1−2:片鱗
「おはようございます、父上、母上」
「うむ、おはよう、エリオス」
「おはよう、エリオス」
僕が食堂に到着すると、父上と母上が既に席へと着いていたので一礼をする。時間に余裕をもって来たつもりだが、どうやら僕が最後だったみたいだ。
なお、兄上2人は今日は王宮の方へ詰めていて、ここには居ない。本来は5人で囲う食卓を3人で囲っているからか、テーブルがすごく広く感じるな……。
「………」
僕を食堂案内役のメイドに引き継ぐと、ティアナはそっと壁際に立った。三男坊とはいえ、一応は貴族である僕とティアナは同じ食卓を囲むことができないので、しばらくそこで待機となる。面倒だが、これも貴族社会ゆえの"しきたり"というやつだ。
……ティアナは完全に割り切れているようだが、僕は正直割り切れないでいる。
前世の記憶を辿っていくと、どうやらドグラスも似たようなことを考えていたようだ。彼は侯爵家出身で、僕なんかよりも遥かに高い身分の人だったのだが……貴族社会のしきたりに馴染めない人は、どのような立場であっても一定数いるようだな。
「珍しいな、エリオスよ。朝の鍛錬に姿を現さぬとは。10歳の誕生日ゆえ、楽しみで眠れなかったか?」
メイドの案内に従っていつもの席に座ると、父ルーカスが話しかけてきた。
配膳開始後の会話はマナー的にアウトなのだが、今なら会話を交わしてもマナー違反には当たらない。食事前に会話を済ませることはよくあるので、父上の方を向いて話を聞く体勢をとった。
……しかし、会話1つ交わすのにもマナーが必要だとはね。貴族というのは特権階級ゆえ、生きていくうえでその肩書きが便利に感じることも多いのだが……反面、こういう時にとても息苦しく感じる。この辺のデメリットを、前世の僕はひどく嫌ったんだろうな……。
……とまあ、それはともかくとしてだ。父上に会話を振られたのであれば、僕はそれに応えなければならない。
「申し訳ございません、父上。寝る前に少し、考えごとをしておりまして」
「考えごとか?」
「はい。父上のおっしゃる通り、今日で10歳の誕生日を迎えましたので……"ダンジョン"とはどのような場所なのか、繰り返しイメージをしておりましたら楽しみで眠れなくなってしまいました」
ダンジョン。おとぎ話においてもその存在が語られており、神話の時代に作られたとされる危険な地下迷宮を指す言葉だ。中には"レムレース"と呼ばれる存在が徘徊しており、ダンジョンを探索する者に襲いかかってくるそうだ。
また、ダンジョン内には罠も仕掛けられている。毒矢やレムレース召喚、睡眠ガスや落とし穴といった危険な罠の存在も確認されており、レムレースの存在と合わせてダンジョンの危険度を大きく跳ね上げる要因となっているそうだ。
しかし同時に、ダンジョンの中では価値あるお宝が見つかるらしい。しかも不思議と枯渇しないので、多くの人たちが一攫千金を狙い、自らの危険を省みずダンジョンに潜っている。そのような人たちは"探索者"と呼ばれており、また彼ら彼女らを束ねる組織である"探索者ギルド"が各国に存在するのだ。
そして、ディオニソス大陸には100とも200とも言われる数のダンジョンが存在するのだが……各ダンジョンの特色が出てくるのは第21階層以降で、それまでは各ダンジョンともほぼ同じ風景と、全く同じ敵の顔ぶれが続くそうだ。
……以上の知識は、全て今世になって本で学んだ内容だ。前世の僕はダンジョンにも全く興味が無く、知識はほとんど持っていなかったのだ。
「ふむ、ダンジョンか。我らが王国でダンジョンに潜ることが許されるのは、10歳からだからな。
……エリオスよ、やはりお前も潜ってみたいのか?」
「はい、興味があります。未だ僕のレベルは6、日々の鍛錬で確実に経験は積んでおりますが、早めに実戦経験も積みたいと考えております」
アルカディア王国では、10歳にならないとダンジョンに潜ることが許されない。これはアルカディア王国法にて定められており、身分の貴賤や種族の違いを問わず、アルカディア王国民全員に適用されている。
また、この世界には"レベル"という概念がある。世界を創造した神様がこの理を作ったとされており、日々の行動によって少しずつ経験値が溜まっていく。それが一定値に達した際に、レベルが上がって強くなるわけだ。
そして、どうも実戦が一番多く経験値を得られるらしい。相手は人でもレムレースでもモンスターでもよく、相手を倒せずとも戦うだけで経験値は溜まっていく。また、相手が強いほど経験値が溜まりやすいようなのだ。
もちろん、人を安易に傷付けたり命を奪ったりするのは、倫理的に褒められた行動ではない。そうなると必然、倒しても倒しても湧いて出てくるレムレースや、人に仇なす凶暴なモンスターを相手取って戦うことになる。そうしてレベルを上げていけば、人は強くなれるわけだ。
もっとも、だからといって基礎鍛錬や勉強を怠っていい理由にはならないけどな。レベルが上がっても技能が身に付くわけではないし、勝手に知識が増えることもない。レベルアップで多少身体能力や魔力量が上がったり、頭の回転が早くなったところで……勉強や鍛錬を積まなければ、新しい知識や技能は得られないのだから。
……ちなみに、ダンジョン内部で遭遇する敵は"レムレース"、ダンジョンの外に生息するものは"モンスター"と呼ばれている。レムレースは倒すとドロップアイテムを残して消えてしまうが、モンスターは倒した後の体がその場に残るという違いがあったりする。
「ふむ、やはりそうか。
……レムレースももちろんだが、ダンジョンには罠も多数仕掛けられている。どれほど実力があろうとも、罠にかかれば直ちに窮地へ陥ることもあると聞くが、エリオスはどう対処するつもりだ?」
……うん? これは、もしかしなくても父上に試されているか? 多分そうなんだろうな。
ここで明確な回答ができなければ、僕は再び勉強と鍛錬漬けの日々を送ることになるだろう。できればそれは避けたいところだ。
ティアナの願いを叶えるのが、その分だけ遅くなってしまうのだから。
「確かに罠は恐ろしいですが、第20階層までは固定位置かつ目視可能とのことです。ゆえに精度の高い地図をギルドにて購入し、罠を避けつつ常に撤退ルートを頭に入れながら探索したいと考えております。
王国法においても、成人するまでは第20階層までの探索のみ許可されていますので、ちょうどよろしいかと」
本で得た知識によれば、ダンジョンの第21階層以降は罠が不可視化されるらしい。そこからがダンジョン探索の本番となるわけだが、第21階層まで行くとレムレースにも手強い相手が揃ってくるので、父上の言う通り不意の罠が窮地を招くこともあるそうだ。
しかしそれは、裏を返せば第20階層までは罠がちゃんと見える、ということでもある。位置も種類も完全固定らしいので、地図を購入して常に撤退経路を意識しつつ進めば、罠によって命を落とすようなことはそうそう起こらないだろう。
……それに、それくらいならいくらでもやりようはある。前世の記憶と知識が甦った今の僕なら、ね。
「ほう……まあ、エリオスの実力なら低階層は問題無いと思うが。そうだな、ゼルマとフランク、あとはティアナも連れて行きなさい」
とりあえず、父上から合格点を貰えたようだ。僕もダンジョンで命を落としたくはないので、探索は慎重に行うつもりだ。
……ただ、父上が並べた名前の中に、1人引っかかる名前があった。
「ティアナも、ですか?」
ゼルマは、ソリス男爵家が独自に抱えている私兵団に団員として所属している女性だ。私兵団員では最年少の15歳であるが、父上がその武才を見込んだだけのことはあり、槍を使わせれば私兵団員でもトップクラスの腕前を持つ。
一方のフランクも、私兵団に所属する団員の1人だ。16歳ながら私兵団員の中では最も逞しい体を持ち、寡黙だが仲間に対してはとても優しい性格の持ち主である。両手持ちの大剣を振り回し、敵を力ずくで吹き飛ばす戦い方を得意としている。
2人の実力は僕もよく知っているので、レムレースと戦うにあたって不安は無い。
……だが、ティアナはどうなのか?
壁際に立つティアナに視線を向けると、彼女は僕に向けてそっと微笑んだ。玉のような白い肌に華奢な体、一見するととても戦闘に耐えられるようには見えないのだが……なるほど、そちらを期待しての人選か?
「ティアナは魔法士ですね? しかも光属性に特化している。それならば、ダンジョンでも十分に通用するでしょう」
癒しの属性として有名な、光属性。ティアナは治癒魔法士としての役割を期待されているのだろう。光属性はバリアも張れるらしいので、レムレースの攻撃から身を守ることもできる。
まあ、本音を言えばティアナを危険な所に連れて行きたくはないのだが……おそらくだが、そういう特別扱いを望まないだろう。以前、ティアナ自身がそう言っていたからな。
ゆえにティアナを連れて行くのであれば、僕が責任をもって彼女を守り抜く。異論は決して認めない。
「………」
僕の言葉に、ティアナは笑みを更に深くしている。どうやら喜んでくれているようだ。
「ほう……?」
一方の父上は顎に指を当てて、どこか難しい顔をしている。一体どうしたというのだろうか……?
「エリオス、なぜティアナが魔法士だと分かった? 今まで私から伝えたことは無かったし、ティアナ自身もエリオスに伝えたことは無いと聞いているが」
「そうですね……ティアナが纏う、白く輝くモヤモヤとしたものが僕の目にはずっと見えておりました。ふと、これは魔力なのではないか、と考えて答えてみたのですが……どうやら正解だったようですね」
前世の僕は、生き物が発する魔力を目視することができたらしい。それを受け継いだのか、生まれつき僕も魔力を見ることができた。
その目でティアナを見た時、白く柔らかな魔力をその身に纏っているのがよく分かった。地属性や闇属性を得意とする僕では決して持ち得ない、光属性の輝く魔力……初めて見た時、とても綺麗だと感じたのをよく覚えている。僕のそれは茶色と黒色が混ざったような色をしているので、美しさで言えばティアナの方が間違い無く上だろうな。
「……なるほど。どうやらエリオスには、武術の他に魔法の才もあるようだ。これから学び修練を積めば、いつかは魔法も使えるようになるだろう」
「はい」
……すみません、父上。前世の知識と記憶が甦ったことで、実は結構な数の魔法が既に使えるのです。前世の僕から受け継いだのか、魔力量もかなりありますし。
それでも、前世の最後の頃と比較すれば3%くらいまで最大魔力量が減っていますので、これから鍛錬が必要なのは間違いありませんが……。
「よし、今日は探索者ギルド・アルカディア王国本部に行ってくるといい。そこの本部長とは知り合いでな、紹介状を渡せば良いように措置してくれるだろう。
エリオスは先に、ゼルマとフランクへ声を掛けておきなさい。その間に準備しておくから、後で私の執務室まで来てくれるか?」
「分かりました。ありがとうございます、父上」
そこまで話すと、タイミングを見計らっていたかのように配膳が始まる。ここからはマナー重視の、静かな朝食が始まるのだ。
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