第12章
太平洋上――曇天の空の下、静まり返った海面に浮かぶ一隻の戦艦。
それは、地球の全てを守るはずだった“防人の艦”、アマテラス。
月面軌道上での激戦の果てに、奇跡的な超短距離ワープによって地球へ帰還した姿は、かつての神話に登場する様な絢爛な姿はそこにはなく、やっと浮かんでいる状態だった。
その甲板に、一人の男が立っていた。
白銀の髪が潮風に翻る。
左目だけが静かに紅く輝いている。
痩せた体躯の奥には、かつての少年の面影はもうなかった。柊テツヤ――呪われた男。人類唯一の“例外”として、戦艦アマテラスに選ばれた者。
だが、彼の眼差しに勝利の色はない。
むしろ、その瞳に宿っていたのは――深い困惑と怒りだった。
「……お前は、母さんの仇でもあるのか」
彼は艦の中央にそびえる艦橋――和の城郭を思わせる天守閣のような構造体を見据え、独り言のようにそう呟いた。
かつて、母・吹雪がその艦橋で指揮を執っていた姿が脳裏に浮かぶ。
温和で、厳しくて、美しくて――最も遠く、最も近かった背中。
「……姫蜘蛛は、追ってこない。だが……」
テツヤは天を仰いだ。雲がうすく切れ、わずかな光が差し込む。
その光に照らされながら、彼はふと、一つの場所を思い出した。
――無人島。
かつてアマテラスと共に吹雪が幾度となく出入りしていた、地図にも記されない絶海の孤島。
子どもの頃、何度も尋ねたが、そのたびに母は言った。「お前たちの来る場所じゃない」と。
そして、一度たりとも立ち入りを許さなかった。
「……修理できるかもな」
戦艦アマテラスの異常な機能が、あの孤島と繋がっていた可能性。
今となっては――唯一の希望に見えた。
だが、そこまで言いかけた時だった。
突如、激しい痛みがテツヤを襲った。
「ぐ……ぅぅッ……!」
叫びにも似た呻き声を洩らし、彼は膝をつき、そのまま甲板へ倒れ込む。
体内を灼熱の針で貫かれるような感覚。神経の一本一本が焼かれるような激痛。
アマテラスの呪い――本来、女性にしか受け入れられないこの艦に、男である自分が選ばれたことの代償。
指先が震える。視界が歪む。
身体の中で、何かが崩れ、再構成されていく。これは成長でも、進化でもない。ただ――代償。
『……お前が、望んだのではない。私が選んだのだ』
艦内から、音声でも言語でもない、直接思考へと語りかける意思が流れ込んでくる。
それはアマテラスそのものの意志。
汚染された吹雪よりも“まし”な存在――それがテツヤに課された理由。
「……ふざけるな……」
絞り出すように呟く。
「望んでなどいない……」
返答はない。ただ、甲板に刻まれた呪紋が淡く光り、テツヤの背中に更なる苦痛を刻みつける。
彼の白衣の背が、じわりと血に染まる。
だが、それでもテツヤは立ち上がった。
体は震えている。視界はまだ霞んでいる。
だが、その足は、再び艦橋を目指していた。
そこにしか、答えがない気がして――