[第4話]迷いの森に入るなんて!
「……よしっ!」
俺は気合を入れて頬を叩き、目の前に鬱蒼と生い茂る森の前に立っている。
足元には、畑を荒らした作物泥棒と思しき犯人の靴跡が探索魔術によって光っている。
靴跡を示す光は先の見えない暗闇に包まれた森の中へと続いていた。
「どうかご無事で、主の導きがあらんことを……」
「あぁ……!」
俺はミレナに見送られながら森の中へと歩を進める。
薄暗い森の中では、木々の隙間からこぼれる木漏れ日と微かに光る足跡だけが頼りだ。
足跡は途切れることなく先へと続いており、所々で草木をかき分けながら着実に進む。
すると、途端に霧が濃くなり、一歩踏み出すごとに不穏な感覚が襲った。
俺はまさかと思い、その場で振り返る。
「……流石に迷いの森と呼ばれるだけはあるな」
振り返った先には濃霧に包まれた森が広がる。寄り道することなくただ真っすぐと進んできたはずだ。
それなのに、目の前に広がる光景はここまで進んできた俺を踏みにじるような不気味さを醸し出す。
「ここまで来たら進むしかないよな……」
俺の中で芽生えた弱音を押し殺すように立ち止まった足を進ませる。
次第に木漏れ日すら届かない闇に包まれ、濃霧と共に冷たく凍えた風を感じると一気に臆病な気持ちが込み上げる。
ふるふると身体が震え出し、木々の擦れる音がこちらを嘲笑っているように思える。
……こんな所から早く抜け出したい。そんな気持ちが言葉となって喉まで出かかったその時、俺は気づいてしまった。
「……待て、俺は今どこにいるんだ……?」
すでに遅かった。
濃霧で満たされた暗い森の中で、俺は一人立ち尽くしている。
探索魔術で追跡していた足跡もいつの間にか見えなくなっており、完全に孤立した。
「やっちまった……」
俺は自責の念にかられてその場に座り込んだ。
こんな時にオートセーブがあれば……と、またしても非望な思いが募る。
「れ、冷静になれ。ここまでに目印になるものは沢山あっただろ?変な形をした木とか……」
周りを見回すと、全部の木が変な形に見える。
……終わった。俺は頭を抱えて倒れ込む。
「これは驚いた。こんなところで迷子に出会うなんて」
どこかから女の子の声がした。
俺は咄嗟に顔を振って声の主を探す。しかし、周囲には人の影すら見当たらなかった。
……幻聴か。ついに聞こえるはずのないものまで聞こえ出した──。
「こっちだマヌケ!」
先程よりも鮮明な声が頭上から降り注いだ。
上の方へと視線を向けると、そこには木の上に立つ一人の女の子の姿があった。
「ようやく気付いたかマヌケめ!」
こちらを馬鹿にするように言葉を放った女の子は半袖半ズボンの少々露出の高い服装をしており、頭にはピコピコと動く獣耳が付いていた。更に、腰の辺りには艶のある毛束がふさふさと揺れ動いている。
──獣人だ。
獣人は魔物の一種で、人間と近しい見た目こそしているがその本質は獣だ。
血肉に飢え、獲物を狩るため常に集団で行動している。
全身は毛で包まれ、特に鋭い爪や牙が危険とされていて──。
……俺はそこで違和感を覚えた。
「……君、本当に獣人か?」
「な、なんだとっ!見てわからないのか!?この、ゆーもーな姿を!」
しかし、俺の知っている獣人の特徴と一致しない。
見たところ、オオカミのような獣耳や尻尾があるとはいえ、その姿は人間の女の子そのものだ。
鋭い爪や牙も見えず、何よりここには彼女一人だけしかいないように見える。
俺が疑いの視線を向けていると、獣人?と思しき女の子はガミガミと唸りながら自分が獣人であることを必死に説き始めた。
それを話半分に聞いていると、女の子は木の上でくるくると回りながら獣人である証拠を示し始めた。
「見ろ!この尻尾を!これはちゃんと生えて──」
女の子が自身の尻尾をこちらに向けた瞬間、足を滑らせた女の子が木から真っ逆さまに落下した。
「危ない──っ!」
俺は咄嗟に女の子が落ちた先へ走り出し、受け止める準備に入った。
すると、女の子は真下にいる俺に気づくと、俺を避けるように空中で体を回転させた。
華麗な身のこなしで宙を舞った女の子は、さらに一回転して俺の背後に着地した。
「ふふん!なめるなよ!アタシ様はマヌケなオマエなんかに──」
得意げな様子で胸を張っている女の子を他所に、俺は女の子を目掛けて走り出した。
こちらの様子に気づいた女の子は、慌てた様子で両腕をぶんぶんと振っている。
すると、女の子は足がもつれ、その場で転びかけた。
「……だから危ないって言っただろ」
俺は転んで倒れかけた女の子を受け止め支えた。
足元には鋭利に尖った木の枝が落ちており、一歩遅ければ彼女に刺さっていたかもしれない。
「う、うわぁぁぁ──!!」
突如、受け止めていた女の子が叫び声を上げて俺を突き飛ばした。
俺は勢いに負けて転んでしまい、落ちていた鋭利な木の枝が俺の頬を掠った。
「な、ななな何をするんだバカ!マヌケ!」
「それはこっちのセリフだ!もう少しで串刺しになるところだったんだぞ!」
顔を赤く膨れさせながら大きな声を上げていた女の子は、俺の言葉を受けて足元にあった鋭い木の枝に気づく。
すると途端にしおらしくなった……と思いきや再びガミガミと元気に暴れ出した。
「う、うるさい!そうやって油断させてアタシ様を襲う気だな!騙されんぞ!」
女の子は立ち上がると、俺から距離を取って右腕を背中に回して構えた。
「こ、こうなったら力づくでもオマエを始末してやる──っ!」
流石にいきなりすぎないか!と言う暇もなく、女の子は懐に隠していた短剣を取り出し、こちらに目掛けて勢いよく襲い掛かってきた。
俺は突然のことに動揺しつつ、咄嗟に腕を突き出して構えた。
「──あれ」
気が付くと、女の子はよろよろと体制を崩してその場に倒れ込んだ。
何かあったのか心配になった俺は、座り込む女の子に近づいた。
「……くっ、来るな……!」
明らかに先程までとは違い、弱っている様子だ。この一瞬で一体何があったんだ。
女の子は力の出ない様子でこちらに向けた短剣を振り回す。
俺は振り回す短剣を片手で退けて近づくと、そこには目を疑う光景があった。
──女の子の全身には、大量の痣が広がっていた。
俺はこの症状を知っている。それは、竜痣病と呼ばれる病だ。
全身に広がる痣が竜に見えることから名付けられたこの病は、不治の病とされていたことがある。
発症すると全身に痣が広がり、激しい倦怠感と痛みを伴う。そして、最後には痣が黒く硬化して発症者を死に至らしめるというものだ。
現在では特効薬や治療魔術が開発され、症状を緩和させることができるようになった。
しかし、どうして急に?しかもこんな場所で……?
「……痛い、苦しい……」
女の子は息を荒げ、全身を襲う痛みに藻掻いている。
急激に症状が進み衰弱する女の子を何とかしようと、俺は辺りを見回した。
すると、大きな木の根元に空洞を見つけ、俺は女の子を担いでその場所へと運び入れた。
「しっかりしろ!意識はあるか!」
俺は女の子の頬を軽く叩くと、それに反応するように女の子が微かに目を開ける。
「……オマエ、どうして……」
「そんなの決まってるだろ!こんなところで苦しんでいる奴を放っておけるかよ!」
女の子は俺の言葉に不思議そうな視線を向けた。
痣は女の子の顔にまで及び、発熱を伴っている。
「ヘンな……ヤツだな……」
女の子はそう言うと、目を閉じて意識を失ってしまった。
息はあるが、そう長くはないだろう。
この子を救うために俺にできること……
「一体、どうすればいいんだ……」
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