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第16話 カレン=パッヘルベル

「カレン! 出迎えに来てくれたのか?」

 シンクが少女の名を呼んだ。


 カレン=パッヘルベル。温室育ちの令嬢でありながら、その才能だけで賢者の称号を手に入れた破格の才媛。八賢者としては第四席に名を連ねている。


「えーと、ごめんね。あたし記憶が……」

「では~~、再会を祝してハグをいたしましょう~~~〜」

「聞いてない……」

 ぎゅーっと、真っ昼間から愛情のこもった抱擁を受ける梓希。


「ところでアズちゃん~~~?」

「なぁに~~~~?」

 つられて梓希の口調も緩くなる。


「可愛い衣装ですわね~~」

「ありがとう~~」

「おっぱいもいい感じに強調されていますし~〜~~」

 傘を持っていない左手でふにふにと、カレンは梓希の胸を揉みしだいた。


「ええ? ちょっと、カレンちゃん!? なんでそんなに、ぁんっ」

 カレンの絶妙な手の動きに意図せず艶っぽい声を上げてしまう過敏な梓希だったが、

「おいカレン、ずるいぞ!」

「なぁに~~~~? 勇者くんもアズちゃんのおっぱい揉みたいの~~~?」

 シンクの介入で解放された。ありがとうシンク、だけど君にはまだ早い——などと口には出さないが、梓希は両腕で胸をガードする。


「揉みたいか揉みたくないかでいえば——いや、それに俺が答える意味はない」

 左手で右腕を押さえて震えるシンク。すごい揉みたそう。梓希は静かに距離を取る。


「ハッ、だってそうだろう? ここで揉みたいと言えば揉めるのか? んなわけないよな? なら言っても言わなくても同じじゃねーか。まぁ揉みたいけどな」

「結局言うのか……」

 謎の徒労感に苛まれる梓希。


「勇者くん~~、アズちゃんの色香に惑わされちゃダメよ~~? まだお昼なのに~〜~~」

「夜ならよさそうな言い方」

「夜はそ〜ゆ〜時間ですもの〜〜。でも独り占めはよくないわ〜〜〜〜」


「あのね君たち。あたしが魅力的なのは分かるけど、夜も自制してもろて」

 もしかしてセクハラキャラが二人に増えた……? 梓希は身の危険を察知、助けを求めるようにメアを見た。


「ふふ。積もる話もあるようだから、私は先に行くわねぇ」

「ああ、逃げた!」


 メアは六歌扇を取り出すと、追い風の加護を受け、階段を十段飛ばしくらいで登っていった。月面かな。


「もー、セクハラコンビのせいでメアさん行っちゃったじゃーん」

「まぁ~~~~」

「人をセクハラ大魔神呼ばわりするな。俺だって傷つくんだぞ?」

「そこまで言ってない」

「ああ、アズちゃんどうしましょう~~! 勇者くんったら、心を傷つけた罪は身体で償えとか言う気ですわよ~~~〜?」

「い、いわ、言わねーよ!」

「ちょっと思ってましたわね~~~〜?」


 またも迷走し始めた会話の流れを断ち切るように、梓希はコホンと咳払いを一つ。

「……そういえば、昨日シンク締め出されてたよね。もう中に入れるのかな。てかカレンちゃんと一緒に行くなら心配しなくてよさげ?」


 聞かれたカレンは梓希を窘めるような顔を作り、

「もう~~、アズちゃんったら、一緒にイクだなんてはしたない~~〜~」

「はしたないのはお前の思考回路だ――――ッ!!!」

 シンクのツッコミが炸裂した。


 ありがとう、シンク——。梓希は心中、再度感謝の言葉をかける。


(これ、あれじゃない? セクハラを以てセクハラを制す、みたいなことが起きてるんじゃない?)

 それなら悪くないかー、と梓希は前向きに捉えることにした。


    ◆


 やっとこさ階段を上りきると、白亜の大豪邸の威容が視界に広がる。王天宮——通称パレス。その外壁は城塞のごとく高くそそり立ち、金属製の正門は無人だが電子ロックによって来る者を選別していた。

 カレンが入館証的なカードを門扉の端末に照合させると、シュイン、と機械的な音がして正門――ゲートが開く。


「えへへ~~、またアズちゃんに会えて、うれしいですわ~~~~」

「あたしも会えてうれしいなぁ……たぶん」


 カレンに満面の笑みを向けられ、なんだか梓希も照れてしまう。ちょっとヘンな子だけど、美少女が喜んでくれているわけで、記憶がないからといって無下にはできない。

 だから一緒になってヘラヘラ笑っていた梓希だったが、その微笑みを見逃すカレンではなかった。


「ああ! 私、もう我慢できませんわ~~、ちょっと限界みたいです~~。アズちゃんが、あんまりにもかわいいから~~。もう今すぐにでも私を差し上げますって感じですわ~~~〜!」

「お前は黙ってろ! 俺と被るわ!!」

「あ痛~~~~っ!?」

 シンクのデコピンが炸裂した。階段の下までふっ飛ばしてもよかったが、カレンにはゲートを開けてもらったし、以前はアズとも仲がよかったし、それに返り討ちにあって殺されそうなので我慢する。

 

「へぇー。めっっっちゃ広いじゃん!」

 ゲートを抜けると、梓希がタメを作って感嘆の声を上げた。目にしたパレスの中庭は広大で、その中心を貫くかようにまっすぐ石畳が敷かれている。そこかしこに日本庭園を思わせる庭石が置かれ、遠くには池泉らしきものも見えた。


「どうすっかな。ひとまず俺の部屋に来る?」

「なんでよ」

「やっぱりお迎えに来てよかったわ〜〜。陛下がお待ちですわよ〜〜」

 石畳の上を進みながら、日傘の下でカレンは呆れ気味な表情。ぷりっとした唇からは嘆息が漏れた。


「スサノオが? あー、そういやメロンパンどっかに置いてきちゃったな……」

「も〜、また呼び捨てにして〜〜」

 どこか遠い目をしたシンクをカレンが窘めた。


「カレン、パンは売り切れだったって伝えておいてくれないか?」

「いきなり何の話ですの〜〜!?」


「ねえねえ、陛下って偉い人? 巫女ってVIP待遇してもらえる?」

「お前なー。そういうとこだぞ」

 今度は梓希がシンクに窘められた。

「どういうとこよ」


「アズちゃん〜〜。陛下に謁見した後〜〜、お兄様の部屋に寄ってもらえる〜〜?」

「お兄様?」

「シュヴァイツの部屋? ダメだダメだ! あの野郎、何を企んでやがる……!」


「えーっ? シュヴァさんとカレンちゃん、きょうだいだったの? マジ?」

「マジですわ〜〜。記憶喪失もマジでしたのね〜〜」


「アズ、自分を大事にしろ。簡単に男の部屋になんて行っちゃダメだ」

「あんたね、さっき自分も……」

「勇者くんも記憶障害なのかしら〜〜?」

「うるせえ! 俺はいいの、アズと相思相愛になる予定なんだから!」

「シンク、ちょっと黙ってようね」


「お兄様は多分〜〜、先生になるのですわ〜〜」

 カレンが「お兄様」と言う時、その瞳は如実に熱を帯びる。カレンのこういった感情の矛先が向けられるのは、梓希以外には兄であるシュヴァイツだけだった。


「先生……?」

「きっとアズちゃんに〜〜地理とか歴史を教えるつもりですのよ〜〜」

「あっ! そういえば教本を準備するとか言ってたな……」

「げっ。あたし急用を思い出したかも」

「急用なら仕方ないですわね〜〜」


 この子は疑うことを知らんのか、と梓希は少し心配になった。

「カレンちゃん、そんな簡単に人を信用したらダメよ」

「ま、アズもそういうところあるけどな」

「え?」


「ところで〜〜」

 ゆらり。日傘が揺れる。

「またアズちゃんが呼ばれたのは〜〜、やっぱり魔王さん絡みですの~~?」


「あいつ、もう復活してるぜ。昨日の夜も街まで来たし。聞いてない?」


「まぁ~~、それは大変でしたわね~~」

 大きな目を瞠り、軽く驚きの表情を見せるカレンだが、ちっとも大変なことになりそうだなんて思っていなそうな様子である。しかし実際そうなのかというとそれは間違いで、カレンは本当に大変なことになりそうだと思っている。ただ普段からああいう口調とマイペースな性格のため、それが表には出にくいだけで。


「昨日は非番でしたから〜〜。お婆さまからの連絡もガン無視してましたし〜〜」

 お婆さまとは賢者の頂点に立つ老婆、大賢者マクスウェルのことである。その呼び名は血縁とは無関係に、一部の者たちの間で定着していた。


「あー、マクスウェル様かー。あの人いろいろ知ってそうだよな」

 シンクの言葉を聞いて、カレンは何かを納得したかのようにぱちん、と胸の前で両手を合わせた。日傘は肩で固定されている。

「あ~~、『未来視姦図みらいしかんず』ですわね~~」


『未来視姦図』。

 それはシンクの『主神降臨剣』と同じく、高位の賢者が『幻界』と呼ばれる異界を通じて召喚したといわれるアイテムであり、所有者の精神を糧に人を惑わせることから、魔性の宝物――魔宝と呼ばれるものである。これら魔宝が惑わす対象とするのは所有者自身であったり、所有者が定めた相手であったりするのだが、その『未来視姦図』は所有者の周囲の空間を惑わし、ある映像を見せるという性能を有していた。

 

 ——シンクは思い出す。50年前、それが映し出した光景を。

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