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1−3:ソリス男爵家私兵団


 ティアナの手を優しく引きつつ、屋敷を出て中庭の方へと歩いていく。練兵場は中庭を挟んで向こう側にあり、そこで私兵団員たちが訓練をしているはずだ。


――ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


 ゼルマとフランクを探しつつ歩いていると、練兵場の方から鋭い風切音が聞こえてきた。ほぼ一定の間隔を空けながら、途切れることなく何度も聞こえてくるけど……これは、もしかして?


「この音は、槍を突いた時の風切音かな?」

「行ってみましょう、エリオス様」


 中庭と練兵場の間は、僕の背より高い石壁で区切られている。それを大きく迂回して、専用に作られた入り口から練兵場の中を覗いてみると……。


「いました、ゼルマですね」

「ふぅぅぅぅぅ……」


 長さ2メートル程の鉄製の槍を水平に構え、目を閉じて大きく息を吐く女性――ゼルマがいた。どうやら鍛錬の真っ最中だったようだ。練兵場には他にも何人か私兵団員の姿があり、皆思い思いの武器を持って素振りしている。

 朝から精が出るなと感心するけど、肝心のフランクの姿がどこにも見当たらない。とても目立つ風貌をしてるから、見ればすぐ分かると思ったんだけど……。

 この時間に練兵場に居ないとなると、今日はフランクが食事の準備をしているのかな? 私兵団員の食事は団員の持ち回りで準備しているし、もう少ししたら私兵団員の皆も朝食の時間になるからね。


「……素振り中みたいだな、少しそっとしておこうか」

「はい、そうですね」


 赤い髪を短く刈り込んだゼルマは、褐色の肌に珠のような汗を浮かべている。素振りを始めてから、どうやらそれなりに時間が経っているようだ。

 ゼルマの鍛錬を邪魔するのも忍びないので、声をかけずに少し様子を見ることにした。朝食の時間も近いし、もう少ししたらゼルマも小休止を入れるだろう。


「……はぁっ!」

――ビュッ!


 目を大きく見開いたゼルマが気合一閃、突きを繰り出す。先ほどよりも鋭い風切音が、僕たちの所までしっかりと聞こえてきた。



 ◇



 右手で槍をクルリと回し、空いた左手でゼルマが汗を拭う。朝の鍛錬はどうやら一段落したようだ。


「ふう……あ、エリオス様! 10歳の誕生日おめでとうございまっす!」


 そうしてから、ゼルマが僕の存在に気が付いたのだろう。こちらに向けて小走りで駆け寄ってきたけど、素振りをこなした後なのにすごい体力だな。

 まあ、それもそのはず。ゼルマは実はクォータードワーフ(剛人)なのだ。僕らヒューマ(人間)と比べると腕力と体力に優れており、代わりに魔力量はとても少ない。総じて身体能力が高いのが、ドワーフという種族の特長なのだ。


「はは、ありがとう、ゼルマ。僕も10歳になったし、父上から許可も貰えたからさ。これでようやく、ダンジョンに潜ることができるよ」

「おおっ、エリオス様も遂にダンジョンデビューっすか! でも、わざわざ私にそれを伝えに来られたということは……」

「そう。ゼルマにも、僕と一緒にダンジョンを探索して欲しいんだ。歳も近いからさ、ぜひお願いしたいんだけど」

「いいですねいいですね! 私からも、ぜひお願いしまっす!」


 ゼルマは快く了承してくれた。よし、次はフランクだな。


「エリオス坊ちゃん、そりゃズルいですよ〜」

「俺らも連れてってくださいよ〜」


 ここで、練兵場にいた他の私兵団員の面々が僕に絡んできた。間延びした口調かつニヤニヤとした表情をしているので、冗談で言ってるのは分かるんだけどね……。


「いやいや、みんな休みは毎日ダンジョンに行ってるんでしょ? 副業と鍛錬を兼ねてさ、こっちは知ってるんだからね?」

「あ、バレてました?」

「当然だよ。後ろ姿を見送るばかりで、ずっと悔しかったんだから。

 ……でも、今日からは違うぞ? 第20階層までしか行けないけど、僕も探索者の仲間入りだからね?」


 法で定められた年齢制限は、絶対に守る必要がある。貴族の息子として、家名に泥を塗るような行動は厳に慎むべきだからね。


 ……それでも、僕は早くダンジョンに潜りたかった。少しでも早くレベルを上げて、少しでも早く強くなるために。

 だから10歳になった時に備えて、僕は必死になって知識を蓄えたんだ。少しでも安全に、かつ効率良くダンジョンに潜るためにね。おかげで探索者になることを父上に認めてもらえたのだから、僕の努力も無駄じゃなかったのだろう。


――ズンッ、ズンッ、ズンッ

「……お、エリオス様。おはよう、ございます」


 地面を強く踏みしめる音に続けて、低く野太い声が後ろから聞こえてきた。この独特な喋り方は、間違い無くフランクのものだ。


「おはよう、フランク」

「…… (ペコッ)」


 振り返って見てみると、そこに立っていたのはやはりフランクだった。両手で大鍋を持っており、中にはホカホカのシチューがたっぷり入っている。

 ……これだけで50キログラムはあるはずだが、それなりの距離を運んだにも関わらずフランクは汗1つかいていない。さらに鍋は全金属製で相当熱いはずなのだが、フランクは平然と素手で持っている。

 前も気になって聞いてみたら『……熱さには、強いので』という返事が返ってきてびっくりしたっけ。確かに手に火傷の跡は無かったし、痛そうなそぶりも今まで見せたことは無い。どうやら、フランクはそういう体質の持ち主らしいのだ。


「お〜、フランクありがとっす! テーブルは用意済っすよ、ささ、こっちこっち!」

「……了解」


 ゼルマに先導されて、壁沿いに並ぶテーブルへフランクが大鍋を運んでいく。

 2人は年齢が近いからなのか、ああやって一緒にいることが多い。更に言えばいつも楽しげで、だいぶ相性は良さそうに見える。


 まあ、互いに気があるのかは見てても全く分からないのだけど。ゼルマはその辺疎そうだし、フランクはフランクで寡黙かつ表情の変化が少ないから、感情の機微がとても読み取りにくい。私兵団内での恋愛は特に禁止されていないけど、あの2人の仲は果たして進展していくのだろうか……?


「おっ、今日はシチューとパンですか〜」

「朝から豪勢ですなぁ、しかもフランク君作なら安心して食べられるよ」

「……ありがとう、ございます」


 シチューの良い匂いにつられたのか、私兵団員がゾロゾロとテーブルに集まってくる。今日非番の連中はここには来ていないが……大体、50人くらいは集まっただろうか? 私兵団全体では80人を超えるので、領地無しの男爵家が抱えるものとしてはかなりの規模だろう。


「……あ、そうっす! エリオス様、みんなと一緒に食べるっすよ!」

「え? いや、僕はさっき食べたばかりで……」

「……たくさん食べないと、大きくなれませんよ?」

「うぐっ!?」


 それをフランクに言われると、何も言い返せなくなってしまう。

 フランクは16歳で身長2メートル超、体重120キロはあり、しかも全身が重厚な筋肉で覆われているのだ。もはや生き物としての格が違うんじゃないかと思うくらいに強靭な肉体を持っている。

 対して僕は、身長137センチ、体重は32キロ。アルカディア王国の10歳男子平均は上回っているが、特に恵まれた体格を持っているわけではない。しかも体質なのか、鍛錬を重ねても思うように筋肉が付かないのだ。


 まあ、だから前世の記憶が甦る前の僕は、ものすごく焦ってたんだけどね。このままでは一流の騎士になれない、もっと厳しい鍛錬を積まなければ……という考えに支配されて、今思えば過度な鍛錬を自分に課していた。もう少し覚醒が遅ければ、今頃僕は心も体も損ねていたかもしれない。

 今は"魔法"という道があることが分かったから、無理に鍛錬をする必要も無くなった。怪我をしない程度に武術の鍛錬は継続していくが、今後は魔法の訓練も並行して行っていきたいと考えている。




 ……まあ、そういうわけで。今ここで、時間を食うわけにはいかない。


「……いやぁ、申し訳ないけど僕はお先に失れ「「「「まあまあそう言わずに」」」」ってちょっとぉ!?」


 戦略的撤退に失敗してしまい、私兵団員たちに取り囲まれて席へと引きずられていく。僕、わりと本気でもうお腹いっぱいなんだけど!?


「では、本日は私、ゼルマが乾杯の音頭をとらせて頂きます!」

「乾杯じゃねえっての〜!」

「酒じゃねえぞ〜!」

「気が早いんじゃねえかゼルマ〜!?」

「そういうのは夜にとっとけよ〜!」


 全員が席に着くと、やいのやいのと私兵団員たちが(はや)し立てる。品性の欠片もあったものではないが、皆とても楽しそうだ。


 ……前世の僕は、こういう雰囲気が大嫌いだったみたいだけどさ。今世の僕は、こういうノリがわりと好きなんだよなぁ。

 前世の記憶があったとしても、前世の僕と全く同じ生き方をする必要は無い。僕は僕らしく、前世を糧に生きていけばいい。


「エリオス様も、グラス持ってくださいよ!」

「あ、ああ……って、本当にお酒じゃないよな、これ?」


 隣に座った私兵団員から、透明な液体が入ったグラスを受け取る。すぐに匂いを嗅いでみたが、特にお酒のような香りはしなかった。


 王国法では、ドワーフの血を引く者以外は20歳まで飲酒することを禁止されている。僕も当然NGで、身分の貴賤は関係なく適用される。

 ちなみに、ゼルマは15歳だがドワーフの血を引いているのでOKだ。ドワーフは10歳でも5歳でも、なんなら0歳でも酒を飲む種族だから法律で禁止できない……いや、してはいけないのだ。

 ドワーフたちの、酒にかける情熱を甘く見てはいけない。かつて一律に飲酒年齢制限を設けようとしたとき、アルカディア王国に住む全てのドワーフが参加しての大暴動に発展したことがあったらしい。それ以来、酒に関連する規制からドワーフを除外するのは暗黙の了解となっている。


「グラスは揃ったか!? では、カンパ〜イ!!」

「「「「カンパ〜イ!!」」」」


 ゼルマの掛け声に合わせて、私兵団員たちの野太い声による重低音の交響曲が辺りに響き渡る。

 ……うぐぐ、これは長くなりそうだ。残念ながら、父上はここ(練兵場)からお見送りすることになりそうだな……。


(2025.8.5)改稿済


◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇


 なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。


 皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。

 ☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。

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