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第23話 魔王は巫女を召喚するか?

「マジで何も覚えてないんだな……」

 一方、シンクは少し悲しげな声を絞り出し、がっくりしたように俯いた。そして赤髪を掻きながら、

「まあ、始まっちまえば戦争だからな。殺し合いに正義もクソもねえわ」


「そうねえ。私たちが声高に正義を叫んだところで、向こうには向こうの正義があって……。お互い、正義とは呼べない私怨もきっとある……」


「フン、魔族に正義なぞないわい」

「お婆様はそういうと思った」

 ほぅ、と可視化したらおそらく球状の吐息を漏らすメア。そんな彼女を横目にマクスウェルは腰を浮かす。


「それじゃあわしはこの辺で……」

「いや、ちょっと待て」

 席を立ちかけた老婆に反応、シンクが顔を上げ、低く抑えた声で制した。


「なんじゃシンク」


「…………」

 ちゃきり。

 無言で立ち上がった彼の手には、輝く刃を発現させた『主神降臨剣』。その切っ先をマクスウェルへと向け、

「俺は許してないんだが。アズを狙うような真似はダメだろ。そんなことをするあんたは死ねばいいと思う」

 さらりと酷いことを言った。


「……ふん、そう言うと思っておったわ。じゃが、もう襲わぬと言ったがのう」


「そんなの信じられない」


「まったく、近頃の勇者は……。わしは巫女を殺したほうが楽だと、最短の道を示したに過ぎぬのに。それだけなのに、なんと嘆かわしいことじゃ。そもそも、わしは手っ取り早いほうが好きなんじゃよ。老い先も短いでの」


「なら、死にゆく身で世界の心配とかしなくていいから」


「お主……ッ!」

 ズガーンと、マクスウェルの頭上へと雷が落ちるエフェクト。

「よくもそんな酷いことが言えるのう! 何じゃ、わしは恨まれるようなことでもしたか?」


「大いにしたわ!」

 シンクが唸るようなツッコミを繰り出し、正面に座るマクスウェルの胸ぐらを左手一本で掴んだ。

 

(気持ちは分からんでもないけど、もう右手の剣しまってくれないかなー。危ないっての)


 自分ことで怒ってくれているので嬉しくもあるのだが、梓希は穏当に場をとりなすことにした。


「まあまあ。いいじゃん。もうしないって言ってるんだし。ね、お婆ちゃん?」


「うぬぬ……。実はちょっとだけ諦めてなかったんじゃが、その曇りなき笑顔を何度も見せられると心が揺らぐのう……」


「やっぱり諦めてなかったんじゃねーか」

 

「……ねえ。もう最初から、アズちゃんを召喚しなければよかったんじゃないかしら?」


 梓希の正面に座るメアが頬杖をつきながら左を向いて、マクスウェルに問う。呼び出しておいて命を狙うくらいなら、と。至極もっともな論理だ。


 だが——


「それは無理じゃな。手をこまねいていては魔王側に巫女を召喚されるやもしれぬ。先手を打たぬのは危険で愚かな賭けになるでのう。巫女は我らの手中に収めておき、助けを請うか始末するか柔軟に——これ、そう睨むでない。さすがのわしも、もう巫女に手は出さぬ。隠居して暇を持て余しているわけでもないからのう」


「暇でもやめーや」

 呟きながらも、シンクは剣を収めて腰を下ろした。

 よかった、と梓希も胸を撫で下ろす。


「それじゃあわしは——」

「はい質問!」梓希が光速で挙手。

 それを一瞥、マクスウェルも挙手。

「おーい、お茶!」

 なにやら商品名のように叫ぶと、近くにいたパレス職員が「はいはい、承知しました〜」などと緩く返事をして、受付付近のカウンターからカップに入った緑茶と思しきものを持ってきた。


「ご苦労」

 それをマクスウェルは一口啜り、

「して、質問とは何じゃ。わしにか?」


「いいなー。あたしも飲みたいなー」

「ハッ。巫女様の分も只今ッ」

「えへへ。ごめん。ありがとね?」

 梓希がウインクをすると職員は自らの胸を押さえて一瞬悶え、よろめきながら去っていった。

「わしの時と反応違くね?」


「私もコーヒー買ってこよっと。シンクもいる?」

「いるいるー。さんきゅー」

「おっけー」


 メアが露出度の高い衣装をヒラヒラさせて桃尻の上半分を見せつけながら席を立ち、それをシンクが目で追って鼻の下をだらしなく伸ばし、そんなシンクの足を机の下で踏み抜きながら梓希は再度手を挙げた。

「お婆ちゃん。質問なんだけど——」

 ぎゃあ、と隣から声がして。

「——魔王側が巫女を召喚する可能性もあるってコト?」


 聞かれた老婆は眉間に皺を深く刻み、

「今後の話か? 巫女の現界は世界に1人と相場が決まっておる。絶対にないとは言い切れんが、可能性は限りなく低いじゃろうな」


「それはなぜ?」

 梓希の緑茶も届けられ、一口頂く。味は緑茶というよりほうじ茶だった。色との誤差が不思議に感じる。


「よいか。この星において勇者・魔王・巫女は相関関係を持つ。いずれかの存在が認められれば、それに引きずられて他の二者が生まれる力も働く。仮に巫女が2人体制になった場合、勇者や魔王も増えかねないのじゃ」


「えっ。それはややこしすぎるわね……。でも、それも織り込み済みで召喚するかもだよね? 敵も味方も増えるんだったら」


 梓希が疑問を呈する。隣でシンクはあくびをする。

 ふるふるマクスウェルはかぶりを振って、

「魔王は己と同格の存在が増えることを望まぬし、新たな魔王が己の味方になるとも限らぬじゃろう」


「あ、そうか」


「じゃがな。それでも魔王が巫女を欲し、お主以外の巫女を呼んだとしたなら……」

「呼んだとしたなら?」


「2人となった巫女は真の巫女を決めるために戦い、同じく勇者と魔王も真の勇者と魔王を——」

「いやいやいや。そうはならんでしょ」

 梓希の突っ込みにシンクも加勢。

「なんか変なマンガに影響されてんじゃないか? バトロワ系の」


「し、失敬な……! わしの愛読書は今昔こんじゃく問わず『りぼん』だけじゃ!」


「うわぁ……。まぁ面白いよね『りぼん』。もう読んでないけど。てかこっちの世界にもあるんだ」


「わしの極秘ルートで仕入れておる。おっと、この件は内密にな。とくにお主!」

 マクスウェルがシンクに睨みを効かせる。


「別に週刊誌にリークしたりせんけども」

 誰も興味ないだろうし、と付け加えてシンクは脚を組んだ。

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