[第3話]作物が荒らされているなんて!
この俺、冒険者のアレン・マックハートは魔竜との戦いで死んでしまった。
その後、俺が目覚めたのは遥か遠くの村に位置する教会だった。
そこでシスターのミレナと出会い、俺は彼女の「教会を守りたい」思いに共感した。
こうして俺はこの廃れてしまった教会を立て直すため、教会に居候するのだった。
俺は今、教会の入り口で壁に立てかけた梯子に上っている。教会の入り口に設置されている傾いてしまった看板を直すためだ。
高さは教会の二階にある窓と同じ高さで、目下に広がるのは勿論、高所から見下ろす見晴らしのいい景色だ。
この教会は村の中でもちょっとした山に建っており、周囲を森に囲われているのがわかる。
「もう少し右です!」
俺の足下から女の子の声が響く。
声の方向に視線を向けると、こちらを見上げながら両腕を上げるミレナがいた。
ミレナは頭の上まで高く上げた両腕を必死に左へ動かしてジェスチャーしている。
小刻みにぴょんぴょんと跳ねており、その反動で激しく主張する胸元がやけに目立つ。
気を取り直して、俺はミレナの動きに合わせて教会の看板を動かした。
「あっ!ちょっといきすぎました!」
今度は反対方向へ腕を動かしてジェスチャーをしている。そしてやはり、動く度に激しく主張する胸元が目立つ。
よし!と、俺は心の中で叫びガッツポーズをした。……しばらく看板を左右に振った。
「ふぅ……無事に終わりましたね……!」
作業を終えて梯子を下りると、少し息の上がっているミレナが汗を拭っていた。
下から看板の位置を見て指示をしていただけのはずなのだが不思議だ……。
それはそうと、この教会で居候として世話になっている以上は彼女の力になりたい。
ミレナは一人でこの教会を管理していたのだ。今までできなかったことを可能にする人手を必要としているはずだ。
「他に何か手伝えることはあるか?」
俺がミレナに他の作業を催促すると、ミレナは少し考えた後に何かを思い出したかのように「はっ」とした。
「アレン様にひとつお願いしたいことが……」
ミレナはそう言うと、手招きをして俺をどこかへと連れ出した。
ミレナに案内されて辿り着いたのは、教会の裏手にある小さめの畑だった。
畑の周囲が木の柵で囲われ、入り口と思われる場所には「無断で立ち入るべからず」と大きく赤い文字で書かれた看板が立てられている。
……小さい畑にしては厳重すぎないか?と、俺は目の前の異質な光景に首をかしげた。
「最近、畑が荒らされて何度も作物が盗られているのです……」
なるほど、それでこの有り様なのか。
確かに、畑の中を見やると所々に荒らされた形跡が見受けられる。
「ここの作物はよく村の方々に差し入れていて、皆さんもおいしいと言ってくださるのです。
しかし、ここ最近はこのような状態で……楽しみにされている方々のためにも何とかしたいのですが」
ミレナは困惑した様子で畑へ入ると、ひとつひとつ作物の状態を確かめている。
「つまり、俺に犯人を捜してほしい……ということか?」
「いえ、アレン様にはこの畑を囲む柵を新しくしていただきたいのです」
そっちかい!と俺は頭の中で叫び、ついその場で転びそうになった。
「きっとここの作物が気に入ったのでしょう。しかし、勝手に入ってはいけませんからね!
しっかり柵を置いてダメだと教えないと……!」
いくらミレナが優しい性格をしているとは言え、犯人を捜さないのはちょっとお人好しすぎないか?
流石に相手の情に訴えて守るだけでは根本的な解決にはならないと思い、俺はミレナにとある提案をした。
「……対策しようにも相手が分からないとやりようがないだろう。相手に合わせた手段を講じて守るのが作戦ってものだ」
俺がそれっぽい雰囲気で説明をすると、ミレナは目を輝かせてこちらを見ている。
なるほど!とてもためになる!とでも言いたげな視線だ。うーむ、何だか色々と心配になるなこの子は。
とりあえず俺なりのやり方でやってみるか……と、俺は少々不安になりながら近くにあった農耕用の鍬を拾い上げた。
「共振探査!!」
俺が魔術を唱えると、手に持った鍬が光り出した。
くるりと一回転させて鍬の柄を下に向け、そのまま勢いをつけて地面へと振り下ろす。
ボスッ!と音を上げて鍬が土に埋まり直立する。すると、鍬の全体を覆っていた光が地面を通して周囲へと波紋となって伝播した。
「こいつは探索魔術と言って、周辺の地形に魔力を流し込んで見づらいものを際立たせて可視化するんだ」
……まぁ、もう誰も使わない時代遅れな魔術だけどな。
すると、地面を伝播する魔力の波紋は荒らされた畑の作物が生っていた付近を光らせた。
「これは……足跡か……?」
畑の土には靴の足跡が残されており、探索魔術によって足跡の輪郭がくっきりと光っている。
足跡の向かう先へ視線を向けると、どうやら教会を囲んでいた森へと続いているようだった。
「靴の跡……なら、獣じゃないな。一体誰がこんなことを……」
俺は足跡の続く先を確かめるべく、地面に刺さっていた鍬を手に取って森へと歩を進めた。
「……待ってください!」
突如、背後からミレナの叫ぶ声が響いた。
俺はビクッと体が跳ね、一体何が起きたのかと混乱した。
「……その、もう十分ですからここまでにしましょう」
ミレナは片腕を抱えながら沈んだ表情をしていた。
どういうことだ?そこまで犯人を捜したくないのか?
いや、そもそもどうにかしたいって言ったのはミレナじゃないか……。
俺はミレナの意図を理解できず呆然と立ち尽くした。
「……」
依然としてミレナは俯いたまま反応を見せない。
何か、俺が気に障ることをして怒らせてしまったのだろうか……。
「……やっぱりダメですね、私には隠し事は出来ないみたいです」
ミレナが沈黙を破り、振り絞るように言葉を紡いだ。
「……隠し事?一体何のことだ?」
ミレナは呆然とする俺の前まで歩み寄り右腕を伸ばすと、視線の先に広がる森に向けて揃えた手で指し示した。
「この村は、周囲を森に囲われています。その名を、迷いの森──」
ミレナの謹厳な表情を前に、俺は固唾を飲んで言葉に聞き入った。
「森の中には濃い霧が充満し、絶えず森の形を変化させていると伝わっています。
一度入れば、途端に方向感覚を失い簡単に抜け出すことは出来ません」
「で、でも迷わないようにする方法ならいくらでもあるだろう?目印を置くとか、魔術を使うとか……」
俺は思い詰めた表情をするミレナの言葉に、必死で解決策を模索し反論しようとした。
しかし、その言葉はどれもミレナには響いていない様子だった。
「……私の父は、この村を出たきり帰ってきませんでした」
俺はミレナの言葉に衝撃を受け動揺した。
確か、ミレナの父親は幼い頃に……。そうか、だから森に向かう俺を必死に引き留めたのか。
犯人を捜して二度と戻れなくなるくらいなら、最初から作物なんて渡してしまえばいい。
それがミレナの考えなのか、本当にそれが賢明だと……。
この村……いや、この教会がなぜ廃れてしまったのかを理解できた気がする。
オートセーブの普及だけじゃない。この教会に誰も来ないのではなく、誰も来ることが出来なかったんだ。
「──大丈夫」
俺はそう呟いた。
その言葉に、俯いていたミレナはこちらに視線を向けた。
「俺は冒険者だからな、ダンジョンなんてのは慣れているし、むしろ本職だろう?」
それでもミレナは俺を引き留めようとした。
俺の服を強く握り、放さないという勢いを感じる。
「……それに、こんなところで復活するくらいの物好きだからな俺は。
だから、帰ってくるよ。──必ず」
俺は服を握るミレナの手を取り、彼女の目を真っすぐに見て誓ったのだった。
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