2−8:エリーゼ・カペルマンという少女
「エリーゼ・カペルマン殿。カペルマン子爵家の、三女の方でよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです。よくご存知ですね?」
「優れた実力を持つ魔法士のことは、必ず覚えておくようにしているんですよ」
不敵な笑みを浮かべるエリーゼ殿に、僕も笑みを返す。
……エリーゼ・カペルマン。財務系貴族家・カペルマン子爵家の出身で、今年の王立魔法士学校入学試験で一気に名を上げた魔法士の女の子だ。それまでの活動歴は一切不明ながら、火水地風4属性の魔法を相当なレベルで使いこなし、その中でも火属性を得意とする魔法士なんだとか。
入学試験の時に少しだけ見かけたけど、話す機会はついぞ訪れなかった。それが、まさかこんなところで関わることになるとはね。
「ふふ、ありがとうございます」
エリーゼ殿が、不敵な笑みのままそう返してくる。表面上の様子は、さっきまでと殆ど変わらないように見えた。
……ただ、【魔眼】を通すとエリーゼ殿の魔力が小さく揺らいでいるのが見える。ポーカーフェイスを貫いてはいるものの、内心では僕の言葉に多少動揺しているらしい。それでも表情に出てこないのは、さすがは歴史ある子爵家の令嬢と言うべきだろうか。
カペルマン子爵家は、爵位のわりに上位貴族家からの信頼がやたらと厚いことで有名だ。代々の当主が生真面目で堅実な人ばかりなうえ、誰も野心が無いのかカペルマン子爵家が不正に関わったことは今まで1度も無い。仮に何かしらの不正の嫌疑がかかっても、『カペルマン子爵家の人間だけは絶対にあり得ない』と皆が口を揃えて言うくらいには圧倒的な信頼を得ているのだ。
しかもこれ、外から子爵家に入った人でさえも浄化されてしまうのだ。それまで筋金入りの浪費家だった貴族女性が、カペルマン子爵家に嫁入りした1週間後に見事な倹約家へと変貌を遂げた時には……もはや尊敬を通り越して畏敬の念で見られたとか、そんな逸話がある。
ただ、エリーゼ殿は少しだけ違うようだ。悪い人ではなさそうだし、カペルマン子爵家の人らしく真面目さや堅実さも持ち合わせているようなんだけど……同時に彼女は、強い自己顕示欲も併せ持っているように見える。僕の言葉で彼女の魔力が揺らいだのは、その辺に理由があるのかもしれない。
……よし、少し仕掛けてみよう。この話題なら、彼女の心を乱せるだろうか?
「しかし、このような夜分に僕を呼び止めて、どうなされたのですか? 逢瀬のお誘いでしたら、残念ながら間に合っておりますが?」
「おっ……!?」
「……?」
おっと、微笑みの仮面が一瞬剥がれ落ちたな。魔力の揺らぎも一瞬大きくなったし、どうやらエリーゼ殿は随分とウブな人のようだ。そのクセ耳年増でもあるようで、僕の言葉の意味がよく分かっているらしい。
……ティアナは首をコテンと傾げているけどね。うん、君はずっと純粋なままの君でいてくれよ。
よしよし、それならこの方向性でもっと仕掛けてみよう。
「……コホン、私にそのような意図はございません」
「では、密会のお誘いですか?」
「違います」
「ああなるほど、そんな回りくどいことではなく、もっと直接的な行為のお誘いということですか」
「違いますっ! もうっ、なんなんですかさっきから! あなた本当に10歳なんですか!?」
おっと、エリーゼ殿の魔力が大きく揺らいでるね。ここまで動揺してしまったら、魔法はなかなか形にならないよ。
魔法士にとって、己の感情をコントロールすることは非常に重要だ。多少の揺らぎ程度であれば、魔法の威力が高まることもあるけど……精神的に大きく動揺してしまうと、魔法がうまく発動できなくなってしまう。それは魔法士にとって、あまりにも致命的な状態だ。
ヘキサグラムの、ルーメンだったかな? あの二流工作員は姿を消しているからと油断し、そのせいで僕の不意打ちを食らって大きく動揺し……結果、その後は1度も魔法を発動できずに終わった。いくらレベル差があろうとも、あれほどの失態を演じてしまえば命取りになる。
今のエリーゼ殿は、経緯は違えどそれに近い状態だ。だから……。
「分かりました、回りくどい言い方はやめます! エリオス・ソリス殿! 私から正式に、あなたに魔法決闘を申し込みます!」
おっと、エリーゼ殿から魔法決闘を申し込まれてしまったな。
王立魔法士学校においては、学生間での魔法を用いた決闘が推奨されている……そう、許可ではなく推奨だ。つまり、どんどんやれということである。
元々、王立魔法士学校は軍人魔法士を育成するための学校だったそうだからね。今でこそ研究機関としての一面もあるけど、こういう魔法決闘を推奨しているところだとか、卒業後は王国魔法士団への入団推薦が貰えるところに軍人養成学校だった頃の名残があるわけだ。
ちなみに、決闘と言っても相手を傷付けることはご法度で、勝ち負けにより何か対価を差し出したりする必要も無い。ただ単に、魔法能力やその運用能力の優劣を決めるための制度となる。
……そして、その魔法決闘が成立する条件がやや特殊なのも特徴だ。
今エリーゼ殿がやったように、教授以上の立場の人……この場合はヨハネス教授がいる場で、決闘の申し込みをした時点で決闘状態が開始される。なので、今の僕とエリーゼ殿は既に決闘状態へと突入している、というわけだ。
ここで厄介なのは、仕掛けられた側の承諾の有無が含まれていない点だ。申し込まれたその場に教授以上の立場の人がいれば、その時点で魔法決闘が成立してしまう。逃げることは許されないわけだ。
そして、たとえ決闘状態でも魔法を使ってはいけない時がある。建物や無関係な人が被害を受ける可能性がある場合や、王立魔法士学校の敷地外がそれに該当する。あくまでも敷地内で、誰も何も被害を受けない場所でやれということだ。
ちなみに、ここは道の真ん中で周りには街灯くらいしか無く、建物までの距離は十分にある。もちろん王立魔法士学校の敷地内なので、魔法を使うのに必要な条件は全て整っている。
「………」
……さて、どうしようか? オリハルコン精錬魔法を使ったばかりで残魔力量が少ないし、さっさと負けを認めて帰ることもできるんだけど……それは、ちょっとできない相談かな。
なにせ、軍事系貴族家であるソリス男爵家の名誉に、泥を塗る行為に他ならないからだ。これが財務系貴族家とかなら大して問題にならないんだけど、軍事系貴族家の人間が決闘を挑まれてすぐに負けを認めるのは、最悪の恥とされている。
かといって、明日まで持ち越すのもそれはそれで嫌だ。今の僕は研究成果発表会に向けて準備する必要があり、時間はいくらあっても足りない状況だ。そこまで分かっていて決闘を申し込んだのであれば、エリーゼ殿はなかなかの策士だということになるね。
「今から、ですか?」
様子を見つつ、エリーゼ殿に聞き返してみる。
「いえ、今日はもう遅いですから、また明日に――」
――ジャキンッ!!
「――っ!?」
エリーゼ殿の喉元に、全方位から鋼鉄製の棘を突き付けた。無詠唱で放つ"アイアンスパイク"、ヘキサグラムのヴェントゥスとルーメンを仕留めた地属性攻撃魔法だ。前世の僕が得意としていた攻撃魔法でもある。
「……え、うそ、詠唱なんていつの間に……」
「隙を見せましたね、エリーゼ殿。もし僕が敵だったら、今の一撃で終わっていましたよ」
「………」
『また明日に』、その一言を言った瞬間、エリーゼ殿の注意が一瞬途切れたように感じた。おそらく今日は申し込みだけして、明日以降にちゃんとした場で決闘をするつもりだったのだろう。
もちろん、エリーゼ殿も魔法決闘が成立していることは分かっていたはずなので、決闘を申し込んだ後はちゃんと僕の挙動を警戒していた。不意打ちを食らえばそのまま負けてしまうので、エリーゼ殿なりにしっかりケアしていたみたいけど……さすがに、無詠唱魔法を察知できるほどではなかったみたいだね。
「……私の、負けです」
ここで、エリーゼ殿が負けを認めた。
道端で唐突に始まった魔法決闘は、僕の勝利であっさりと幕を閉じた。
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