1−1:未来の大魔法剣士、覚醒す
「……ぅあ?」
……柔らかい何かの上で、ふと眠りから目覚める。
体に乗っているふわふわとしたものを押し退けながら、ゆっくりと体を起こすと……薄ぼんやりと、広めの部屋らしきものが見えた。辺りはまだ闇に閉ざされており、どうやら夜は明けていないようだ。
「………」
……ああ、もしかして寝ぼけているのか、僕は。今見ていた夢――ドグラスという名の老人の人生を追体験するかのような夢が、夢と片付けるにはあまりにも明晰で、夢と現との境界が曖昧で……。
(ドグラス……前世の、自分?)
前世の自分。その言葉が、ふと頭をよぎるのと同時に……あまりにも多くの知識と記憶が、僕の脳内へと一気になだれ込んできた。
前世の僕――ドグラスは、かなり上位に位置する貴族家の生まれだった。家名と国名はすっかり忘れてしまったようだが、とても裕福な侯爵家の出身だったという。
その侯爵家の威光は、国内でも指折りのものだったそうだ。望むものはそのほとんどが手に入り、皆がその侯爵家の者を畏れて跪き、頭を垂れる……そんな家系に生まれたドグラスは、非常に恵まれた環境に居たと言えるだろう。
だが、ドグラスはそのことに一切のメリットを感じていなかった。むしろ高位貴族出身であることによる、様々な柵やマナーに縛られるデメリットの方を非常に疎ましく感じていたようだ。
そんな前世の僕が、強く興味を示したのが魔法の研究だった。その国の上位貴族は全員が魔力持ちで、ドグラスも例に漏れず魔力を持っていたのだが……その魔力量は、過去に例を見ないほど多いものだったようだ。
使えど使えど尽きせぬ膨大な魔力量に支えられたドグラスは、その興味の赴くままに様々な魔法を研究・開発していった。特に地属性と闇属性の魔法を得意としていたことから、研究成果はその2属性に著しく偏っていたという。
……だがある時、前世の僕に転機が訪れる。
それまでドグラスは、自由に研究対象を選ぶことができた。その時々において、最も興味のある事柄に集中することができていた。ゆえに、彼はモチベーション高く研究成果を上げ続けることができていたわけだ。
だが、国のトップが代替わりした時を境に、国から研究する魔法を強制されるようになった。指示に従わなければ……というような、半ば脅迫じみた言葉までドグラスには投げかけられたそうだ。
当然、ドグラスはそれに猛反発した。ドグラスにとって、魔法の探究とは命と同じくらいに大切なものであり、そこから生まれる成果などただの副産物に過ぎなかったのだ。生み出された成果を使うのは勝手だが、横から口出しされる筋合いは無いのだと大激昂したのである。
そうして、国との関係が拗れに拗れたドグラスは……25歳の時に国を出奔し、誰も訪れることの無い森の奥へと住み着いた。ドグラスにとっては築き上げてきた名声や地位よりも、自由に魔法探究できる環境を得ることの方がよほど重要だったのだろう。
それ以来、森の奥にて打ち捨てられていた屋敷を自ら改修し、そこでひたすら魔法の研究ばかりをして過ごしたようだ。
「………」
そんな前世の僕が、最も得意としていたのが地属性魔法であった。
ドグラスは青銅や鋼鉄といったランクの低い金属を、自らの魔力のみで錬金して作り出すことができたし……アダマンタイトやオリハルコンといった高ランクの金属は、作り出すのは無理だったが精錬・加工をすることができた。ドグラスは俗世間に対して全く興味を持たなかったので、自身が他者と比較してどれほどのレベルの魔法士であったのかは知らなかったようだが……今世の僕の目線で見る限りだと、最低でも一流の実力は持ち合わせていたように思う。
……とは言え、今世の僕は魔法のことを、本の知識で多少知っている程度でしかない。今日は僕の10歳の誕生日なのだが、王国法において『本格的な魔法の訓練は、10歳になるまで行ってはならない』と決まっているからだ。その程度の人間が判断した内容に、果たしてどれほどの信頼性があることやら……。
……まあ、それはともかく。前世の僕は、地属性魔法の次に得意だった闇属性魔法と組み合わせて、晩年は自律行動型ゴーレムの研究に取り組んでいた。身の回りの世話やモンスター退治、屋敷の掃除や本の整理などの雑務を任せるために研究を重ねていたのだ。
だが、ドグラスは研究の途上で死病に侵されてしまった。己の研究を成就させるには、残された時間があまりにも少ないことを悟ったドグラスは……その残された時間で輪廻転生の秘術を編み出し、見事転生を果たしたのだった。
魔法の研究に人生の全てを捧げた、まさに魔道の探究者。それが、前世の僕だったようだ。
「………」
翻って、今世の僕はどうなのだろうか?
まず、魔法の研究に対する興味だが……これは、前世の僕には大変申し訳無いが興味は薄い。せっかく承継された知識や技能ゆえ、きっちり有効活用させてもらうし、磨き上げる努力も怠らないつもりだが……研究に人生の全てを捧げたいと考えるほど、魔法に対する興味は無い。
あくまで、魔法とは手段であり道具と同じだ。魔法を目的にするほど、入れ込むつもりは全く無い。
次に、魔法の実力だが……これは実際に試してみよう。
晩年のドグラスは、1日におよそ1万体の鋼鉄製ゴーレムを作り出せるくらいの魔力を持っていたようだが……。
「"マニュファクチャー・アイアンゴーレム"」
試しに、鋼鉄製の人型ゴーレムを作り出してみる。ドグラスの研究成果により、まるで人のような滑らかな動きができるゴーレムだ。
大量のパーツが空中に生み出され、少しずつ組み上がっていく。やがて、それが人の形を成した時――
「――ふぁ?」
――ポフンッ
頭に熱っぽさを感じ、力が抜けて倒れ込んでしまう。どうやら魔力が尽きてしまったようだ。
ぼうっとした頭のまま、どうにか掛け布団をたぐり寄せる。感じた睡魔に身を任せて、再び眠りについた……。
◇
――シャッ!
「……ぅん?」
唐突に眩しさを感じて、一気に目が覚める。柔らかな掛け布団をどかして上半身を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見回せば……今世で見慣れた後ろ姿が視界に入ってきた。
お仕着せのメイド服を着た、僕より1つだけ歳上の少女だ。銀髪を持つ人はとても珍しく、後ろ姿だけで誰かすぐに分かった。どうやら、彼女が部屋のカーテンを開けてくれたらしい。
「……おはよう、ティアナ」
僕はその少女――ティアナに声をかける。名前を呼ばれたティアナは、僕のほうを振り返ってニコリと微笑んだ。
「おはようございます、エリオス様。エリオス様がお寝坊さんとは珍しいですね」
「ははは、まあね」
前世の記憶が甦り、試しに魔法を使ってみたら魔力切れを起こしてしまったから……などと、恥ずかしくて言えるはずもなく。
僕に向けて優しく微笑むティアナに合わせて、こちらも笑ってごまかすことにした。
……さて。
今世での僕の名前は、エリオス・ソリス。アルカディア王国に所属する武門の家系、ソリス男爵家に生まれた三男坊だ。アルカディア王国聖騎士団の副団長を務める父上、ルーカス・フォン・ソリス男爵の武才をそれなりに受け継ぎ、僕も騎士となるべく日々修練を重ねている。
既に聖騎士団員となっている2人の兄上に、実力は遠く及ばないが……いつかは2人を超える力を身に付けたいと、そう考える毎日だ。
「うーん、今日は良い天気ですよ♪」
そして、窓の外を笑顔で眺める女の子の名前は、ティアナ。今年で11歳になったらしいが、年齢の割にはかなり聡明だ。僕付きの専属メイドなのだが、僕にはもったいないくらいの器量良しである。
……そんな彼女だが、実は10年前に起きた戦争によって戦災孤児になったという、悲しい過去があるらしい。父上がその時の戦場で戦っており、戦火の中からまだ幼児だったティアナを助け出し、我が家にて引き取ったのだそうだ。敵部隊が迫っていたので、それ以上の捜索はできなかったらしいが、ティアナの両親はおそらくもう……。
そのことを、ティアナは父上から聞いて知っている。いつかは自分の生まれ故郷に行ってみたい、と言っているのを聞いたことがある。
彼女のささやかな願い、どうにか叶えてやりたいが……おそらく、一筋縄ではいかないだろうな。僕が聞いた限りでは、彼女の生まれ故郷は今……。
「エリオス様、御召し物を替えて食堂へ参りましょう」
「ああ、頼むよ」
僕の服を着替えさせるのも、ティアナの役目だ。僕は彼女が仕事をしやすいよう、気を使って振る舞う。
……もっとも、既に何千回と行ったやり取りだ。全く差し支えることなく、いつもの通り貴族服へと着替えを終えた。
そうして、僕たちは部屋を出て食堂へと向かう。先を歩く僕、その3歩ほど後ろをティアナが付いてくる。
「……あ、エリオス様」
「ん、なんだい、ティアナ?」
廊下の途中で、ティアナに呼ばれて立ち止まる。
振り向くと、ティアナが両手を組んで祈るような仕草で僕を見ていた。少しだけティアナの方が背が高いのに、今は僕に目線の高さを合わせてくれている。
「10歳の誕生日、おめでとうございます。エリオス様」
「ああ、ありがとう、ティアナ」
純粋な笑顔を向けられて、僕も思わず破顔してしまう。
本当に、前世の僕は一体どれほどの徳を積んだのやら。僕のことを心底信頼してくれるメイド……いや、幼馴染がそばに居てくれるなんて。今世の僕は、なんて恵まれた人生なのだろう。
……ゆえに。今世の僕がやるべきは、この幸せを守り抜くことだ。
前世の僕は、魔法の研究にのみ己の幸せを見出していた。他の全てを邪魔なものとして徹底的に捨て去り、魔法の研究に人生の全てを捧げていた。その生き方を否定するつもりは無いし、そもそも僕もドグラスと似たような性質の人間なのだが……今世の僕は、少しだけ違う。
僕にとっての幸せとは、この平穏な日々がいつまでも続くことだ。特に、ティアナが笑顔なら僕も嬉しい。今世の僕の人生において、共に過ごした時間が最も長いのは間違い無くティアナだ。もはや僕にとっては、ティアナは己の半身と言ってもいい存在なのだ。
そんなティアナの笑顔を、守って守って守り抜く。ティアナと共にあるために、僕は一刻も早く強い力を身に付けなければならない。
そのためなら、僕はどんなものでも徹底的に利用しよう。前世の知識と技能はもちろんのこと……たとえ、それがこの国の王様であってもな。
「さあ、行こうかティアナ」
「はい、エリオス様」
ティアナを引き連れて、改めて食堂へと歩を進める。
……アルカディア王国では、魔法訓練の他にもう1つ、10歳になってから許されることがある。だが、それを行うためには父上の許可が必要だ。
食堂に父上がいるだろうから、できればそれに向けた下話も済ませてしまいたいところだな。
(2025.4.23)文章表現を全体的に改稿しました。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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