第20話 致命傷
「そうね、なかなかイイ感じよ」
シンクが立ち上がるのを待って、メアが言う。
「ただ――」目を伏せるようにして、
「自分の胸に聞いてみて。どこかに一片でも躊躇はなかったかしら。あなたは本気の本気だったのかしら」
背を向けながら、メアが問う。遠目に見える、その後ろ姿。紫と白のローブは腰の辺りで裂けており、臀部の露出は大胆だ。見えているそれを下着と呼んでいいのかは分からないが、形のいい尻がある程度露わになっている。
「確かに、あなたの光剣には莫大なエネルギーが凝縮されているから、私の『六歌扇』より遅かったというのは分かるわ」
そう、シンクよりもメアのほうが一瞬速かった。攻撃を仕掛けたシンクと、それを待って攻撃を行ったメア。その時を待っていた『六歌扇』は必然、絶妙のタイミングで振るわれる。相手にかわされるのことのないよう計算され、カウンターのように、しかもシンクの『主神降臨剣』を上回るスピードで繰り出されたそれを、シンクが回避できる術はない。
扇がれた『六歌扇』はそれが発生させた風の通る道を創り出そうと、シンクの『主神降臨剣』の刃を消去し、その左脇腹をも粉砕した。それは物理的な破壊だが、実のところ、結果的な干渉にすぎない。風の通り道を創ろうとした結果、シンクの左脇腹がえぐられたにすぎない。物理的な破壊は目的ではなく、あくまで手段なのだ。
「でも、それを差し引いたとしても――あなたの攻撃には、僅かだけど、本当の本当に少量ではあるのだけれど、躊躇があったこともまた確かよ」
「……そうかい」
血を吐きながら、
「それは買いかぶりすぎだ」
ふぅ、とシンクは息を吐く。まだ、心のどこかに躊躇いがあるのか俺は――メアを攻撃することに。女性を斬るということに。いい加減身体も保たないってのに、この俺は――
滴る血を見、剣は脇に携え構えて、
(覚悟を、決めろ――)
自分への懇願とともに、言い放つ。
「いいんだな。怪我させるけど」
メアは満足げに頷き、ちらりと顔だけ振り向いて、
「やってみなさいな。どう? できそう?」
未だ背中を向けたまま、美しい横顔が問いかける。
シンクは答えず、その背に問い返すように聞いた。
「――それは、どういうつもりだ?」
「隙を見せてあげてるのよ」
間髪入れずに返ってきた答え。シンクは失笑を禁じえなかった。
「メア、俺を舐めてるのか?」
いくらなんでもあからさますぎだ。
「あら、舐めたらいけない?」
メアはくすりと笑む。
「傷口に舌を這わせたりとか――してほしくない?」
横を向いているためシンクに見えたかは分からないが、メアは自分の唇をぺろりと舐めた。
「そりゃしてほしいけどォ……!」
なぜか鬼気迫っているシンクの言葉を遮って、
「もう、ハンデよ、ハンデ。結構重傷でしょ? あなた」
言われるまでもなく、左脇腹からの出血は酷い。
だが、
「余計な気遣いだ。というか、そんなことをされる筋合いはねぇんだよ……!」
心は決まった。
「よし。ご希望とあらば、後ろから一発ぶち込んでやんよ」
フフン、というシンクの笑いに、訝しげな声音でメアが問う。
「なんかいやらしい言い草だけど、できるかしらね? この私を斬ることが」
「ああ、できるね」
シンクは頷く。自信満々に。
「次の攻撃はまた正面からの斬撃でいくが、さっきとは違った結果になるんじゃないか。
……いや、この場合は断定でいいな。違った結果になる、必ずだ」
それを聞き、シンクの言い様に満足したのか、やっとメアの身体が振り向いた。口の端を持ち上げて、扇子を構える。
「それじゃお言葉に甘えようかしら。期待しているわ、シンク」
「いいか、もう殺すくらいのつもりで斬るから、一瞬のガードの遅れが命取りになるぞ」
シンクは忠告を口にする。
「メアのことだから死ぬことはないと思うけど、あんまり大ケガしたくないだろ? だから防御は死ぬ気でやってくれ。それでも、まともに入ればヤバいかもだ」
「随分と……言ってくれるのね」
メアは嬉しそうに、そして嫣然と笑む。
彼女と対峙したシンクは『主神降臨剣』の刃を出現させると、残る全ての力を総動員して地を蹴った。
左脇腹の怪我の影響があるのだろう、シンクのスピードは先ほどよりも落ちている。それでも、風圧で吹き飛ばされることなく一息で接近するだけの速度はあった。
だが、ここからだ。
シンクの振るう『主神降臨剣』の刃とメアの扇ぐ『六歌扇』。双方の攻撃が相手に届くまでの時間は後者のほうが短く、しかもその攻撃はシンクの『主神降臨剣』の刃を消滅させる因果を生む。ならば先ほど同様、シンクに勝ち目はないだろう。そう、このままならば。
変化は彼の聖なる剣に。
シンクの『主神降臨剣』は薙がれる直前、その刃を消滅させた。シンクは自ら、メアの『六歌扇』に消される前に、己が凶器を消し去った。
「!」
メアはそれに気付くが、だからといって無視するほかにない。すでに彼女は攻撃の動作に入っている。だから今更、その行動自体にだけでなく、それが何を意味するのかに気付いたところで、彼女は無視するしか手段を持たなかった。
そうして、刃を失くした『主神降臨剣』は空気抵抗を受けることなく最速で相手の身体へと向かい、現存していない刀身がメアの左肩に達する寸前、失われていた光り輝く刃を発現させる。
後は、斬るだけ。
それだけだ。
「――――――――ッ!!!!」
何故か梓希の悲痛な絶叫(やめてとか多分そんな類のものだ)が聞こえた気がしたシンクだったが、その動きは止まらない。もう、止められない。
メアは防御のために風を起こす。シンクと自らの身体との間に暴風を通し、その風圧を受けて互いの距離を離そうとする。
だが、しかし。
「無駄だよ」
憐憫さえ篭った声が響き、それは数秒の時間稼ぎにしかならなかった。
一際刀身を増長させ、薙がれる剣は袈裟の型。
瞬く間に斬り裂かれる、彼女の肉体。
ここに今、勝負は決した。
「な――――――!?」
驚きに彩られたシンクの声と、
右肩から腰にかけてをばっさりと斬られた、蜂泉梓希の致命傷を以て。




