理を任されている一人のスタッフ。労働の鏡のような人物だ。
無数の機械が並ぶ部屋で、コードの漏電や絡みつきがないか見張り、問題無ければ手元のシートにチェックを入れる。今日はそれだけで良いはずだった。
しかし仕事のベテランというのも、続けていると魔が差してくるものらしい。
彼は上機嫌に頷きながらシートにペンを走らせていたが、突然、奇行に走り出したのだ。
「よーし!今日の仕事はもう終わったも同然だな。じゃあこれ試してみるか!折角だし!!!な!!!!」
彼がポケットから取り出したのは…鋏だった。
銀色に輝く新品の鋏。見ていて清々しい程に煌めくそれは、新品のようだった。
そして、とんでもない行動に出る。
「この辺のコードなら、もう使われていないよな!へっへっへ、この鋏の切れ味を試してやるぜええ!!!」
彼は、極度の鋏マニア。
今日昼頃、彼はホームセンターで運命の鋏と遭遇してしまったのだ。銀の刃、金のネジ、僅かに顔を覗かせる触点…。
マニアとして、こんな物を見逃す訳にはいかなかった。どう見てもただの鋏ではあるが、彼にとっては伝説の職人が手がけた逸品も同然だ。
そんな物を、バッグの中に忍ばせながら退屈な仕事だけに時間を割くなど、耐えられない。衝動買いしてしまった通り、還来忍耐力のない彼は、やってしまったのだ。
コード目掛けて、刃が襲い掛かる!
「うっひょおおおおおお!!!!死ねええええコードおおおおお!!!!」
半狂乱だった。いや、もうこれは完全狂乱だった。
プツン…。
軽い音、そして、それに続くのは…。
落雷のような豪音、そして悲鳴。
「ぎゃあああああ!!!!!!」
深夜一時。
ワンダーズはこの時間帯でも営業中。
今回の依頼…発電所に現れたモンスターを倒して欲しい、という依頼にも出向かざるを得なかった。
目をこすり、眠気と闘っているドクロ、その横では楽しそうにスキップを踏むれな。
メカニカルシティへ続く平原、その中に設けられた鉄の歩道を進む。
ドクロは、つい先程までベッドに潜り、夢の中で粉砕男とのデート中だった。
観覧車に乗り、夢世界特有のカラフルな霧が地上を覆う、幻想世界。
「ドクロちゃん、疲れたか?」
「全然♪粉砕男と一緒なら…地球一周しても良いくらいよ♪」
ドクロの脳内である以上、粉砕男は彼女の行為に気付かざるを得ない。
彼はドクロに向かって体を傾ける…。
「…ドクロちゃん、好きだよ…」
「あ、アタシも…」
二人の唇が重なり合う、まさにその時…。
窓の外から、巨大な骸骨が。
「我が妹ーーー!!出番だぞーーー」
叩き起こされ、現実へと引き出される。
ベッドで寝転がったまま、ドクロは兄、テリーの骸骨面を目の当たりにした。
その表情…乱れた白髮、そしてそれに負けじと薄められた赤い目。
夢の余韻と、現実の憂鬱が、混ざっていた。
酷く不機嫌ながらも、何だかんだ彼女はれなと並んでしっかり歩いていた。
世の為、人の為ならと…。
尚、れなは持ち前の戦闘狂気質から、今回の依頼を楽しむ気満々だった。
発電所に現れたモンスターを倒して欲しい…その一言が、彼女を震わせた。
「モンスター、どんなやつなんだろう?やっぱり電気とか撃ってくるのかな??ねえドクロちゃんはどう思う?ねえ、ねえ、ねえ!!!ねえ!!!!!」
肩をぶつけてくるれな。
自分のテンションに合わせようとしてくる者ほど鬱陶しいものはない。
まあ、それがれななのだ。鬱陶しいのだ。
ドクロは、せめて歩幅だけでも彼女に合わせた。
そして、目的のメカニカルシティ、発電所前に到着。
ここで、モンスターが問題を起こしているという話だが、一つ奇妙な点があった。
「あれ、何か、明るいわね」
発電所、そしてメカニカルシティ各地の街灯。
それらに光が宿っている。電気が通ってる何よりの証。
発電所でトラブルが起きたというのだから、てっきり停電騒ぎにでもなっているかと思ったが…。
ドクロは不思議がるが、れなは何も気にせず、足踏みを続けてる。じっとできないのだろうか。
「よーし!行くぞ!!」
わざとらしく拳を掲げ、彼女はまっすぐに発電所へと突撃。柵に囲まれた歩道を駆け抜ける。
発電所の作業員達が、彼女の前に立ちはだかる。
「お、お待ちください!早期解決に臨んでくださるのはとても助かるのですが、せめて状況説明だけでもさせてください!」
両手を広げる彼らの前で、れなは爪先をあげ、地に踵を擦り付け、急ブレーキ。
腰に手をやり、無言で作業員達の説明を待つ。
作業員達は、早口で語る。この発電所で、何が起きたのか。今、何が起きてるのか。
以下はその全文だ。
「ツイサンジカンマエクライニコノハツデンショノスタッフガバカヲヤラカシマシテハツデンショノコードヲハサミデキッテシマッタンデスソシテカレハコードガカラダニカラミツキモンスターニナッテシマッタンデスイマデハジブンガコードガワリニナルトフントウシテイマスガイイメイワクデスヨマジデ」
「うん。早口すぎて分かんない。行こうドクロちゃん!」
れなは作業員を体当たりで吹き飛ばし、建物へと突入していった。
やれやれ、とあとに続くドクロの足取りは、れなとは対照的に気だるげだった。
発電所内も、やたら明るかった。
入室してすぐに分かる、機械の稼働音。
この部屋だけでない。廊下側にも明かりが灯っている。
発電所全体に、きちんと電気が通っていた。
「おかしいわね。モンスターが暴れてるって話だったんだけど。雷属性のモンスターが暴れんのかしら」
顎に手をやり、無機質な壁や、表面に張り巡らされたコードを見渡すドクロ。
まるで古代の遺跡でも探索するかのごとく、慎重な足取りで進んでいく…。
そして、一つの部屋へと辿り着いた。
心做しか、他の部屋以上に明るい気がする…。
「れな、ここに突入よ」
「分かった…」
何故か突然落ち着いたれなを引っ張るように、ドクロは部屋に足を踏み入れた。
そこは、特にコードが多い部屋だった。
壁や天井、そして床にも少数ながらもコードが張り巡らされている。さながらコードのジャングルとでも言おうか。ただ歩くだけでも緊張が走る。
…が、それ以上に目を引いたのは、部屋の奥のある存在。
それは…壁に張り付いた、真っ黒な肉塊。
そこには吊り上がった金の目、そして口角を上げた口…顔がついている。表面には色とりどりなコードを纏ったモンスターだった。
「えっ…」
あれがモンスター…?
奇妙な姿に、ドクロは一歩後ずさる。
モンスターは、騒がしい声で自ら名乗った。
「客が来たか!俺の名はコーデン!この発電所の作業員だったんだがな、ある事故が原因で今ではこの姿になっちまった!だが、後悔はしてねえぜ。いや、むしろこの新しい身体に感謝してるくらいだ!!」
コーデンは全身を発光させる。
周囲の電気が一段と明るくなり、更なる輝きを放ち始めた。どうやらコーデンの力が、発電所全体を照らし出していたらしい。
その眩しさに、手で顔を覆うドクロ。
「なるほど…。モンスターが発電所を襲撃してるのかと思ったけど、むしろモンスターが発電所を助けてたのね」
ここで単純な疑問が生じた。
このモンスターが発電所を動かしてるなら、別に倒す必要などないのではないか。
れなは戦いたがってるが、無駄に暴力に出る必要性はない。
「さあ!仕事の邪魔するなら帰れ!俺一人で、全部の仕事を受け持ってやるぜー!!」
より激しく発電するコーデン。それはもはや、発電というより放電だった。
その電撃に巻き込まれ、二人は感電する。
「ぎゃあああああああ!!!!」
勢いよく床に手をつく二人。冷たい床の感触に、真下から殴られる。
あまりにも仕事熱心過ぎる。周りの被害など、もはや気にも留めていない。
本当にコーデン一人でこの発電所を動かせそうだった。
一度戻って、他の作業員と相談しようと立ち上がる二人だが…。
「お二人とも!ご無事ですか!」
戻るより前に、部屋に数人の作業員が駆け込んできた。
彼らの顔は汗に濡れている。そんな大した距離もないというのに。体力が無いのだろうか。
ともかく、彼らは部屋の奥のコーデンを指さしてこう叫ぶ。
「あっ、まさしくあいつです!倒して欲しいモンスターは!」
そんな事、百も承知だ…ドクロが彼らに詰め寄ろうとした時。
一人の作業員が、コーデン退治の理由を言ってきた。
「うわあ、やっぱ気持ち悪い!あんなの発電所の権威を穢しますよ!!絶対倒してください!」
気持ち悪い…。
改めて、ドクロは振り返り、コーデンを見る。
黒く、脈打つ体。そこにびっしりと貼り付いた、色とりどりのコードは血管のよう。
中途半端に人間の原型を留めた顔に、気色の悪い笑み。それがこちらをまっすぐ見つめている。
「…確かに、キモっ」
ドクロとれなは、一気に決心がついた。
倒してやる。
二人は床を蹴り、コーデンへ向かう。
突然増した闘志にコーデンは驚くが、怯まずコードをけしかけてくる!
二人は華麗に体をよじらせ、それらを回避。
全てのコードを避け終わると、二人は足を構えた。
「ぎゃあ!!待てええ!!なんでいきなり!?!?」
コーデンは逃げようとする。
が、今の彼は人間ではない。ありもしない手足を動かそうと脳が反応し、余計に隙を晒した。
そして、二人の足が、コーデンに叩き込まれた!
コードが一斉に引きちぎれ、目眩を誘う激しい点滅。見事なまでに全てのコードが千切れ、肉肉しい音をたてながら本体が地面に落ち、バウンドする。
謎の汁が飛び散り、コードが地面に散る。
発電所が、一気に暗くなった。
「気持ち悪っ」
途端に闇に閉ざされた部屋の中、ドクロの声だけが、冷たく部屋に反響した。
しばらく、時間が経った。
暗闇に、瞬時に光が差し込んだ。
どうやら作業員の一人がブレーカーを復旧し、最低限の灯りを灯したようだ。
明るくなった部屋の中央に、何かが倒れていた。
それは、一人の作業員だった。
気絶しているようで、白目を剥いている。手足を広げて床に背中を預ける様は酷く滑稽。
先程見当たらなかった人物が暗闇の中から現れる…不気味な事この上ない状況だが、絵面が滑稽すぎて全く恐怖を感じない。
しばらくして、その作業員は目を覚まし…眩しい視界に目を擦る。
普通、気絶から目覚めたら状況を呑み込むのに時間がかかりそうなものだが、彼ははじめから全てを悟ったように、ため息を一つ。
「ああー…。せっかくモンスターになって発電所をバリバリ動かしてたのによ」
どうやら、彼がコーデンだったらしい。
何かしらの理由でコーデンとなり、発電所を動かしていたようだが、こうして人間の姿に戻されたことに酷く不服そうな様子を見せていた。
彼は手元の鋏を弄りながら、周囲を見渡す。
呆れ顔のドクロ、そして他の作業員。間抜けな顔で凝視してくるれな。
「なんで戻したんだよぉ。俺、真面目に働いてただろうが」
「人を感電させといて何言ってんのよ!それにあの姿、気持ち悪いし!あんな怪物が働く発電所だなんて、信頼できんわ!!」
指を差してガミガミと怒鳴るドクロ。
更に彼女は、続けた。
「それにね!!あんた、あんな姿になるよりも、今の姿の方がかっこいいわよ!!」
「え?」
彼の視線が、明らかに違うものに変化した。
ドクロは、両手で口を塞ぐ…。その顔はみるみる赤くなり、目は自然と潤む。
気づけば、れなや作業員もいつの間にか彼女を
「い、いや、ちょっと!?勘違いしてない!?アタシがあんたを好きとか、そういう訳…」
しん、と静まり返る。
そして…元コーデンの作業員の顔もまた、赤くなる。
「…何か、力が湧いてきたーー!!よーし!!未来の嫁さんの為に、コーデンの時と同じくらい頑張るぜええ!」
廊下へと疾走していく彼。
結局、この事態はドクロにあらぬ誤解がかけられた事で、丸く(?)収まったのだった。
(アタシの本命は粉砕男なのにいい…)




