1−40:叙勲式
「エリオスよ、準備は良いか?」
「はい、父上」
叙勲式に参加するため、僕は父上と2人で馬車へと乗り込む。叙勲の際は華やかな貴族服を身に着けることがマナーなので、着慣れないピカピカな貴族服を着用しての登城だ。
ちなみに、父上はいつもの軍服に帯剣姿で馬車に乗り込んでいる。今日は休養日なのだけど、父上は軍属なので出仕する義務があるわけだ。
……馬車が静かに動き出す。窓の外を覗いてみると、休養日ながらソリス私兵団員が練兵場で訓練している姿が見えた。どうやらゼルマとフランクもいるようだ。
「緊張しているか?」
「はい、正直なところ緊張しています。しかし、作法と口上は納得がいくまで練習しましたので、おそらく大丈夫だと思います」
「そうか、さすがはエリオスだな。まあ、エリオスは未成年だから多少間違えてもお目溢しして頂けるとは思うがな。昨日の今日での叙勲式であるし、よほどの失態を演じなければ大丈夫だろう」
「はい」
道すがら、馬車の中で父上と会話を交わす。
……叙勲式は国王陛下ともお会いする正式な式典なので、様々な作法や口上がある。昨日十分に練習はしたけど、うまくできるか実はちょっとだけ不安だったりする。
これがちょっとで済んでいるのは、前世の記憶があるからだ。
貴族同士の付き合いを煩わしいと思ってはいても、前世の僕は貴族的作法をほぼ完璧に覚えていた。所属していた国の名前や自分の貴族名すら忘却の彼方に追いやったというのに、それだけはきちんと覚えていたのだ。
ちなみに理由は、魔法の研究に必要だったかららしい。研究予算を取ってきたりするのに必要不可欠だったから、仕方なく覚えて……そのまま、体が自然と動くようになったのかもしれないね。
さすがに国が違うので、貴族的作法も全く同じではないと思うけど……この手の作法は、国や時代が違えどそう大きくは変わらない。加えて僕は未成年の男爵子息でしかないのだから、これでも十分だ。
「到着いたしました、ルーカス様」
「うむ」
馬車を下りる父上に付いて、僕も馬車を下りる。そうして、そっと上を見上げた。
……目の前には、白亜の王城がそびえ立っている。王都アルカディアスの象徴であり、国王陛下が住まわれる場所……僕のような下位貴族の三男坊では、人生で何回来られるか分からないような場所だ。これからここで国王陛下にお会いし、僕は勲章を賜るのだ。
「ふむ、そろそろここに迎えの者が来るはずだが……む?」
父上がそう言うのと同時に、王城の正門から騎士の格好をした男性が歩いてくる。聖騎士団や王都守護騎士団のそれとは鎧の装飾がやや異なり、より華美さが強調された意匠をしている。
つまり、あの男性は近衛騎士団の人だ。近衛騎士団は伯爵家以上の家柄でなければ入団できないので、あの人も上位貴族家出身であるのは間違い無い。
「ソリス男爵様と、エリオス・ソリス殿ですね? 私は本日、エリオス殿の先導を務めさせて頂きます、近衛騎士団のマルクス・フォン・アルドナーと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
とても洗練された所作で、マルクス様が挨拶する。
アルドナー……軍事系貴族家の中でも、特に近衛騎士団へ多くの子弟を送り込んでいる名門中の名門アルドナー侯爵家、その四男の方か。しかも、普通は貴族家当主しか名乗れないフォンを名乗っているということは、マルクス様の母親は伯爵家以上の出身の方だな。
近衛騎士団員となるためには、身分や戦闘能力の他に貴族的作法や見目麗しさも必要になる。マルクス様はその点、男の僕から見ても大変整った顔立ちをしており、所作も完璧だ。
では、騎士としての実力はどうかと言うと……僕が見る限りでは、立ち居振る舞いにほとんど隙が見当たらない。さすがに父上には及ばないが、僕なんかよりも圧倒的に上であるのは間違い無い。
「ソリス男爵家三男、エリオス・ソリスと申します。名門アルドナー侯爵家の方に先導して頂けるとは、大変光栄に存じます。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
「ほぅ……」
「……マルクス様、どうなさいましたか?」
「いえ、何でもありません」
なにやら、感心したような目でマルクス様が僕のことを見ている。僕としては、普通に挨拶しただけのつもりなんだけど……何か、目に留まるようなことがあったのかな?
「それでは、ソリス男爵様。ご子息をお預かりいたします」
「マルクス殿よ、よろしく頼む」
さすがに侯爵家のご子息といえど、聖騎士団副団長兼男爵家当主である父上の方が立場的には上にあたる。これが単なる男爵家当主なら、マルクス様の方が僅かに上になるんだけどね。この辺の微妙なバランス感覚が必要なところが、貴族身分制の難しいところだ……。
「それではエリオス殿、こちらへ」
「ありがとうございます」
マルクス様の先導で、王城の中へと入っていく。正門は顔パスで通り抜け、王城内の廊下を進んでいく。
この際、あまり周囲を見るのは品格の無い行動と見なされる……というより叛意を疑われかねないので、決してよそ見せずにひたすらマルクス様の背中を見ながら進んでいった。
やがて、大変華美な装飾が施された扉の前に到着する。この先に、やんごとなき御方がおわすであろうことが一目で分かるような、そんな雰囲気を放つ扉だ。その扉には、アルカディア王国の守護神たるフィスタ様とニーシュ様の御姿が描かれていた。
――コン、コン、コン
「ソリス男爵子息、参上いたしました」
「………」
マルクス様が扉を3回ノックするのと同時に、僕はやや顔を伏せる。許可が無いのに国王陛下のご尊顔を拝見することは、貴族的作法に則ればアウトとなるからだ。
……まあ、ほぼ確実に国王陛下は後から部屋に入ってこられるので、念のための行動ではあるのだけど。その場に居ない人の顔なんて、【千里眼】のスキルでもない限り覗き見ることはできないのだから。
「……ソリス男爵子息、エリオスよ。謁見の間に入られよ」
厳かな声で入室許可が出る。それと同時に扉が少しだけ開き、マルクス様がスッと横に移動した。そちらに小さくお辞儀をしてから、扉の合間を通ってゆっくりと部屋の中へ入っていく。
……多数の視線を感じるけど、顔は伏せたまま前へと進んでいく。そして、少し先にある二重丸のような黒色のマークがある所で顔を伏せたまま、そっと跪いた。
「国王陛下の御成りである!」
入室許可を出したのと同じ、威厳の籠もったよく通る声が謁見の間に響き渡る。その後、服が擦れるような音が前の方から聞こえてきた。国王陛下が謁見の間に入られ、玉座にお掛けになられたのだろう。
「……面を上げよ」
その声を聞いてから、ゆっくりと顔を上げる。この時に横を向いたり、ましてや立ち上がったりなどしてはいけない。許可を得ていないのにそれを行うのは、マナーにもとる行動と見なされるからだ。
加えて、国王陛下の顔を見ないようにもする。これは顔を上げるよう指示は出されたけど、国王陛下のご尊顔を拝見する許可は得ていないからだ。面倒だとは思うけど、ここで間違えれば父上の顔にも泥を塗ってしまうのだから、しっかりとやっておく。
「……ほう、これはこれは。ヴィルヘルム帝国の精鋭工作員を排する強豪だとは聞いていたが、まさか子供であるとはな」
まだ若々しい、それでいて覇気のようなものが籠もった声が頭上から聞こえてくる。玉座が数段高い所に設えられているからか、僕の目線からは国王陛下の足元だけが見える。
「奏上を許可する。ソリス男爵子息エリオスよ、陛下にお答えせよ」
「はっ、かしこまりました」
奏上の許可を得たので、体勢そのままに陛下の質問へと答えていく。
「ソリス男爵家当主、ルーカスが子息、エリオスと申します。シュトラウス5世陛下におかれましては、拝謁の誉れに預かり大変光栄に存じます。
陛下のお膝元、王都アルカディアスを脅かす不逞の徒は魔法にて駆逐いたしました。不逞の徒は、私が子供であることから油断していたのでしょう。僅かな隙を突いて駆逐することができました」
これで、様々な方面に配慮しながら口上を述べることができた。特に今回は王都守護騎士4名が亡くなっているので、あまり僕が功績を誇るのはよろしくないのだ。
「……ほほう、所作も口上も完璧だな」
どこか感心したような声が、僕の真正面から聞こえてくる。おそらくは国王陛下の声だと思うが、ひとまずは良い印象を与えることに成功したようだ。
「ベーレント宰相よ、フィスタ神とニーシュ神の思し召しだ。速やかに準備せよ」
「はっ、かしこまりました」
……? このやり取りはなんだろう? 作法の教本は熟読したつもりだけど、このようなやり取りは記載に無かったはずだ。
疑問に思っても、体勢は決して変えないようにする。
……しばらく待っていると、正面から国王陛下が近付いてくる。そうして僕の前に立つと、なんと陛下の方から僕に直接顔を合わせてきた。
僕もご尊顔を拝見するのは初めてだけど、若きシュトラウス5世陛下はまさに美丈夫といった様相の方だった。それでいて雄々しさも兼ね備えた、声と同じく力に満ちた御姿であった。
「………」
心底驚いたけど、陛下のなさることに余計な口出しをしてはならないし、拒否するなどもってのほかだ。じっと目を逸らさず、ただひたすら前を向き続ける。
「……ほう、驚いてはいるようだが、それをおくびにも出さぬか。くくく……」
陛下はとても楽しそうだ。笑みを浮かべておられるけど、どこかいたずらっぽいような印象も受ける笑みだ。
「単剣銅翼章を与える予定であったが、余の気が変わった。エリオス・ソリスの今後の活躍に期待し、格を上げて単剣銀翼章を授けよう。受け取ってくれるな?」
「シュトラウス5世陛下の御心のままに」
陛下から頂くお声掛けの文言も変わっていたけど、返答の言葉は変わらない。返答と同時に顔を下げるのも同じだ。
……ただ、頂ける勲章がなぜか単剣銀翼章にランクアップしていた。え、どういうことだ?
やや混乱しているうちに、おそらくは内務官であろう方が僕の服の左胸辺りに単剣銀翼章を付けていった。大きな一対の翼の前に、1本の長剣が刃先を下にして中央に配された意匠の勲章……曇りなきそれが銀色に光っていた。
こうして、異例尽くしの叙勲式は終わりを迎える。単剣銀翼章……たかが二流工作員2人を倒しただけで、まさかここまで評価して頂けるとは。
ならば、この単剣銀翼章に誓って僕はさらなる成長を果たし、もって王国へ貢献しようと思う。
それは、僕の最大目標……すなわち、ティアナの故郷をヴィルヘルム帝国の魔の手から取り戻すことと、何ら矛盾しないのだから。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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