幕間4:ヴィルヘルム帝国工作員・テネブラエ
「………」
月の光なき闇夜の下、祖国へ戻る道を私は無言で駆け抜けていく。闇魔法の使い手でもある私なら、光無き場所でも夜目を利かせることは可能だ。
……しばらく逃げていたのだが、どうやら追手は居なさそうだ。私が闇夜に紛れて逃げに徹すれば、追いすがれる者は祖国にも居ないのだから当然だと言えるが……それでも、今回は大事を取って早めに撤退することにしたのだ。
「………」
私はテネブラエ、ヴィルヘルム帝国軍特殊工作部隊・ヘキサグラムの一員だ。ヘキサグラムは構成する6人全員が魔法士であり、6大属性のいずれを得意属性にしているかによってコードネームが割り振られている。私は闇属性が得意なので、テネブラエというわけだ。
だが、敵国の中心地たるアルカディアスにおける任務に3名のヘキサグラム……私とウェントゥス、そしてルーメンの3名が任じられ、アルカディアスへの潜入には成功したものの……得た成果としては、失われた人員と比して散々なものであった。
思えば、我々は初動から完全につまずいていた。我が闇魔法で敵国民を洗脳し、通り魔事件を起こさせたはいいもののいずれも怪我を負うに留まり……更には、要注意人物の1人であった王国魔法士団副団長・バルリング卿がなぜか夜の王都を歩いており、洗脳した敵国民を捕縛されてしまったのだ。そこから我々の存在が露呈してしまい、一気に動きにくくなってしまった。
そこで、一旦退いて態勢を立て直せば良かったのだが……残念ながら、功を上げずに退くという考えはその時の我々には無かった。アルカディアスにはダンジョンがあり、そこへ潜る探索者を狙えば大きな功を上げられるだろうと考えてしまったのだ。
それが、最大の過ちだった。
その探索者パーティは、4人全員が若かった。これから名を上げていこうという、未来への希望に満ち溢れた今は未熟な存在……我々にはそう見えてしまったのだ。
敵の騎士4人を簡単に討ててしまったのも、今思えば良くなかったのかもしれない。周りに誰も居ないことを確認してから、私が後詰めで待機し、ウェントゥスとルーメンが主体となってその4人へと襲い掛かり……。
結果はウェントゥスとルーメンが返り討ちに遭い、しかも魔法陣を隠滅する間も無いほどの一撃を叩き込まれたのだ。遠目で見ていた私には、その原因がよく見えた。
……無詠唱魔法。
4人の中で一番幼く、おそらくはまだ10歳であろう子供……服の仕立てから貴族の子だろうと思われたそれが、何の前触れもなく魔法を放ったのだ。
原則として、魔法には詠唱が必要だ。ただし魔法名を言うだけの単純なものであり、上手い魔法士はまるで腹話術のように口の形を固定して詠唱したり、口元を隠したりする。相手に使う魔法を悟られないための技術、というわけだ。
それでも、多少は声を出す必要がある。魔法名には力が宿り、魔法陣を起動させるために必要なものなのだから。
「だが、やつはいきなり魔法を撃ってきた……」
詠唱も何も一切なく、突如として石礫が放たれたり、地面から鉄のトゲが生えてきたりした。その不意を突かれて、ルーメンとウェントゥスはあっさりと倒されてしまった。
……相手が子供だと見て、油断があったことは否めないだろう。しかし、それを差し引いても普通に勝てるはずだったのだ。
我らヘキサグラムは、全員がレベル60以上を誇る一流魔法士のみで構成されているのだから。ウェントゥスはレベル62、ルーメンもレベル65はあり、惰弱なアルカディア王国騎士風情が100や200来ようとも返り討ちにする自信があった。
……だが一方で、あの子供に2人が倒されたこともまた、事実だ。ルーメンは得意とする"インビジブル"を使い、完全に姿を消していたにも関わらず攻撃を食らっていたし……ウェントゥスに至っては背後から完璧なタイミングで急襲したにも関わらず、無詠唱魔法のカウンターを食らい瀕死の重傷を負っていた。
あの子供はヤバい。理由は分からないが、私はそう感じた。下手にこちらが手を出せば、私もタダでは済まないと。
だからこそ、私は一目散にアルカディアスを後にし、なりふり構わず帰国の途に付いているのだ。大して成果を上げられず、更に貴重な人員2人を失い、挙句の果てに魔法陣漏洩という最悪の結果を招いてしまっている状況だが……私が斃れれば、この情報を持ち帰る者がいなくなってしまう。
だからこそ、私は必ずや生きて情報を持ち帰り、皇帝陛下へ報告しなければならない。その後、私は任務失敗の責任を負って処分されるであろうが……それは甘んじて受けよう。
相手を子供だからと侮ってかかり、挙句返り討ちに遭うなど工作員失格だと言われても仕方ないのだから。
「………」
夜闇に紛れ、全速力で駆け抜けていく。今、アルカディア王国から解放した地では反乱やゲリラが多発していると聞くが……早めに鎮静化させ、アルカディア王国に手痛い一撃を食らわせなければならない。
もたもたしていれば、あの子供が軍人となってこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう……しかも、今より更に強くなって。その恐ろしい未来が、私のような失格者にも見えてしまうのだ。
栄光あるヴィルヘルム帝国の、輝かしい未来のために。私のような失格者の言葉に、どれほど耳を傾けてもらえるかは分からないが……私なりに、精一杯の危機感をもって伝えようと思う。
これにて、第1章は終了となります。
引き続き、第2章もよろしくお願いいたします。
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