1−4:探索者ギルドにて
「……うぷっ」
「だ、大丈夫ですか、エリオス様?」
「あ、ああ。大丈夫だ、大丈夫……」
ティアナとゼルマ、そしてフランクを引き連れた僕は、探索者ギルドを目指してゆっくりと歩いていく。探索者ギルドの場所は地図で把握済だけど、ゼルマとフランクが知っているのでもし分からなくなったら2人に案内をお願いするつもりでいる。
……ちなみに、私兵団員との朝食会に巻き込まれた僕はシチューを皿一杯に盛り付けられたうえ、拳大のパンを3つも食べる羽目になった。お腹一杯だって言ったのに。残すのは嫌だから何とか食べ切ったけど、もう水1滴も入らないよぅ……。
同じ食卓を囲ってたティアナにはちゃんと配慮してたのに、なんでみんな僕には容赦無いのさ……?
あと、予想通り父上と話す時間は設けられなかった。僕が大盛りシチューとパンに悪戦苦闘しているうちに、父上の出発時刻となってしまったのだ。
馬車に乗り込んで出仕していく父上を、私兵団員の皆と共に練兵場から見送った。その後は父上の執務室で、父上専属の執事から2人分の紹介状を受け取っている。
なお、ゼルマとフランクは既に探索者として普段からダンジョンに潜っているが、ティアナは僕と同じく今日初めて探索者ギルドを訪れるそうだ。ゆえに探索者登録も済ませておらず、紹介状はティアナの分も準備してもらっている。
「……エリオスさま、もっと食べないと」
「エリオス様、食細すぎないっすか? 前にソリス男爵様をお誘いした時は、エリオス様の3倍くらい余裕で食べてたっすけど?」
「……やめてくれ、今は想像しただけで胸焼けしそうだ」
父上は健啖家だからなぁ……マナー重視の食卓では抑えているけど、本当はあの5倍の量を余裕で食べられることを僕は知っている。確かに父上なら、食事後でも余裕で食べ切れるな……いやそれよりも、現役の貴族家当主なのにちょっと自由すぎませんか、父上?
まあ、父上は"戦場において身分や立場は関係無い、それらは自分の命を守ってくれないからな"と常日頃より仰られている方だからね。実際に戦場を見てきた方だから、その言葉には十分以上に説得力がある。だからこそ、普段はマナーに厳しい方だけど……必要とあれば、何ものにも囚われない行動をとれるのかもしれないな。
「ここが探索者ギルドかな?」
「……はい、エリオス様」
ソリス男爵家の屋敷を出て歩くこと、およそ15分。紹介状と共に頂いた地図を見ながら歩き、ゼルマとフランクに頼ることなく探索者ギルド・アルカディア王国本部の建物へとたどり着いた。ここで探索者登録を済ませることで、ダンジョンに潜ることができるようになるのだ。
「相変わらずでっかい建物でっすね〜」
「本当に、ソリス家のお屋敷よりも大きいのでは?」
「ああ、しかもだいぶ年季が入ってるな」
さすがは本部だけあって、とても大きな建物だ。単純に面積が広いのもあるけど、特筆すべきはその高さだろう。
他の建物がよくて3階建て (ソリス男爵家の屋敷は2階建てだ)のところ、本部の建物はなんと5階建てだ。王都アルカディアスの中心には国王様が住まわれる王城があるけど、探索者ギルドの建物はその次に高い。最上階からの眺めもとても良さそうだ。
「行きましょう、エリオス様」
「あれ、ビビってるっすかエリオス様?」
「……行きましょう、エリオス様」
「分かってるさ、今行くよ」
慣れた手付きで木製の扉を開け、ゼルマが先に本部へと入っていく。それに続いてフランクとティアナ、そして最後に僕が扉をくぐっていった。
さて、ゼルマは僕の様子に薄っすら気付いてたようだけど……建物に入るのをためらっていたのは、実は本当のことだったりする。
なにせ、建物の中から凄まじい量の魔力が溢れ出ているのだ。【魔眼】のスキルを持つ僕の眼には、赤く輝く魔力の奔流が遠くからでもハッキリ視えていた。その魔力総量は、外から視える分だけでもざっと僕の5倍以上はあり……実際は100倍くらいの差があっても不思議ではない。
それでも前世の僕には遥か届かないのだが、熟練した魔法士が建物内にいるのは間違いない。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。中に入って確かめてみるとしよう。
「ようこそいらっしゃいました、エリオス様。私が探索者ギルド・アルカディア王国本部長、オズバルドでございます。先触れにて、エリオス様がお越しになられることは聞き及んでおりました」
扉をくぐると、恰幅の良い温厚そうな方がエントランスホールに立っていた。やや老齢に差し掛かった方だが、この方がオズバルド本部長か。
「お出迎えありがとうございます、オズバルド本部長。私はエリオス・ソリスと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
早速オズバルド本部長に向けて、貴族的な礼儀に則り一礼する。本部長はとても温和そうな雰囲気を纏っており、パッと見はとても実力主義の探索者ギルドを束ねる人には見えない。
……しかし、僕の目にはちゃんと見えている。
本部長がその身に纏う、均一に制御された見事な魔力が。本部長の魔力は赤色と緑色に輝いており、とても眩しく感じるくらいに力強い。この魔力の残滓を、僕は外から感知していたみたいだ。
……外から見た時は赤色しか見えなかったけど、本部長の近くに来て初めて緑色も持っているのが分かった。僕の目も決して万能ではないんだな。
「なるほど、オズバルド本部長は大変優れた魔法士でいらっしゃるのですね?」
「……ほう、どうしてそう思われるのですかな?」
オズバルド本部長の優しげに細められた瞳の奥に、ほんの一瞬だけ鋭い光が宿る。僕の目には、本部長の魔力がほんの少しうねり始めたのが見てとれた。
……これは、どうやら試されているな。今日はなんだかよく試される日だけど、聞かれたことにはしっかり返答しなければならない。
「身に纏う魔力が均一で、ほとんど乱れがありません。その時点で、オズバルド本部長が一流の魔法士であることを確信しましたが……それ以上に、魔力そのものに底知れない力強さを感じます。
私は、ここにいるティアナとオズバルド本部長以外の魔法士を存じ上げないので、断言はできないのですが……オズバルド本部長は、レベル100を超えていらっしゃるのではありませんか?」
「………」
探索者に求められる能力は、ダンジョン探索という性質上多岐に渡る。レムレースを打ち倒す力、レムレースの攻撃から身を守る力、仲間をサポートする力、罠に対処する力、物資を多く持てる力……その中で分かりやすいのは、やはりレムレースを打ち倒す力だろう。
ダンジョンに挑む以上、行く手を阻むレムレースは倒さなければならない。なので、レムレースの守りを上回る火力を持つ者がパーティには必須となる。
そして探索者の元締めである探索者ギルド、その本部長を務めるほどの方がその点で弱いわけがない。本部長本人が戦えなければ、百戦錬磨の猛者たちが付いていくはずがないからだ。
僕はそう考えていたのだが、やはりそれは正しかったようだ。
「……なるほど、ルーカス殿が推すわけだ。彼も人の親、遂に我が子を贔屓目で見るようになったかと思ったが……彼の人を見る目は、今も曇ってはいないようだな」
フッ、と笑みを浮かべたオズバルド本部長だが、眼の奥は決して笑っていない。むしろ、その眼光はさらに鋭く強くなっていく。
……そして、オズバルド本部長が魔力を解放した。
「……っ」
これがオズバルド本部長の本気か。なんと凄まじい威圧感、まさに魔力の激流とでも称すべきか。僕の予想通り、100倍近い魔力量の差がそこから感じられる。
「「………」
ゼルマとフランクは慣れているのか、平然と受け流しているようだ。僕は冷や汗が止まらないのに、2人は涼しげな表情で立っている。ギルドの奥には先輩探索者の方々もいるが、そのほとんどが平然としている。
……少し気になるのは、一部の先輩探索者が挙動不審になっている点だ。揃ってフーデッドローブを羽織っており、見るからに魔法士といった見た目の方々だが……何かトラウマでも抱えているのだろうか? 動きが明らかにおかしくなっている。
「うっ……」
ティアナが苦しそうに呻く声が、僕の耳に届く。前世の記憶がある僕はまだ耐えられるが、ティアナにこの濃密な魔力放出はキツいだろう。
そっと立ち位置を変えて、ティアナを魔力の激流から遮る。僕の後ろで、ティアナがホッと息をつくのが聞こえた。
「……ほう、面白いな。少々手加減しているとはいえ、儂の魔力波を涼しげな顔で受け流すとは。しかも、そこの少女に気を配る余裕さえあるか」
「ははは、まさか。必死に耐えているだけですよ」
実際問題、かなりキツい。気を抜けば意識を持っていかれそうだ。今の僕だと10分なら耐えられるが、それ以上はさすがに無理だろう。
それでも、全力で余裕ぶった笑顔を作る。父上は訓練の時、よく『弱った姿を敵に見せるな、敵はそこを突いてくるぞ』と仰っているからね。オズバルド本部長は敵ではないけど、かといって簡単に膝を折るわけにはいかないのだ。
「……ふむ、よかろう」
1分ほど経ったところで、オズバルド本部長が魔力波を引っ込めた。まとわりついてくるような重苦しい気配が消え去り、体が一気に軽くなった。
「儂の魔力波に、初見で1分耐えた者はエリオスで3人目だ。そのことに敬意を表し、改めて儂の名を名乗らせてもらおう。
……儂の名はオズバルド・フォン・ゼーゲブレヒト。探索者としての功績をアルカディア王国に認められ、1代限りの貴族位たる士爵位を賜った者である」
そう言って、オズバルド本部長はニヤリと笑った。
(2025.8.6)改稿済
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