1−35:王国魔法士団副団長
「セバスか」
「おお、エリオス様。お待ちしておりました」
父上の執務室前に着くと、ブリーゲルが出迎えてくれた。彼が扉の前に立っていたということは……。
「フォルクハルト士爵様が中におられるのだな?」
「はい、その通りでございます。やはりお気付きでしたか、フォルクハルト様も気付いているだろうとおっしゃっていましたが」
「まあね」
あんな分かりやすい招待状を貰えば、そりゃ気付きもするさ。
……さて、中に入る前にこれだけは確認しておこう。
「ティアナも連れて行くが、それは構わないな?」
「はい、フォルクハルト士爵様も承知されております。
……ティアナよ、先方に失礼の無いようにな」
「はい、ブリーゲル様」
話は通っているようなので、そのまま執務室の中に入ることにした。
……3回ノックをしてから、ゆっくりと扉を開ける。
「エリオス・ソリス、ティアナ、共に参じました」
「失礼いたします」
ティアナも入ったことを確認して、そっと扉を閉める。
「ふむ、来たかエリオス、ティアナ」
「………」
執務室の来客スペースには、ソファに座る父上と……向かい合うように、もう1人の男性が座っていた。
年の頃は、大体50歳くらいだろうか。穏やかそうな顔には相応に皺が刻まれ、黒髪には所々白髪が混ざっている。かなり苦労を重ねたであろうことが見て取れるが、この方が王国魔法士団副団長、フォルクハルト士爵様か。
……【魔眼】でフォルクハルト様の魔力の色を見ようとしたのだけど、魔力そのものが全く見えない。さっきの魔力波も無色透明だったし、どうやら副団長様は魔力の隠蔽技術に非常に長けている人物のようだ。戦いの場で対峙することを考えると、実力が推し量れないので一番厄介なタイプの魔法士でもある。
さて、まずは挨拶からだな。
「お初にお目にかかります、フォルクハルト士爵様。私はソリス男爵家が三男、エリオス・ソリスと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします
こちらはティアナ、私の専属メイドです」
「これはご丁寧に、どうもありがとう、エリオス殿、ティアナ殿。私はバルリング・フォン・フォルクハルト、アルカディア王国魔法士団副団長を務め、アルカディア国王より士爵位を拝領した者です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
見た目通りの穏やかな声で、フォルクハルト様はそう自己紹介してくれた。
……軍人とは思えないほど、とても物腰の柔らかい方だ。フォルクハルト様ほどの立場であれば、僕ごときに敬意を払う必要は無いのだけどね。
「まったく、普段のお前は腰が低すぎる。エリオスが困惑しているぞ?」
「いやぁ、すみませんね。今も根っこは小市民なものですから、つい……」
「………」
父上は、今確かに『普段のお前は』と言っていた。
……つまり、仕事中は性格が変わるということか。まあ、魔法士のトップエリートが集う王国魔法士団、その副団長様が気弱な性格をしてるとは思えないからね。それこそ、魔法が絡む時なんかは――
「――ときに、エリオス殿」
「――!」
急に、フォルクハルト様の纏う雰囲気が変わる。表情は相変わらず穏やかだけど、なんというか目の奥が真剣な感じだ。
オズバルド本部長とは違う質の、歴戦の魔法士が纏う威圧感……なるほど、さすがは副団長様だ。
「聞けば、貴方はオリジナルの魔法を扱えるとか」
「はい、そうです。ただ私自身のものではなく、とある老魔法士の人生を夢の中で追体験した際に、彼の研究成果を引き継いだようなものですが」
「なるほど、フィスタ様とニーシュ様の気まぐれ、ですか……」
腕を組み、何かを思案するフォルクハルト様。
そうしてしばらく、小さく頷くとフォルクハルト様はまた口を開いた。
「私にも、ぜひその魔法を見せて頂きたいのですが」
「はい、分かりました」
フォルクハルト様の得意属性は、確か水と風だったはず。僕の魔法を見せたとしても、属性が違うのでさほど意味は無いだろう。
しかし、貴族としても魔法士としても格上の人物に請われたのであれば、僕としては手を抜くつもりは無い。
「"マニュファクチャー・アイアンゴーレム"」
僕の手持ちの中で最強のゴーレムである、アイアンゴーレムを召喚する。
……これで魔力全快であれば、アイアンゴーレムを6体ほど出すことができる。だけど今の僕は訓練直後で魔力が減っており、2体を出すのがやっとの状態だ。
だからこそ、なけなしの魔力を振り絞って鋼鉄製のゴーレムを2体召喚する。危ないので武器は持たせず、丸腰の状態に設定した。
――ヒュッ!
――ガガガガガガッ!
空中に大量のパーツを浮かべ、一気に組み上げていく。その様子を、フォルクハルト様は興味深そうに見つめている。
……そうして十数秒後、部屋に2体のアイアンゴーレムが召喚された。
「ほう、これは……」
フォルクハルト士爵様がソファから立ち上がり、アイアンゴーレムに近付いていく。そうして近くに立つと、そっと触れながらなにやら興味津々に調べ始めた。
……そういえば、このアイアンゴーレムはどれくらいの強さがあるんだろうか? ロックゴーレムはおそらくEランク上位、20レベル戦士くらいの強さがあり……ブロンズゴーレムはDランク上位、35レベル戦士くらいの強さがある。そうなるとアイアンゴーレムはCランク上位、レベル換算で55くらいの強さがあるのではないだろうか。
「……これは、動かせるのですか?」
「はい、可能です」
――ガシャガシャ!
フォルクハルト様が触れていない、もう片方のアイアンゴーレムを操作してその場で肩を回したり、聖騎士団式敬礼をさせたりする。
さすがにブロンズゴーレムよりも操作負荷が重いけど、1体なら余裕で操作できた。
「……なるほど、これは実に興味深い魔法です。しかし、触れた感じではゴーレム内部の魔力の流れにかなり無駄があるようで、それが魔力効率の低下を招いているようです。魔法としてはほとんど洗練されていないのではありませんか?」
おっと、やはり分かってしまうか。さすがは王国魔法士団のトップクラス、属性違いであっても造詣が深いな。
「あ、やはりお気付きになられましたか。この魔法は老魔法士が亡くなる少し前に生み出されたものらしく、最適化がほとんど行われていないようなのです。毎日作業を進めてはいますが、まだまだ先は長いですね」
「ふむ、なるほどね……ちなみに、その魔法陣は見せてもらえるのかな?」
「うーん……」
フォルクハルト士爵様の言葉に、少しだけ考え込む。
魔法陣は魔法の設計書、その構成を知られるということは、その魔法を知られることと同義だからだ。集めた魔力にどのような方向性を持たせ、どのような性質を付与し、どのように収束させて発動するか……という流れが全て魔法陣に書かれているのだ。
そして、もし魔法陣の全容を他者に知られてしまったら……模倣で済むならまだ良い方で、最悪は対抗策を立てられて魔法を無効化されてしまうかもしれない。魔法には発動を阻害する"マジックキャンセル"という技術があり、魔法陣の構成を知られているとマジックキャンセルされてしまう危険性が飛躍的に高まるのだ。
……もっとも、オリジナル性がある魔法陣の暴露は王国法で厳しく罰せられてしまうんだけどね。フォルクハルト士爵様ほどの地位にある人からすれば、仮に魔法陣の構成を知ったとてそれを言いふらすのはあまりにリスキーな行動だろう。相手が友人の息子ともなればなおさらだろう。
なにより、フォルクハルト様は父上の友人だ。信頼できる人と見て間違いない。
「……分かりました、紙はありますかね? そこに書こうと思うのですが」
「うん? エリオス殿は、魔法陣を描いた触媒か何かを携帯していないのですか?」
「はい、落としてしまう可能性がありますので。魔法陣は体の中に、毎回魔力で描いています」
「……それで、あの発動速度を?」
「はい」
僕の言葉を聞くと、再びフォルクハルト様は考え込んでしまう。
……何かまずかったのだろうか。前世の僕は毎回その方法で魔法を行使していたから、僕も普通にそうしていたんだけど……。
腕を組んで考え込んだまま、フォルクハルト様は元のソファへと戻っていく。
「……ルーカス殿、ちょっと相談よろしいですか?」
「む、なんだ?」
そうしてしばらく、じっと考え込んだ後……。
「エリオス殿を、今すぐ王国魔法士団に入団させませんか?」
「……え?」
とんでもないお誘いが、フォルクハルト様からきた。
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