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第9話 天使化

「はいはーい。ボクが来ましたよっと」

 一際高い塔の屋根の上で、拳銃を構えた背の低い少年が登場ポーズをキメる。派手な茜色の燕尾服を纏っているが、怪盗キッドやタキシード仮面というよりセーラームーンに通じる決めポーズだった。


「テオくん!」「テオ!」「え、誰?」


 小綺麗なバーのような店内で、人々から次々に声が上がる。テオと呼ばれた少年は大型の蝙蝠を一匹撃ち落とし、にゃっはっは! とご機嫌だった。


「あいつはテオ。忘れてると思うから言っとくけど——」

 シンクが窓から外の様子を伺いながら説明してくれる。

「——あんまり頭がよくない」


「にゃは……?」

 塔の屋根は傾斜が厳しく、テオは当然のようにバランスを崩した。そして、そのままずるずると滑り落ちていく。


「うああああーーーー!?」


 どてっ。どうやら地面に落下したらしく、「痛い!」と泣き叫ぶ声が聞こえてくる。


「テオきゅん……!」「あーあ、今回もダメか」「え、誰?」

 店の中では三者三様の呟きが聞かれた。


「頭がよくないって、シンクより? って思ったけど——」

「お前な……」

「これは、そういうことね……よし!」

 梓希は意を決したようにドアに近寄る。ノブに手を伸ばすと、シンクが慌てて制した。

「おいおい、どこ行く気だよ?」


「あの子を助けるのよ」


「何もアズが行かなくても……。一応想定されてた襲撃だし、この事態にテオ1人で来るわけが……」


「来たじゃん」


「アッ、ハイ……。ああもう、俺が行くしかないのか……?」


「行かない選択肢があったの?」


「もうちょい待ってみて、誰か来ないかな、みたいな……」


 フゥ、と梓希は溜め息を一つ。

「ひとまず【天使化】して、あの子をここまで連れてくる。30秒で済ますから待ってて」


「行動力すごい……!」


「あ、この屋内の安全度は?」


「そこは安心してくれ。最近の建物は対魔基準ばっちりクリアしてるから、執拗に攻撃されなきゃ相当耐えられる」


「……物理方面も?」


「それも含めての対魔基準。警報に連動して簡易結界が起動するようになってる」


「わかった。じゃあ行ってくる!」


「待って、俺が囮に……」

 シンクが言い終わらないうちに、梓希はドアを開いた。躊躇いなく外に出る。シンクが後に続く。往来の消えた道で、異界の巫女の左半身が青白い光を放ち始める。


祈りは真(Balk touch)達羅の(work ten)白き翼に(sea dat)……!」


 十二言術の第十番。【天使化】の文言が編まれ、彼女の背で白き翼が実像を結ぶ。


 そうして梓希とシンクが表通りに出ると、そこは(、、、)風が通った後だった(、、、、、、、、、)


    ◆


 轟々と唸り声を上げ、周囲一帯の大気が猛っている。鞭を打たれた獣のように、迸る獰猛さを隠そうともせず。


 ——その中心。台風の目のように風が凪ぐ一点。そこに、一人の美女が立っていた。


 髪は長く、頭頂部で束ねられているものの、緩やかに落ちて腰にまで届く。眼光は視るものの内面を射抜くような鋭さで、かと思えば唇は妖艶な笑みを貌づくっている。身に纏った白と紫の二色からなる露出過多なローブはスタイルのよさを際立たせるのに申し分なく、どこか魔術師のような様相も魅せていた。


「——いいわよ。踊りなさいな」


 ふわり。雅やかな扇子が軽やかに振られ、その優雅な所作に呼応して風が暴れる。それこそ龍のように。周囲の窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げ、砂埃が一掃される。


 上空から、ギギイィ、と不快な音域の断末魔が響いた。錐揉みになった無数の鳥や蝙蝠がバサバサと降ってくる。いずれも空の一画を覆っていた魔獣の類いで、狐や狼ほどの大きさがあった。絶命したのか口や嘴は開け放たれ、猟犬も斯くやという牙が覗いていた。


「メア! メアが来てくれたー!」


 なんかシンクが喜んでいて、梓希はちょっと気に食わない。別にいいけど、あたしのこと好きとか言ってなかった? 美人が来たらこれだよ。禿げろや。そんな黒い感情が少し過ぎるが、しかしすぐに吹き飛ばされた。


 ぶわっと。一際大きく風が通る。


「きゃっ?」

 梓希は反射的にスカートを押さえる。


「おおおおおおお!」

 その後ろではシンクが歓喜の声を上げる。


 梓希は思わず拳を握り、だけどそんな場合じゃないと心を鎮め、助けを求める声の方へと飛んだ。その背には純白の羽があり、文字通りのひとっ飛び。省エネで限定的な天使化としたが、今はこれで事足りる。反重力・飛行性能を有する羽さえあれば、テオの救出には十分だった。


「大丈夫……?」

「ううう、ここ見てよ。超擦りむいてる!

 ……てか、え? アズ……!?」


 この子もあたしのこと知ってるのか……と複雑な心境に蓋をして、梓希はテオを抱き起こす。

「避難するよ。掴まって!」


「ちょちょちょ、ボク、姉ちゃん以外の女の人はNGなんだって!」


「は? 死にたいの? 急ぐよシスコン!」


 梓希は肩にテオの腕を回して担ぎ上げ、輝く羽に魔力を通わす。擬似的な天使の羽はテオの身体を透過しており、その能力に影響はない。


「口閉じて!」

「にゃああぁぁー」


 絶叫するテオを抱えて空中を高速移動。梓希よりテオの方が小柄なので、魔力消費も少量で済む。避難先のバーまで10秒もかからないだろう。


 ——そう思われたのだが。


「こいつ……!」


 生き残っていた大型蝙蝠が嫌らしく進路を塞いだ。全長2メートル級の個体で、今回現れた群れの中でもだいぶ大きい。だというのに図体の割に機敏な反応を見せ、強引な突破は難しそうだ。


「ギャー! 降ろしてー!」

「うるさい!」


 喚くテオを一喝、梓希は活路を探す。手間だから戦わず逃げたいが、上下左右、どこかに隙は——


「どっせぁりゃあ!!」


 謎の雄叫びとともに、目の前の蝙蝠が縦に両断された。光剣の餌食となった魔物は短く奇声を発し、断面から速やかに蒸発していく。


「シンク!!」

「ピンチに颯爽と俺登場! あーやばい、今のかっこよすぎる……!」


「バカ言ってないで、あたしはこの子避難させるけど、シンクどうする? あのお姉さんに加勢する? 戦うなら気を付け——」

「いや、メアなら単騎で大丈夫だろ。俺も戻るよ」


「あ、そうなんだ」

 拍子抜けする梓希の傍で、テオが元勇者の心中を見透かした。

「シンク、めんどくさいだけでしょ」

「うるせえ!」

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