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第18話 戦闘勃発

 そこにあったのは、色のない世界。

 刻に縛られる、魔王の姿。


 だが、どこまでも終わった世界のただ中で、梓希の目は魔王など映してはいなかった。そんな余裕などなかった。


 梓希の視線は、魔王の傍らに侍る一人の女性に注がれる――。

 それは、


「あたし、だ」


 紛れもない、自分自身の姿。服装こそコスプレでなく制服姿だが、寄り添うように魔王のすぐ側に立ち、濁りきった目で茫洋たる世界を眺めている。


「なによ、これ……」


 呆然とする梓希同様、シンクもまた一時言葉を失っていた。


「来たか、我らの巫女よ」


 声とともに、白き世界が失われる。白昼夢に幕が降ろされ、視界にエントランスの風景が戻ってくる。その中心——そこに小さな老婆の姿が見えた。


「久しぶりじゃな。……いや、忘れておるのか」


 今のは一体なんだったんだろう、と思いながら、梓希はシンクをちょんちょん小突く。


「この人が……?」

「ああ。大賢者様のマクスウェル婆さんだ」


 名を呼ばれた老婆は真っ白な眉をひそめ、

「なんじゃシンク。怖い顔をして」


「今の映像は一体何です? 前にも似たようなものを見せられたけど、今のは魔王とアズが一緒にいた」


 問うシンクの声には、怒りにも似た何かが宿っていた。彼が疑問に思うのも当然だ。『未来視姦図』は実現可能な未来のみを映し出す魔宝なのだから。


(これじゃあまるで、アズが魔王に寝返るみたいじゃんか――)


「何かと聞かれても。魔宝『未来視姦図』が投影した世界じゃが」


「マクスウェル様。とぼけないでくださいよ。今のは未来の映像なんでしょ?」


「え、あれ未来なの?」

 隣から梓希も声を上げた。

「あたし、魔王と一緒にいたよね? さらわれちゃうってコト!?」


「と、言うより、魔王の側に付いているようじゃったがのう」


「……ん? えええ? あたし、裏切っちゃうのー!?」


「あくまで魔王が望む未来じゃよ」


「でも、実現するんですよね」

 シンクが追及を緩めず訊いた。


「可能性があるというだけじゃ。回避する方法もある。それは知っての通りじゃろう?」


 ――そう。魔宝『未来視姦図』が映し出す未来は変革出来うるものである。そして、それを為せるのは。


「イレギュラーの存在――」


 シンクの呟きに、マクスウェルがうむ、と頷きで返した。視線は梓希に。

「そうじゃ。かつての巫女がそうだったように、予定された未来はイレギュラーの介入によって変革される可能性をもつ」


 かつての巫女――本来この世界には在り得ないはずの少女。確かに以前シンクが見た未来の映像は、彼女というイレギュラーの影響を受けて実現を阻まれた。

 だが、今回は。


(すでに未来の中に、アズの存在が組み込まれている――)


 そう。『未来視姦図』が描き出した世界の中に、すでに彼女の姿があった。それは即ち、もはや巫女はイレギュラーでもなんでもなく、この未来に在るべき人物として捉えられているということ――。


「じゃあ、どうすれば……」

 シンクが震える拳を握る。

 どうすれば、この不愉快極まりない未来を瓦解させることができるのか――


「なに、簡単なことじゃよ」

 しかしマクスウェルはこともなげといった様子で、その方法を語り出す。


「イレギュラーの介入以外にも、未来の実現に支障が出る場合がある。

 それは未来を成す構成物の欠如じゃ。

 要は、未来という絵画に余計な色が混入して狂いが生じるのが〝イレギュラーの介入〟だとしたら、その絵画に必要な色が取り除かれて未完成となるのが〝構成物の欠如〟じゃな」


 そこでマクスウェルは梓希のほうをちらと見遣ると、嫌な笑い方をした。


「さて、ここまで言えばもう分かるじゃろう? 手っ取り早く、この未来を覆らせる方法が」


 ニタリとしたマクスウェルは、

「例えば――そう、今ここで、巫女の命を絶ってしまうとかのう?」

 そう、あっさりと言ってのけた。


「―――――――は?」


 瞬間、梓希の視界は紅に染まった。前方から何か飛来してきた――認知できたのはそれだけだ。その次の刹那には彼女の視界は朱に染まり、それが自らを覆う血なのだと気付いた時にはもう、ショックで床に倒れ伏していた。


「……フン」

 嘲りに満ちた声と、鮮やかに飛び散った血液。


(自分で召喚しておいて——!)

 シンクが吠える。


「クソババァ……ッ!」


 突如としてエントランスの片隅から投擲されたそれは寸分の狂いなく一直線に梓希を狙って飛び、そしてシンクの腕にめり込んでいた。血飛沫は、そこから。梓希の身体の前に、彼女をかばうようにして急遽伸ばされたシンクの左腕——そこに風穴を穿つかのごとく、何かが深く突き刺さっている。


(これは……!?)


 だが、それは既に視認できない。従って記憶を頼りに言うなれば、螺旋状に巻き込まれた空気の鋲か。


 シンクは凶器の投擲者を見遣り、その姿を視界に納めると、衝撃とともに名を口にした。


「メア……!!」


「ごきげんよう。腕、大丈夫?」


 扇子を片手にシンクを一瞥、猫目を細めて悪戯っぽく笑う、外見だけなら非の打ち所のない美女。鋭利な空気を撃ち出したのは、魔宝『六歌扇』の所持者である彼女で疑いようがない。


「メア。なんでアズを殺そうとしてんだよ?」

 過剰にセクシーな魔女にシンクが問う。


「あら、そんなの決まってるじゃない。面白(、、)そう(、、)だからよ」

 メアからはこともなげに答えが返った。


「……ついに快楽殺人に目覚めたのか?」


「それは違うわ」艶やかに笑み、

「アズちゃんを殺そうとすれば、シンク、貴方が本気になってくれるでしょう? 私は本気の貴方と戦いたいの」優雅に扇子を開きつつ、

「近頃ご無沙汰だったしぃ、お相手してもらおうかなって」とろけるような視線がシンクへ向けられた。


「いいね……! 俺はえっちなことがしたいんだが——」


 ひゅお、と空気の鋲が飛来する。シンクは間一髪で避けた。


「シンクー。戦いましょうよぉー」


 うわぁ、こうなったらもうダメだ、とシンクは諦め、

「はいはい、じゃあいいけどさ」渋々頷いて、

「殺さない&殺されないようにだからな。あと、ひとつ言っておく」


 隙なく取り出す小ぶりの柄は、主神の加護を得る魔宝。


「冗談でも、アズを傷つけようとしたことだけは怒ってるからな」


「?」

 魔性の女は演技じみた不思議そうな顔をした。

「冗談じゃないわよ?」


 ――その挑発に応え、

「なお悪いわっ!」

 シンクが跳んだ。やはり跳躍力は数割増しで、間合いを詰める。一足による肉薄は、しかし彼女の脅威にはならなかった。


「せっかちねぇ」

 メアが持つ煌びやかな扇子が振るわれる。軽く翻されただけ——それだけで空気の圧力がシンクを襲い、彼の突進は妨げられた。


「こんな風……っ!」

 抗うシンクをあざ笑うかのように、一方通行の山おろしの如き颶風は、その身体を容易く吹き飛ばす。シンクだけを狙い、シンクだけに直撃する強風に蹂躙され、元勇者の骨が軋みを上げる。そのまま壁に叩きつけられると、苦悶の声がこぼれた。

「うあ……」


 そんなシンクの様子を見て、心底楽しく、また愛しくてたまらないといったようにメアは頬を上気させ、艶かしくも呟く。

「うふふ。私、変になっちゃいそう」

 うっとりとした視線の先で、

「もとから変だけどなっ」

 メアの台詞をシンクは一蹴、体勢を立て直しつつ、『主神降臨剣』の柄を握る手に力を込める。その本領を発揮するため、光の刃を現出させる。先ほどは出す間もなかった、鋭く輝く聖なる剣。


「やっぱメアが相手じゃ、ちょっくら覚悟を決めるしかないか……!」


 対するメアも、閉じた扇子を口元に寄せ、また開く。雅な紋様と、たった一つの術式が刻まれた魔宝。その力を最大限活かすため、踊り子を想起させる構えをとった。扇子に半分隠れた唇は、変わらず笑みを浮かべているが。


「そうよ。女性相手だと手加減してしまう――あなたの悪癖だわ。本気になって、シンク。もう私を殺すことだけを考えて。そうでなければ、いくらあなたといえど、この魔宝『六歌扇』を持った私の相手は務まらない」


『六歌扇』――風の通り道を創る魔宝であるそれは、創造型魔宝のひとつに数えられる。その強力さ、威力の度合いは使用者に依るところも大きいのだが、であればこのメアに持たせた場合にこそ、凶悪で華美な本来の真価が存分に発揮されることだろう。


 そう、なぜなら彼女の二つ名は――

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