[第6話]居候が増えるなんて!
俺は目を覚ました。そこは見慣れた場所。
教会の二階にある倉庫で、今は俺が居候している部屋だった。
俺は教会の聖堂にある長椅子と同じものをベッドの代わりにして横になっている。
体が重く、まるで石のように固まっているようだ。辛うじて動かせる首だけを振って周囲を見回した。
「──っ!」
誰かの驚くような声がした。
ドタドタと音を立てながら誰かが部屋から飛び出していったように見えた。
一瞬の出来事で気が付かなかったが、どうやらこの部屋には俺以外にも誰かがいたようだ。
しばらくすると、先程よりもひと際大きい足音のような音を響かせながら部屋の扉が開かれた。
「アレン様っ!お目覚めになられたのですね!」
ミレナの声だ。どこか聞き覚えのある言葉に、何故だか感慨深くなってしまう。
寝起きでぼやける視界を必死に絞るとミレナの側にもう一人誰かがいることに気づく。
人のシルエット、だが頭の上には二つの凹凸が見えるような……。
「アタシ様のおかげだぞ!感謝しろマヌケ!」
……聞き覚えのあるやかましい声だ。その声の主は、腰から垂れるふさふさとした毛束を揺れ動かしながらこちらにに迫ってきた。横になる俺の側まで近寄ると、座り込んで頭部の耳を動かしている。
彼女は、迷いの森で出会った獣人の女の子だ。
「こ、こらノラちゃん!アレン様はまだ体調が優れないのですからほどほどに!」
ミレナに窘められた獣人の女の子は「ノラ」と呼ばれていた。
ちゃんと名前があったのか……と物思いにふけると、しゅんとした様子でノラは側を離れていく。
「……俺は、帰ってこれたんだな」
「はい、アレン様のおかげでノラちゃんも無事でした」
正直、記憶が曖昧で覚えていないことが多い。
あの森からどのように抜け出したのか、魔力切れで意識を失った後のことはいまいち思い出せない。
すると、俺はミレナの背後で腕を組みながら居心地悪そうに頬を振らませているノラに気づいた。
「ノラ……って言うんだな、君が無事でよかった」
俺が声をかけると、ノラはぴょこぴょこと耳を弾ませながら得意げな表情を見せた。
「ふ、ふん!オマエをここまで運んできたのはアタシ様なんだからな!感謝しろよ!」
「ああ、ありがとう」
ノラに感謝の言葉を伝えると、尻尾を揺らしてそっぽを向いてしまった……気難しい奴だ。
だが、元気そうな様子で安心した。しかし、あの竜痣病は治ったのだろうか。
それに結局、畑荒らしの犯人は見つけられなかった。迷いの森は俺が思っていたよりも危険な場所で、ミレナが警戒するのも納得だ。こうなったらもう、犯人は見つけられないかもしれない。
「すまないミレナ。結局、畑を荒らした犯人を見つけることができなかった」
俺は悔いる様にミレナに謝罪した。
「あぁ……それでしたら、あちらに……」
ミレナはそう言うと、揃えた手で背後にいるノラを指し示した。
──って犯人はノラかよ!
奇しくも俺は、畑荒らしの犯人を連れてきてしまったようだった。
「あっ!だからと言ってノラちゃんを責めないであげてください!
既に彼女には私の方からし っ か り とお叱りをしましたので!」
ミレナはそう言って俺に言葉の釘を刺している中、背後ででそろりそろりと部屋から抜け出そうとするノラがいた。
「……ノラちゃん?」
ミレナが張り付いたような笑顔の優しい口調でノラを引き留めた。その鋭い声に、ノラはビクッ!っと跳ねて背中をガクガクと震わせている。
なるほど、これが暗黒微笑というやつか。……いや、ちょっと違うか。
「し、仕方ないだろ!その、すごく旨かったんだから……!」
ノラは言い訳になっていない言い訳をして必死に取り繕っている。
「まぁ!そんなに美味しかったなんて、嬉しいわノラちゃんっ!」
ミレナは自分の作っている作物がおいしいと言われて嬉しかったようだ。すると、勢いよくノラに抱き着いてもふもふとした頭を撫で始めた。
「やめろ──!はなせ──!」
ノラはミレナの抱擁を必死に抵抗するが、ミレナの胸に備わっている二つの膨らみがノラの頭をがっちりと抑え込んで離さないようだ。その様子を見ていると少し元気をもらえる気がする。
というより、もう少しだけゆっくり休ませてくれませんか……と俺は心の中で懇願したのだった。
しばらくして、俺は自由に歩けるまで回復した。その間、ミレナとノラが看病をしてくれた。
現在、ノラは新しい居候となって教会でミレナと共に暮らしている。
「おい!ちょっと用がある!こっちに来いマヌケ!」
俺が教会の裏手にある畑で作業をしていると、相変わらず声の大きいノラが俺を呼んだ。
しかしそのマヌケ呼びはどうにかならないものかと思いながら、渋々ノラの元へと向かった。
早くしろ!と急かされながら、畑から連れ出された俺がやってきたのは教会の麓にある川だった。
「こんなところに川があったのか……」
教会は周囲を森に囲われた山に建っており、その麓には穏やかに流れる川があった。
川の上流は滝となって水を放出する崖が聳え立っており、その頂上は深い霧に包まれ、迷いの森に繋がっていることが想像できる。
「──んっ!」
こんなところに連れてきて何をするのかと考えていると、ノラが大きなカゴを無理やり俺に手渡してきた。
そのカゴには衣服がこれでもかと詰められており、俺はまさかと思いノラに言葉を投げかけた。
「……俺に洗濯をしろと?」
ノラは屈託のない笑顔で尻尾を振っている。こいつめ、俺に作業を押し付けてサボる気か……?
「ダメだ。これはお前の仕事だろ?俺は他のことで忙しいんだ」
「えぇ──!?いいだろ手伝ってくれても!!……それに、少しオマエと話がしたかったんだ」
俺は急にしおらしくなったノラに負けてしまった。
少しだけなら、と了承してカゴを受け取りズボンの裾を上げて川へと入った。
川は凍えるような冷たさで、足を入れた瞬間に2人揃って全身を震わせた。
カゴの中身を見ると、ほとんどが俺の衣服だった。まぁ自分の物くらい自分で洗おう、と川に衣服をつけながらゴシゴシと擦る。
「あの時はオマエに助けられた。だから、感謝してる」
洗濯をしていると、ノラが話しかけてきた。あの時、というのは迷いの森でのことだろう。
ノラは竜痣病に侵され、一刻を争う状況だった。それを、俺がどうにかしてこの教会まで連れ出して事なきを得た。
だが俺自身、あまり迷いの森でのことを覚えていない。気が付いたら教会に帰っていたぐらいの感覚だ。
「だから、その……もうあんなことはするなよ!」
あぁ、わかっている。もう無理に迷いの森へ行くことはないだろう。
……ん?待て、あんなことってどのことだ?
俺がノラを受け止めたことか?それとも、一人で魔術を酷使したことか?
ノラの言葉の真意がわからず考えていると、目の前で共に洗濯をしているノラが少し顔を赤らめながら左手で自身の首筋に手を当てていた。
その首筋には、何かに嚙まれたような跡が残っている。
「ノラ……蚊にでも刺されたのか?」
その言葉を聞いたノラは一瞬だけ耳をピクッとさせたかと思うと、途端に耳を絞って獣の唸る声を上げてこちらに飛びかかってきた。
「ウガアァァァ──!!」
「やめろ!急にどうしたんだ!!」
突如暴れ出したノラに手が付けられず、俺は川の中で押し倒された。
バシャバシャと水しぶきを上げながら俺はノラに組み付かれる。
近くにあった洗濯カゴは無残にも押し倒され、衣類が川の流れに乗って流れていった。
「……ふたりとも──?」
その時、川の岸から優しい口調で鋭い声が聞こえてきた。
恐る恐る、俺とノラはその声の先へと視線を向ける。
「どこに行ったかと思えば、こんなところにいたんですね~
アレン様もノラちゃんも楽しそうで何より──」
ミレナだ。ミレナが張り付いたような笑顔でこちらを見ている。
今、俺とノラが震えているのは川の冷たさのせいじゃない。
目の前に佇む恐怖を前に、俺とノラの気持ちはひとつに合致した。
「ご、ごめんなさい……」
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