第22話 四者面談
「うわ、めっちゃケガしてるじゃん!」
梓希は慌てて術式を開封。右手人差し指のネイルに魔力を流し、詠唱を始める。
「真実は伐折羅の隠された胃に……!」
青く発光する大量の細い線が彼女の左半身に浮かび、その表面を駆け巡る。
駆動したのは言術の第二番【損傷否定】。治癒の術式に分類されるが、その手段は事象の書き換え。身体に傷を負っているという事実を否定し、傷そのものをなかったことにする。現実は緩やかに侵食されて、偽りだったはずの傷のない状態が真実として確立していく。10秒弱を要したものの、シンクの左脇腹と、ついでにその他の傷も完治した。
「おおー。ありがてえ」
「メアさんは? ケガない?」
「ないわ。あなたのおかげでね。ありがとう、アズちゃん。……あと、一応謝っておくわ。ごめんなさい。許してもらおうとは思ってないけれど——」
「あのさ、許す許さない以前にわけがわからないんだけど、何であたしを狙ったわけ? さっきの未来のせいなの?」
聞かれたメアは梓希から視線を外す。その先にはシンクの姿があった。
「——本気のシンクと戦いたかったの」
「は?」
「最近、全然模擬戦してくれないし、シンクには女性相手だと手加減するって悪癖があってね」
「…………」
顔を見合わせる梓希とシンク。
「あんたのせいか」
「ええ!?」
梓希はメアに向き直り、
「ハァー。それで殺されたら、たまったもんじゃないんですけど」
「いやねえ。アズちゃんなら防げると思ってたわよう」
「シンクがいなかったらヤバかったような……」
「メアも、アズがいなかったら結構ヤバかったんじゃないか?」
シンクが梓希に追随した。梓希は頷きかけたが、
「あんたが言うか。あたしはさ、二人に傷付け合ってほしくないんだよね。ちょっと前まで一緒にご飯食べてたじゃん。それなのに、やめてよね」
憂いを帯びた梓希の表情。形のいい眉が下がり、濡れた瞳は睫毛で翳る。シンクの胸がキュンと鳴った。
「——てか、さっきのお婆ちゃんは? あの人が仕組んだんじゃないの? どこ行ったんだろう。おーい! お婆ちゃーん! 出ておいでー! 出ないと目玉をほじくるぞー!」
梓希の呼びかけに、エントランスの隅、うっすらとした煙の中から応えが返る。
「面妖な脅しはやめい。呼んだかえ、我らの巫女よ」
煙と同等の存在感でそこに身を潜めていたのは、誰であろうマクスウェルだった。
「お婆ちゃん。今あった物騒な茶番、あなたの企みでもあるんでしょう?」
「だろうな。巫女の命を絶つとか何とか聞こえたもんな」
「怒らないから、正直に言ってごらん?」
「本当に怒らんのじゃろうな……?」
「そこ気にするのね……」
梓希とシンクに追及されるマクスウェルをメアが見守るような構図。
「確かに首謀はお婆様だけど、私も私の意思で加担したの。だから、あまりお婆様ばかり責めないで。首謀はお婆様だけど」
「メア、お主な……」
そのタイミングで、エントランスの大部分を覆っていた簡易結界は役目を終えた。職員たちが戦闘終了を判断、状況確認が進められる。
すぐさま頼もしそうな見た目の中年女性とクールビューティー風の若い女性、それから白髪混じりの髪の毛モジャモジャな男性がやってきて、シンクたち3人に小言を言い始めた。
ただ、マクスウェルにはあまり強く言えないらしく、メアは愛想笑いを浮かべて聞いてなさそうで、シンクは上っ面だけで反省している様子が窺えた。
こいつら懲りてないな……などと梓希が思っていると、何やら解散の流れとなりそうだったので慌てて待ったをかける。
「ちょっと待って。まだ話は終わってない!」
曲がりなりにも命を狙われた身としては、はっきりさせておきたいことがある。梓希に気押される形で、4人はエントランスの隅の方にある丁度4人がけのテーブル席に移動した。
「さあ、お婆ちゃん。白状なさい! あなたが何を考えていたのか!」
着席を促すや否や、梓希は畳み掛けるようにマクスウェルを詰問する。机に両手をつき、圧迫面接の構えだ。
しかし梓希の対角線上の席に座った老婆は動じることなく、腕の中の水晶玉を磨くなどしている。
「ううむ、言ってもいいんじゃが、最近物忘れが酷くてのう……」
「…………」
この老婆とは以前面識があるのかもしれないが、今の梓希にとっては初対面の相手……であるのだが、この手のタイプの思考は透けて見える。狡猾だが実直——自らは裏に回りながらも、その行動理念には一本の筋が通っている。魔女をやっていると、しばしばお目にかかる人種だ。
「はぁ。もういいわ、当てましょう。あたしが死ねばそれでいい。メアさんが死んだら、あたしを殺す予行演習になる——とか、そんな感じでしょ?」
「お主……。記憶がないと聞いておったが、やたら冴えておるではないか。いや、昔から勘だけは鋭かったかの」
「ふふーん。まあね!」
得意げに胸を張る梓希。ダイナーガールの衣装は斬撃を受けて背中側だけボロボロではあるが、長い金髪のおかげでそれほど目立たない。
マクスウェルが苦々しい顔で息を吐く。
「そこまで勘付かれてはやむをえまい。巫女の暗殺は考え直すとするかのう」
「助かるー! 話の分かるお婆ちゃんでよかった!」
「うう、陽の気が眩しい……」
眼前で咲いた笑顔に三白眼を細めるマクスウェル。陽射しを遮るかのように手を顔の前にかざした。
「いや、俺がアズを殺す練習ってなんだよ」
そこで梓希の右隣に座っていたシンクが割って入り、聞き捨てならないとばかりに疑問をぶつけた。
「さっきの未来の話よ。あたしが魔王に付いたなら、シンクはあたしを斬れるのか? ってね」
「――――――な」
間抜けな声を発するシンク。梓希の物言いに理解が追いつかないという顔をしており、実際理解が追いついていない。そして追いついたところで、にわかには想定しがたい。
「俺がアズを斬れるわけないだろ」
「さっき斬ったじゃん」
「あれは——」
「まあ、そうしてくれると助かるけど。いや、この世界的にはよくないか? ま、あたしが裏切らなければいいんだけどね。でも洗脳とかもあるしなー」
裏切り。洗脳。シンクの頭の中で、先ほど見せられた未来の光景がリフレインする。
一拍置いて、梓希は続けた。
「それに、なんとなくシンクたちが正義で魔王側が悪だって思ってるけど、その理解で正しいのかも実際わからないし」
「——————」
シンク、メア、マクスウェルの時が一瞬止まる。
それを梓希は気に留めるでもなく、
「なんて、ちょっと失礼かな?」
「……巫女よ、我らが信じられぬと申すか!」
「ひどいわ、アズちゃん!」
「いや、あんたらは自分の行いを振り返ってみてね……」
「マジで何も覚えてないんだな……」
一方、シンクは少し悲しげな声を絞り出し、がっくりしたように俯いた。




