第13話 彼女が⚪︎⚪︎に着替えたら・上
「うーん……っ!」
まず目に入ったのは見知らぬ天井。宿泊施設で個室をあてがわれていた梓希が目を覚ますと、窓の外は十分に明るく、それなりに陽が昇っていそうだった。
(ああ、ここは——)
あたしの知らない世界だ、と梓希は昨夜の一件を思い返す。空襲やら救助やら求婚やらいろいろあって、部屋に着くなりベッドで速攻寝てしまった。なのでシャワーを浴びたい——強めの願望とともに、洗面所のようなスペースの奥にある扉を開く。
幸運。それは確かにそこにあった。
「わぁ……!」
必要最低限のシャワールーム。しかし全然十分だ。
「いい部屋じゃん……!」
思わず声に出てしまう。早速制服を脱ぎ捨てて、梓希は一糸纏わぬ姿となった。
これが実はシャワーとは形が似ているだけで、冷水や熱湯しか出ないものだったら……なんてことは微塵も考えず、レバーに手をかける。
そして無事に適温の水飛沫を思いきり全身に浴びながら、梓希は始まりの奇跡に思いを馳せていた。
——魔術の世界で異星間転移と呼ばれる現象。確か、存在だけが認められていて、実証はされていない。もし故意に実現できたのなら奇跡のレベル。でも、自分が体験したのはまさにそれだったように思う。
「まったく、どうなってんのよ……」
バスルームから出て裸でうろうろしながらタオルを探し(ちょっと床を濡らしてしまった)、身体を拭きながら今度は着替えを探す。制服はまだしも、下着は代替品があってほしい。そんな梓希の切実な願いもまた、特殊な形で叶えられる。
「こ、これは……!」
部屋の壁に埋め込まれたクローゼットの中を見て、梓希は目を見開いた。そこにあったのはセーラー服、ブレザーの制服、メイド服、ナースやサンタの衣装、袴、ドレスに競泳水着etc……。いわゆるコスプレ衣装が各種取り揃えられていた。
「まあ、着るものには困らないってコトね……。あ、これ可愛い」
梓希は前向きに捉え、ビキニタイプの水着を手に取った。
「これを下着代わりにするかぁ……」
粗雑な造りだが、贅沢を言っている場合ではない。サイズ感は割とピッタリ。姿見もあったので胸を寄せるなどしてみる。
「おっ。あたし結構エロいじゃん❤️」
そんな折、不意にドアがノックされ、梓希は喫驚、ひゃあ! と叫んで飛び上がった。
「アズちゃーん、起きてるー?」
扉越しにメアの澄んだ声。
「は、はいぃ」
梓希は声を上擦らせながら、慌てて手近な服に手を伸ばす。
「開けるわねー?」
ドアが開かれ、梓希はワンピース状の服を頭から被ったところで、メアと目が合った。
メアが猫目を丸くする。彼女の前にはサンタクロースのコスプレに身を包んだ一人の少女が立っていた。
「アズちゃん、もしかして……」
「ち、違うの!」
「季節感に仕事させないタイプ?」
「ふっ服がなかったの! いやあったか! いっぱいあったけど、なかったのぉ!!」
「ひとまず落ち着いて? 大丈夫、可愛いわ。写真集とか出す?」
真っ赤な衣装の梓希は服に負けないくらい顔を紅潮させている。そして両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「〜〜〜〜〜〜!」
サンタは梓希の世界における伝承なのに、何故こちらの世界でも知られているのか——そんな疑問にも思い至らず、梓希は身体から湯気を立ち上らせていた。
「ごめんねえ。すごーく似合ってたから、からかっちゃった」
「うう、すぐに着替えるー! ……って、え? やっぱ似合ってた!?」
「うんうん。着替えなくていいよー。胸元とかセクシーだしい」
「おっぱい見えすぎじゃない? 大丈夫?」
「可愛いからセーフよ❤️」
そういう問題か……と梓希はメアの姿を見て、彼女の基準が当てにならないことを思い知る。メアは昨日と同じような胸と尻が半分ほど見えるローブを着ていた。ちょっとえっちぃすぎる。
(そりゃま、その服に比べたら、胸元の緩いサンタガールなんて可愛いもんだけどさー)
「うおお、セクシーサンタさんやー! ハイハーイ! ボクいい子です! えっちなプレゼントお願いします!!」
「お前はどっから湧いてきた!」
突如部屋に飛び込んできたシンクに梓希のビンタが炸裂する。強めのツッコミにより、スクウェア型メガネが宙を舞う。哀れシンクは倒れ伏し、被疑者が確保される要領で腕を締め上げられた。
「メアさん、これ燃えるゴミかな。それか粗大ゴミ?」
「手慣れてるわねえ」
「まさかアズ、記憶戻った!?」
「シンクは下僕」
「ダメか……」
突っ伏すシンク。そこへ空気を一変させる重厚で渋めな声が聞こえてきた。
「ふむ……。実際、どこまで君の記憶は残っているのかね?」
梓希が部屋の入り口に目を向けると、メアの肩越しにシュヴァイツの姿があった。
「みんなあたしのサンタ見たすぎでしょ……」
可愛くてゴメン、そんなフレーズが梓希の頭に浮かんだが、シュヴァイツは目を伏せ、やれやれという風に肩を竦めて見せた。なんだそのリアクションは。
「ドネルと交戦した時の様子を聞いたが、言術の行使も問題なく、魔術の知識についても欠落がないようだ。この世界のことだけを綺麗に忘れているのかい?」
「——————」
そういえば。この世界のことは全然覚えていないけど、自分の名前や自分がどこの誰なのか、魔女の末裔としてのあれこれは全てはっきり分かっている。唯一、転移の直前の記憶だけがあやふやなくらい——
「——あたし、疑われちゃってる?」