第13章
10年後――地球・関東地方の外れ、鬱蒼とした森の奥にある共同墓地。
空は雲に覆われ、薄曇りの空気があたりを包む。湿った風が、木々の枝葉を静かに揺らしていた。
制服姿の少女が、一つの墓の前に立っている。
背筋は真っすぐに伸び、肩で切り揃えられた黒髪が揺れていた。柊沙也加、十七歳。
彼女は今、母・吹雪の墓の前に立っていた。
無数の墓石が並ぶ中で、その墓だけが小さな花壇に囲まれ、手入れされた白い石がひときわ目を引いている。
「……お母さん」
沙也加は、合掌したまま小さく口を開いた。
言葉は静かで、けれど芯があった。
「……私、もう高校二年生になりました。ちゃんと、元気に生きてます。施設の人も、みんな優しくしてくれるし……」
そこまで言って、少し息を吸った。
目を閉じ、ゆっくりと吐き出す。
「……ありがとう。私を守ってくれて」
花束を手向け、微かに笑ったその顔に、涙はなかった。
だが、その瞳には確かに、憧れと、誇りと、深い哀しみがあった。
傍らには、彼女と同伴した施設のスタッフ――四十代前半ほどの女性が控えていた。
優しい眼差しで沙也加を見つめている。
その女性が、ふと、口を開いた。
「ねぇ……沙也加ちゃん。お兄さんのこと……」
言い淀む。話してよいものかと迷っている様子だったが、沙也加は振り向かずに先に口を開いた。
「……私に兄はいません」
その声音は、あまりにも冷たく、そしてはっきりしていた。
スタッフは一瞬、言葉を失ったように沈黙し、目を伏せた。
沙也加は墓の前から一歩下がり、静かに深呼吸をする。
その背中はどこか固く、拒絶に満ちていた。
(お母さんを殺したのは――あの人。何があったのかなんて、わかってるつもり。きっと、理由があった。事情も、苦しみも、きっとあった。でも……)
それでも許せない。
胸の奥に刺さった棘のような感情が、彼女の全てを支配していた。
母を殺した男。自分の家族を壊した存在。
例えその血が繋がっていても――いや、だからこそ、許すことなどできなかった。
「……もう行きましょう」
振り返った沙也加の横顔は、十七歳の少女には似つかわしくないほど冷ややかで、大人びていた。
その胸の奥で、小さく囁く声がある。
(いつか……必ず、償わせる)
そう――その時が来るまでは、決して忘れない。