第15話 彼女が⚪︎⚪︎に着替えたら・下
ガチャ、とドアの開く音がして。
廊下で待っていたシンクとメアの視線の先で、着替えを終えた梓希が部屋から出てきた。
「あら、お二人さんお揃いで」
「め、メイド……? いや、これは……!」
シンクの言葉をメアが継ぐ。
「ウェイトレス?」
「そう、ウェイトレスッ! またの名をダイナーガール……ッ!!」
赤と白の縦ストライプを基調とし、腰には白いエプロンが控えめに下がる。まさにレトロなアメリカンダイナースタイルと言えるだろう。
「ちょ、ガチ勢の反応やめてね?」
拳を握るシンクにちょっと引いてから、梓希はスカートの裾をつまんでくるっとターンした。
「どう? 似合うっしょ」
「ああ。もちろんだ!」
シンクがサムズアップして返答、反対の手の中指でメガネのブリッジ部分をクイッと上げる。
「うんうん。いいわねぇ。可愛いわぁ」
メアも追随し、両手を口の前でぱちんと合わせた。
選んだ服が好評を博し、梓希は大変機嫌がいい。
「みんなありがとー。でも出待ちはダメだぞ❤️」
「出待ちちゃうねん。俺らアズのボディガードやねん」
「でも、シンクは着替え覗こうとしてたよねぇ?」
「うっ? め、メアさん!? それは言わぬが花ってもんでしょう!」
「それ使い方合ってなくない?」
梓希が呆れていると、メアのスマホ——極薄の端末? が着信を告げた。
「おっ。もう馬車が来たのねー」
「メアさん。それは何?」
「これー? これはパレスから賢者クラスに支給されてるカードキー」
メアがトランプサイズのカードをひらひらさせる。
「短文での連絡とか簡単な支払いとかもできるのよ。馬車にも定額で乗れるし」
多機能なSuicaのようなものか。平成初期にあったというポケベルにも通ずるかもしれない。
「一応シンクも持ってるはずだけど、夜のお店で使いすぎちゃうから制限かけられたんだっけぇー?」
「へぇー?」
女性陣に蔑みの視線を向けられ、シンクは脱兎の構えを見せる。
「な、なんか俺、お腹空いてきちゃったなあー? そうだ、出発前にご飯にしよう! そうしよう!」
「そういえば、あたしもお腹ペコペコだったわー。昨日の夜、何も食べないで寝ちゃったし」
「そうねぇー。私も何か食べようかしら」
「ほらね!?」
「なんでシンクが勝ち誇ってんの……」
「馬車にちょっと待ってもらう?」
メアの提案にシンクが加勢。先陣を切って歩き出す。
「そうしよーぜ。ここの一階の店、朝はパンとかおにぎりとか流しそうめんとかあるし」
「だいぶ迷走してるね?」
梓希とメアも後に続いた。廊下の先には筒状のエレベーターがある。
「ふふ。でも味は間違いないからー」
そうなのか、と安心しかける梓希だったが、当然メアの嗜好を知っているわけではない。
「全部激辛とかじゃないといいなー」
あとは魔獣の肉とかもありがちだけど、見た目がグロいのは勘弁——そんな心配をしている梓希に対し、シンクが声をかけた。
「アズはもっと別のこと心配したほうがいいと思うけどなー」
「え?」
前を歩いていたシンクが振り返り、梓希の胸の辺りを指差す。
「それ。店員さん、可愛いね!」
「あー! 間違えられちゃうってコト!?」
「いやそんな服の店員いないから。ナンパされちゃうってこと」
「えー。そういうのはシンクがどうにかしてくれるでしょ」
「よし分かった。こいつの錆にしてやんよ」
言いながら取り出したるは主神降臨剣。シンクの腰にはホルスターのような鞘が付けられており、そこに柄だけの剣は収められていた。
「こら! 物騒なのはダメでーす。さっさとしまってねー」
梓希はシンクの右腕を掴み、ぐいぐいと下に押しやる。とくに抵抗はなく、柄だけの剣は鞘に戻っていった。
そんな二人のやりとりを眺め、メアが思わず笑みをこぼす。
「ふふ。仲良いよねえー」
「どこが!」と梓希が言うより早く、シンクが「だよね?」と口に出した。
「もう付き合っちゃえよって思うよね」
「どうかしら。アズちゃん的には?」
「どうかなー。下僕と恋仲になるのもなー」
「下僕じゃない!」
訂正に励むシンクを一笑に付し、ウェイトレス姿の梓希は廊下の突き当たりでエレベーターに乗り込んだ。籠の中の正面には姿見があり、そこに映った自分の格好をまじまじと観察する。そして一言。
「なんか、もう飽きたな……」
「えっ」「はや!」
梓希の後ろでメアとシンクの声が重なり、エレベーターの扉が閉まった。
◆
時間の流れ的には遅い朝食となるのだろう。
太陽が昇る昼と星が瞬く夜があり、朝昼晩の3食を採る食文化がある。ならば今こうして梓希が巨大サンドウィッチに挑んでいるのは朝食と捉えてよさそうであるが、あまりゆっくりしているとランチタイムが迫ってきそうな頃合いでもある。だが——。
「何でこんなにでかいのよー涙」
梓希の座るテーブルの上に並べられたサンドウィッチのボリュームは、あのコメダ珈琲のそれを軽々と凌駕していた。
「シェフのきまぐれサンドは大きさがランダムだからねぇ」
「そこは気まぐれにしなくても!」
「ま、残ったら俺が食べてやるとも。食べかけだって大歓迎だぜ?」
「うう、なんか引っかかるけどあげるー」
夜は酒場として賑わう『ロスト・ジーニアス』だが、日中は顔を変え、いわゆるカフェテリアの業態をとっている。店内は明るく、爽やかな音楽が流れ、落ち着いた空間で食事ができるという触れ込みであり、いやまあそれは間違っていないのだが、メニューの方が独自路線を邁進していて、賛否両論、喧々諤々な議論の種となっていたりする。
閑話休題。梓希たち一行は食事を終え、待たせていた馬車に乗り、一路パレスへと向かった。馬車は箱型4輪のタイプ。御者を除く定員は4名で、ボディ内部に2人ずつ向かい合って座れる。馬は地球産のものと酷似しており、あえて言えば多少筋肉質のようではあったが、そもそも馬車馬とはそういうものかもしれず、梓希に大した違いは分からなかった。
なお、馬車に乗る直前に梓希が部屋履き——つまりスリッパのままだったことが発覚、また部屋まで靴を取りに戻る羽目になったという間の抜けた……いやお茶目な一幕があったことを補記しておこう。
大通りから脇道に入り、また大通りへ。馬車に揺られること10分弱。やがて、一行はパレスへと続く階段の下にたどり着いた。ここで馬車とはお別れとなる。シンクやメアに続いて降車した梓希は改めて長大な階段を見上げた。これを登るのはなかなかに骨であり、気が滅入る。
「……どうしたのアズ? って、あ」
シンクが梓希の視線を追い、階段を降りてくる花柄の傘を視界に収めた。ゆらゆらと揺れる傘は陽光に咲き、その下に持ち主である少女の顔が覗けた。
「あら~~、アズちゃん~~~~」
その時である。
気の抜けるような、間延びした少女の声が梓希の耳に聞こえてきたのは!
「久しぶり~~~~」
花柄の日傘を差して、フリフリのフリルが付いた純白のロリータファッションに身を包んだ一人の少女がそこにいた。パステルピンクの髪は両サイドで螺旋状に巻かれ、現代日本ではお目にかかれない縦ロールを成している。まとう雰囲気はおっとりとしていて、目はうっとりとしていた。




