[第5話]命の危機だなんて!
俺、冒険者のアレン・マックハートは教会で復活した。
その教会で出会ったシスターのミレナ・アルクィスの頼みで、俺は畑を荒らす犯人を捜して迷いの森と呼ばれる場所へとやってきた。
しかし、迷いの森で迷子になってしまった俺は、どうにかして脱出する方法を考えていたところ、
オオカミに似た獣人の女の子に遭遇するのだった。
だが、その出会いは救いの手では無かった。突如として獣人の女の子は竜痣病と呼ばれる病に侵され、一刻の猶予もない生死を彷徨う状況に。
残された迷子の俺はたった独り、この状況を打開する方法を模索するのだった……。
「って!そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
我ながら浅ましい自分語りだ。
目の前には、荒い息遣いで病状に苦しむ獣人の女の子。彼女は今、竜痣病に侵されている。
かつては不治の病として恐れられていた病。現在では特効薬や治療魔術が開発され、症状を軽減させることに成功している。
「とはいえ、この状況じゃどうにもできないだろう……!」
俺は半ば諦めかけていた。そう、俺は迷いの森で遭難中なのだ。
俺に治療魔術を扱える訳もなく、他の手段も限られている。
《……私の父は、この村を出たきり帰ってきませんでした》
ミレナが言った言葉が俺の頭の中でグルグルと巡っている。
大木の下に見つけた隙間の中で、刻々と過ぎていく時間を前に無力さを感じている。
思えば、俺はこの獣人の女の子と面識があるわけじゃない。むしろ、出会ったばかりの赤の他人だ。
この子を置いて森から出れば少なくとも俺は助かるだろう。外で誰かの助けを呼べば、もしかしたらこの子も助かるかもしれない……。
「いや、考えろ……!ここでこの子を死なせるわけにはいかない……!」
俺は次々と込み上げてくる否定的な言葉を振り払うように、大木の隙間から向け出した。
ここを離れたらまたここに戻ってこれる保証はない。今ここで決断をする必要がある。
「この子を連れて、出口を探すぞ……」
俺は決断した。
まずは、森の出口を探す必要がある。少なくとも、進む方角の手掛かりを探せれば……。
俺は足元に転がっている木の棒を拾い上げると、全身から魔力を振り絞るように木の棒へと集中させた。
「頼む……っ!上手くいってくれ……っ!」
祈るようにして掲げられた木の棒は蓄えられた魔力によって輝きを放っている。
俺はそのまま、木の棒を地面に向けて勢いよく思いきり叩きつけた。
「共振探査──っ!!」
魔術を唱えて叩きつけられた木の棒から、魔術の光がじわじわと伝わり波紋となって地面を伝播していく。
次第に、森に落ちている枝や石、森の木々が次々と魔力によって光り出す。
しかし、辺りを見渡しても森の出口に繋がる手掛かりはない。俺の足跡すら綺麗さっぱりに消えている。
追い打ちをかけるように、森を満たしている濃霧が視界を覆うと魔術で照らされた光が次々と失われていく。
「どうして……どうしてなんだよっ!!」
おそらく、この霧は魔力を阻害する特殊な性質を持っているのだろう。
故に、迷いの森と呼ばれ恐れられてきたのだ。
今になって自分の行いを後悔し始める。……ミレナの言った通りじゃないか。なんて情けないんだ。
それでも尚、俺は狂ったように魔術を唱えては木の棒を地面へと叩きつけている。
その度に、霧が魔術をかき消して俺を嘲笑う。何度も、何度も。
──ドクンッ!
突如、俺の胸を締め付ける感覚が襲った。俺はウッとなり、その場に倒れ込む。
……魔力切れだ。何度も続けて魔術を唱えたせいでついに限界が来たようだ。
咳き込みながら仰向けになる。空は見えない、ただ覆うように木々の葉が揺らいでいる。
「……ごめん、俺には無理みたいだ……」
全身から力が抜けていく。このまま教会で復活できないだろうか。何ならオートセーブで……。
再び弱る気持ちに嫌気がさす。こんな気持ちで最期を迎えるなんて本当に情けない。
俺は、ここで……。
「血を啜れ──」
俺は目を覚ました。
そこは真っ黒で何も見えない。自分が今、立っているのか倒れているのか、感覚が無くわからない。
「血を啜れ──」
再び、声が聞こえた。男の声と女の声が混じったような。いや、俺の声のようにも聞こえる。
血をすすれ?なんだそれは。ついに俺は吸血鬼にでもなったのか?
謎の声について考えていると、突然視界が開けた。
そこは変わらず、迷いの森だった。
ただ、全身が焼ける様に熱く、疼いている。
ふと腕の方へ視線を向けると、そこには竜のような痣がびっしりと広がっていた。
──竜痣病だ。
ついに、俺まで病を患ってしまったようだ。ここまで来たらもう笑うしかない。
どうやらこの森は、竜痣病を引き起こすようだ。きっと、誰もこの森から抜け出せないのはこれが原因なのだろうな。
そして、強烈な喉の渇きが襲う。これも病の症状なのだろう。あの子はこの衝動に抗っていたのだな。
「……血を啜れ、か」
俺は、暗闇の中で聞いた謎の声を思い出した。
激しい倦怠感に襲われる体を叩き起こして、獣人の女の子のいる大木の隙間へ向かう。
そこには変わらず女の子が横になっており、まだ息はあるようだった。
「このまま、この子は、ここで死んでしまうだろう。ならば、この渇きを、潤すために……」
もはや理性など無かった。ただ、この渇きを癒すことが出来れば何でも良い。
俺は横になっている女の子を抱きかかえると、その首筋へと勢いよく嚙みついた。
──ガツッ!
女の子の体は小刻みに痙攣し、痛みに悶える声を漏らす。
首筋からは生暖かい鮮血が流れ落ち、俺はただ無心にその赤を啜り喉を鳴らした。
ひとしきり満足して血を啜り終えると、女の子はぐったりとして倒れ込んだ。
浅い呼吸で意識を失っているが、先程までの苦しそうな表情から一変して安らかな顔をしている。
すると、再びドクンッ!と俺の胸が鼓動し、全身に力が湧き上がった。
魔力切れで倒れていたのが不思議なくらいに、俺の中で何でもできるような全能感が支配している。
「これ、なら……きっと!」
俺は自らの右腕に魔力を込めると、高く掲げた後に地面へと叩きつけた。
叩きつけた右腕を伝って魔力が周囲へと伝播していく。しかし、今回は何かが違う。
波紋となって流れる魔力が、俺の視界と同調して頭の中へと入ってくるのだ。
高速で森の中を駆け巡るように視界が進み、ついに教会と思しき建物の影を捉える。
「……視えた!」
俺の視界には、まるで透視をしているかのように遠くで教会の影がはっきりと映っている。
ようやくこれで迷いの森から抜け出せる。
「待たせたな……行こう……」
俺は、側で倒れている女の子を担いで迷いの森を出るため進みだした。
今の俺には微かに脈打つ女の子の心音が聞こえている。ドクン……ドクン……と弱い心音だがまだ生きているのは確かだ。
「がんばれ、もう少しだ……」
濃霧に包まれた薄暗い森の中を淡々と歩み進む。
目の前に近づいてくる建物の影に、逸る気持ちが歩様を急かす。
目の前を覆う草木を薙ぐと次第に視界が明るくなり、眩しさに目を細めた。
「着いた……!」
そこには見慣れた教会が建っていた。俺は帰ってこれたのだ……。
俺は安堵すると全身の力が抜けてしまい、肩で抱きかかえた女の子を庇うようにして倒れ込んだ。
「アレン様──っ!」
遠くから聞き慣れた女の子の声が聞こえる。きっと、ミレナが迎えに来てくたのだろう。
足音が近くまで来るとピタッと止まった。
「っ──!」
ミレナが驚いているのだろう。無理もない、こんな状況だからな。
俺はそのまま、意識を失って深い眠りへとついた。
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