1−5:合格
「儂の名はオズバルド・フォン・ゼーゲブレヒト。探索者としての功績をアルカディア王国に認められ、1代限りの貴族位たる士爵位を賜った者である」
オズバルド本部長改め、ゼーゲブレヒト士爵がニヤリと笑う。それはまさに、訓練中の私兵団員や父上も時折浮かべる笑顔――闘う者特有の、威圧を含んだ凄絶な笑みだった。それだけでも、ゼーゲブレヒト士爵が自らの実力に相当な自信を持っていることが伺える。
そして、その自信は決して自惚れなどではない。さっきの魔力波をみる限り、ゼーゲブレヒト士爵は確かな実力に裏打ちされた本物の猛者なのだ。
「聞けば、エリオスはソリス男爵家の三男坊だとか。その立場であれば、己の道は己の力でいつか切り拓いていかなければならぬぞ」
「はい、よく存じております」
僕は男爵家の男子とはいえ、優秀な兄上が2人もいる。ソリス男爵家は兄上が継ぐので、僕はいつか独り立ちしなければならない。
僕が目指すべきは、きっとゼーゲブレヒト士爵様のような生き方なのだろう。貴族家出身という身分のみならず、己が実力でもって確固たる地位を築き上げなければならない。それは、間違いなく茨の道だ。は だが、是が非でも乗り越えなければならない。ソリス男爵家の名誉のためにも、自分の将来のためにも……そしてなにより、ティアナの願いを叶えるためにも。
「ふむ、賢しい子だな。それゆえ探索者を目指している、ということか」
「はい、その通りです。僕はまだまだ未熟ゆえ、まずは地力を付けるところから始めなければなりません。その中で功績を挙げられればベストですが、功績を狙ってケガしては元も子もないので、無理に追う必要は無いとも考えています。
もっとも、それが許されるのはよくて5年間……その後は、なにかしらの功績を挙げるために行動する必要があると考えています」
「……エリオス、お主本当に10歳か?」
「はい、間違いなく今日10歳になりました。なので、王国法に則り探索者になることができます」
もっとも、僕の場合は前世の記憶があるから実質70年+10年くらいの人生経験になるけどね。
「ところで、ゼーゲブレヒト士爵様はどのような探索者でいらっしゃるのですか?」
「儂か? 儂はかつて"業炎"と呼ばれ、火属性魔法を得意とする探索者であった。現在のレベルはエリオスの言う通り、105だ」
「レベル105……」
レベル30を超えると一人前、60を超えると一流、100を超えれば超一流と言われている。いくらレベルと技量は比例しないとはいえ、レベル100になるほど敵を倒していれば確実に身に付くだろう。
……なにより、それだけ多くの敵と戦って生き残ったこと。その生存能力は、ただそれだけでも驚嘆に値するものだ。
ただ、少し気になることもある。
「……しかし、ゼーゲブレヒト士爵様。士爵様は今も相当な実力をお持ちであるように思うのですが。今でも探索者として、十分なご活躍ができるのではありませんか?」
探索者"であった"という部分に違和感を感じたので、少し気になって聞いてみると……ゼーゲブレヒト士爵は、どこか悲しげな表情を浮かべた。
「そうだ……と、言いたいところなのだが、残念ながらそうではない。魔法力は今でも順調に伸びているくらいなのだが、膝に矢を受けてしまってな……今は少し、足が不自由なのだ。戦う者にとって歩けなくなるというのは致命的なことゆえ、そのリスクが高い儂は第一線から身を引くことにしたのだ」
……言われてみれば、ゼーゲブレヒト士爵様は1歩もその場を動いていない。長いローブに隠れて見えないけど、足の傷は僕が思うより深いのかもしれない……いや、実際に深いんだろう。
仮にそうだとして、僕程度では逆立ちしても敵わないくらいの実力差があるのだけどね。
「……とまあ、そういうわけだ。ゆえに今は探索者ギルドの本部長として、現役探索者のサポートを行っているわけだな。
さて、エリオスよ。お主のことはルーカス殿から聞いておる。なんでも、ダンジョンに潜りたいそうだな?」
「はい、その通りです……って、あれ?」
そういえば、なんでゼーゲブレヒト士爵様は僕の事情を詳しくご存知なんだろう? 僕、まだ紹介状も何も渡してないんだけど……。
「エリオス、お主は常日頃より、10歳になったらダンジョンに潜りたいとルーカス殿に話していたそうだな?」
「は、はい、そうです」
「それをルーカス殿は、きちんと聞き届けておった。10歳の誕生日を迎えたその日に、もしダンジョンへ潜るに足る知識や考え方をしっかりと身に付けていたならば……探索者となることを許可したいと。
そしてお主は、今日さっそく探索者ギルドへとやってきた。律儀なルーカス殿のことだから紹介状は持たせているのだろうが、別に無くとも探索者にはしてやるつもりだったぞ」
儂の魔力波にも動じなかったしな、と上機嫌に笑うゼーゲブレヒト士爵……オズバルド本部長を見て、どうにか認めて頂けたのだと察した。
「父上は悲惨な戦場を経験している方ゆえ、戦いに関わることには一際厳しい方ですから」
「違いない。儂も戦場の経験はあるが、ルーカス殿ほどではないからな。
……さて、実はもう一つ、ルーカス殿より頼まれていることがあってな」
「なんでしょうか?」
「エリオスと、ティアナだったかな? 2人に魔法の基礎を教えてやってほしいと、ルーカス殿から依頼があったのだ」
「えっ? わ、私もですか?」
ティアナが驚いているけど、父上の意図としてはむしろティアナの方が本題だと思う。僕に魔法の素養があることには、今日初めて気が付かれていたからね。
まあ、確かにオズバルド本部長なら魔法士の先生として最高だろう。正直、これ以上は望めないくらいだと思う。
「今日は初日だから、早めにダンジョンから戻ってきなさい。それから、魔法の基礎訓練を始めていこう」
「「はい、よろしくお願いいたします」」
前世の知識があるとはいえ、それに胡座をかくのは良くない。一流の魔法士から指導を受けられる機会、是非とも活用させて頂こうかな。
「……さて、と。忘れないうちに、まずは紹介状を預かっておこうか」
「はい、こちらです」
父上から頂いた紹介状を、オズバルド本部長に手渡す。それを受け取ったオズバルド本部長は、受付カウンターに向けてゆっくりと歩き始めた。
その後ろを、4人で付いていく。オズバルド本部長は、どうやら向かって一番左のカウンターに移動しているようだ。
「ミウ、ミウは居るか」
「はいですニャ! お呼びでしょうか、オズバルド本部長!」
「こちらの2人、エリオスとティアナの探索者登録を頼む」
「はい! かしこまりましたニャ!」
奥から出てきた受付嬢の手に、紹介状が渡る。
……なんと、その受付嬢はセリアンスロープだった。しかも、セリアンスロープの中でも非常に珍しいホワイトキャットだ。
猫系セリアンスロープの中でも、ホワイトキャットはとても人数が少ない。突然変異的に生まれては、その毛色が決して遺伝しないからだ。また体が弱く、総じて寿命が短いのも理由としてはあるらしい。
……だけど、ミウと呼ばれた受付嬢は元気一杯だ。とても体が弱そうには見えない。
受付カウンターに近付き、そのホワイトキャットの受付嬢の前に立つ。ミウと呼ばれた受付嬢は、僕たちのことをニコニコしながら見ていた。
「ようこそエリオス様、ティアナ様、探索者ギルド・アルカディア王国本部へ! 私はここで受付を仰せつかっております、ミウと申します! どうぞよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
まさに元気娘だ。見ているこっちも自然と笑顔になるほどに、ミウは邪気の無い底抜けの笑顔を浮かべていた。
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