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第14話 彼女が⚪︎⚪︎に着替えたら・中

「いや、すまない。記憶がないのは本当だろう。疑っているつもりはない」


「アズちゃんが嘘を吐く理由もないしねえ」

「そうそう、そうなの!」

 梓希は食い気味にメアに同調する。

「あたしもその辺モヤるから、頑張って記憶の海に身を投げたりしてたんだけど——」


「死なないでー!」

 急にシンクが頭をもたげ、その腕を極めた状態だった梓希は面食らう。


「うわ。記憶の海だから、ね?」

「よかった。じゃあもう放してくれる?」

「何が“じゃあ”なのよ。まぁいいけど、変なことしないでよ?」

「イエッサー! 一応聞くが、撮影はセーフ

だよな?」


「シンク、そろそろ黙ろうねぇ?」

 メアに笑顔で凄まれ、シンクは小声で頷いた。

「ハィ……」


 ひとまず大人しくなったシンクを解放し、梓希はこめかみに手を当てる。

「それで、あれ? 何の話だっけ?」


「君の記憶の話だが」


「ああ、そうそう。記憶。記憶ね!」

 右手の人差し指をピンと立てる梓希。

「あたし、分かっちゃいました! この世界での記憶だけがゼロ! それ以外は大丈夫!!」

 イエーイ。サンタガールの右手がVサインへと変じ、チョキチョキと動いた。


「おおー」

 梓希の勢いに呑まれてシンクが拍手。いつの間にか拾ったメガネをかけている。


「なるほど。承知した。マクスウェル様にもそのように伝えておこう」

 そう言ってシュヴァイツはわずかに微笑み、

「さて、アズちゃん。ここからパレスまでは馬車で来たまえ。近いとはいえ坂も多いし、昨日は疲れただろうと思ってね。手配しておいた。護衛役はシンクとメアだ。私は一足先に失礼するよ」

 無駄なく述べると、その場を辞した。

 影に潜らないのかな、と梓希は思ったが、よく見たら屋内の照明では影ができていなかった。



「ってか、シュヴァさん馬車って言った!? 歩かないでいい!?」

「言ったな。金持ちめ」

「さすが、そつがないわねー」

「やったー! シュヴァさん天才! すき!」

「ええ? ちょっと待ってアズ! ただのいけ好かないイケメン野郎だよ? 絶対泣かされるよ!?」


 慌てふためくシンクの服は昨日とほぼ同じに見えるが、戦闘を経た汚れはなく、おそらく着替えているのだろう。何であたしだけコスプレなんだ——と梓希は思ったが、彼女の価値観に照らすならシンクはいわゆるレスキュー隊員だしメアは妖艶な魔術師だし、十分コスプレみたいなものだった。


(まあでも普段着サンタはぶっ飛んでるよね。カワイイのは認めるけど。やっぱ無難に制服っぽいのにするかなー)


 悩める梓希は「着替えるから!」とシンクとメアを追い出しにかかる。「ええ!」「可愛いのに?」と最初こそ抗議しかけた二人だったが、「いや待て。メイドやバニーのアズが見られる可能性もあるか!?」「うふふ。楽しみかもー」などとのたまって、結局は意気揚々と退室してくれた。


    ◆


 一転して静かになった部屋の中で、梓希は一つの言術を開封する。右手薬指のネイルに仕込まれた第四番。術の名を【局所分解】。効果は【矮小範囲内の物質を原子にまで分解する】。


 こんなコトで使うのもなー、という気持ちもあったが、タオルで拭いただけでまだ結構湿っている髪を乾かすためだ。仕方ない。ドライヤーは発見できなかった。


別離は(Worker ray)安底(what)羅の(it’s small)零す( tot two )涙に(then neat)……」


 詠唱によって術式が駆動、左半身に無数の青白い線が走る。効果範囲は頭髪表面に付着している水分のみに限定し、髪へのダメージを考慮して速度は多少緩やかに。電気や熱を用いることなく水の分子は水素と酸素に分解されて、たちまち髪が乾いていく。


「おっと、ストップストップ!」


 やりすぎると髪が痛むので、慌てて効果を遮断。ただでさえ何度もブリーチしてるんだから、などと金髪のケアに気を揉む梓希だった。


「ふぅー」


 若干術のコントロールミスもあったが、無事に濡れ髪は乾き、生来のふんわりヘアーを取り戻した。


 続いて着替えに移る。梓希はサンタの衣装を脱ぎながら、ふと窓の外に目を遣った。


 先ほどよりも陽は高くなっているっぽい。いずれ南中を迎えるのだろう。そして、陽が沈めば夜となる——。昨日と同じように。


(しっかり昼夜の概念はあるかー)

 なんてぼんやりと思う。


(この星も自転してるってことだよね。あれでも、太陽もないとダメなんだっけ?

 ……うぅん、わからん!)


 ちゃんと勉強しておけば……などと思う梓希だったが、もし時間が巻き戻ったとしても彼女が勉学に励むことはないだろう。そういう星の下に生まれてしまった——とでも言えば格好が付くが、有り体に言うなら集中力がないのである。


 そんな梓希が唯一、熱心に学んだのが蜂泉ほうせん家に先祖代々伝わる言術だった。なんでも人が言語を獲得した紀元前後の時代から受け継がれてきたのだとか(絶対盛ってる)。


 言術の中には星辰によって制限を受けるものもいくつかあり、それらは昼か夜か——空に太陽が出ているか、月が出ているか——などを効力発現の条件としていた。


(こっちでは判定どうなっちゃうんだろー。まあ、使うコトあるか分かんないけど)


 下着(正確には水着)姿となった梓希は窓際から離れ、クローゼットの前へと戻る。そして腕を組んで仁王立ち。目を皿のようにして、一貫性のまるでない多種多様な衣装を検分していく。


 ——どれもカワイイのだけれど、決め手に欠ける。


(本命のブレザーの制服で手を打つか、意表を突いてメイド服? いや裏をかいてセーラー服もアリ寄りか……。おっと? 天使コスもあるじゃん! これ着て【天使化】したらアツくないですか!?

 ——って、落ち着けあたし。少なくとも、パレス? までは着替えられないだろうし、ノリで決めたらガチで終わる)


 梓希は熟考に熟考を重ね、

「——いや? むしろ、こういう時こそファーストインプってのが大事なのでは?」

 第一感で目を惹かれた衣装をハンガーから取り外し、鏡の前で身体に当てた。


「うん、カワイイ! キミに決めた!」

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