[第1話]教会で目覚めるなんて!
ここは剣と魔法の世界。
『オートセーブ』と呼ばれる魔術が開発され「死ぬこと」が無くなった。
命に危険が迫ると、各地に建造された『エーテルタワー』と呼ばれる塔へ自動的に転移するのだ。
オートセーブの恩恵を受け、人類は活動領域を広めるための開拓を推し進めた。
冒険者の大開拓時代が到来したのである。
そして、オートセーブの普及から10年が経った。
人類は『帝国』を枢軸とする国家を形成し、依然としてオートセーブによる開拓は続いている。
冒険者達は帝国主導の下で未開の地へと赴き、日々開拓に励んでいる。
そんな時代に、この俺、冒険者のアレン・マックハートは──。
山の頂上に位置する大きく開けた大地。周囲には大地を囲むように山々が連なっている。
ここにはかつて、この世界を支配していた魔王が居する城があったという。
今となっては空き地も同然のこの場所に、俺の雄叫びがこだました。
鋼鉄の鎧を身に纏う俺は、一本の剣を手に前方に立ちはだかる巨影に向かって走り出す。
向かい風に乗って激しく身を打つ雨粒と共に、眼前の巨影から放たれる咆哮が身体に重く圧し掛かる。
荒れ狂う空は稲光を走らせ、影に隠れた巨体の姿を明らかにした。
──黒い巨竜。
人間に似た二足歩行の体型、二本の脚で大地を踏み締めている。
背中から生えた大きな翼が巨竜の足首まで伸び、その巨大さを際立たせている。
しかし、竜と呼ぶには少々不恰好だ。
ドロドロと黒く濁った液体がその身を覆い、胸元は青白く発光している。
まるで、魔王を想起させるような威圧に俺は身震いしている。この場所に因んで『魔竜』と呼ぶべきか。
「援護は任せて!」
嗄れた女性の声と共に、鋭い放物線を描く矢が魔竜へ飛んでいく。
背に携えた両翼を器用に羽ばたかせる魔竜は、突風を起こして矢を打ち落とした。
「今だ!」
俺は魔竜が体勢を立て直す隙を見計らい、勢いよく宙へ飛び上がった。
「共振探査!!」
俺の唱えた魔術を受けて剣が光を帯びた。
片手で構えた剣の刃を下に向け、眼前に迫る魔竜に向けて勢いよく振り下ろす。
ガキンと鈍い音が響くと同時に、俺の体は反動で硬直した。
どうやら、俺の剣は魔竜の右腕で弾かれたようだ。
ドロドロとした見た目に反し、魔竜の腕は傷一つ無く逞しく肉付いていた。
俺は空中で身動きが取れず、そのままこちらに迫る腕で薙ぎ払われる。
全身に伝わる重い衝撃。大きく吹き飛ばされたものの、痛みは感じない。
「ア、アレンさんっ……!け、剣がっ……!」
受け身を取って着地すると、慌てた様子で魔術師のレイヤが俺の元へ駆け寄ってきた。
幼い見た目をしたその視線は、俺の右手に握られた剣へと向けられていた。
……剣が真っ二つに折れている。
どうやら攻撃を防がれた際に剣が折れてしまったようだ。
「ボ、ボクが修復します……!」
レイヤはその小さな手で剣を受け取ると、慣れた手つきで魔術の詠唱を始めた。
俺がレイヤの魔術に見惚れていると、続々と周囲に仲間達が集った。
「無事かアレン!」
仲間の一人であるヴォーグ。スキンヘッドに汗を滲ませ、力強く野太い声を発しながらその巨体でこちらを守るように魔竜を警戒する。
「案外、大丈夫そうじゃない。心配して損したわ」
嗄れた声で軽口を叩きながら、弓矢使いのカレンが合流した。
すると、ヴォーグとカレンの2人が俺とレイヤを庇うように目の前に立った。
「見て、さっきの探索魔術で魔竜の胸元が光ってるわ」
カレンは指を差し、魔竜の胸元を注視している。
青白く発光していた胸元の側には、微かに発光する赤い光が増えていた。
先程、俺が使った魔術の〈共振探査〉が魔竜の弱点となる部位を目立たせていたのだ。
「あの部位に一撃を与えれば、倒せずとも怯ませることはできるはずだ!
魔竜が怯んでいる隙に、あの範囲まで退避するぞ!」
「全く、オートセーブでさっさと帰れたら良かったんだが……あの野郎め余計な手間をかけさせやがって」
俺が魔竜の佇む先にある岩場に向けて指を差しているとヴォーグが愚痴をこぼした。
確かに、オートセーブは便利な魔術だ。実際、多くの冒険者がオートセーブの自動転移を利用して帰りの移動を省くのに使っていたりする。
だが、そんな便利なものでも大きく二つの欠点が存在する。
ひとつは「一部の装備が無くなる」や「所持金の半分を失う」などの欠点だ。まぁ、それらは簡単に対策できるからあまり大きな欠点ではないと感じる。
もうひとつの欠点は、エーテルタワーの範囲に入っていなければオートセーブは発動しないことだ。
こちらはあまり一般的には馴染みのない問題かもしれない。だが、未開の地へ赴く冒険者にとっては死活問題だ。いくらオートセーブが普及したとはいえ、発動しなければ意味がない。身の危険を感じたら、一目散にエーテルタワーの範囲へと移動する。それが、冒険者にとっての当たり前、謂わば鉄則だ。
「来るわ!!」
突然のカレンの声に反応して、魔竜の方へ視線を向けた。
重圧を放つ咆哮と共に、魔竜は先程よりも更に勢いを増してこちらに迫って来ていた。
オートセーブが発動するなら、このまま魔竜に殺されそうになっても構わない。
しかし、俺たちはそれをできない状況に立たされている。
「……こうなったら、イチかバチかだ」
俺は修復途中の剣をレイヤの元から取り上げると、何をする気だと言わんばかりに3人からの視線が向けられた。
「俺が囮になる!その隙に、エーテルタワーの範囲に飛び込め……!」
そう、俺たちは不幸にもエーテルタワーの範囲から外れている。
あの魔竜を越えなければ、俺たちに生き残る道はない。
俺は仲間達の制止の声を振り切り、前方から迫る魔竜に向かって再び走り出した。
魔竜が右腕を大きく振りかぶり、攻撃を仕掛けてくる。
俺は勢いよく振り下ろされた腕を躱し、魔竜の懐に飛び込んだ。
俺の右手に握られたボロボロの剣、全力で魔竜に突き刺してやる。
「くらえ───っ!!」
雄叫びを上げて力を込めた渾身の一撃を、魔竜の胸元へ目掛けて放った。
剣の刃は衝撃に耐えきれず砕け散る。構うものか、俺は柄だけになった剣を勢いのままに押し込む。
魔竜は苦しそうに足掻き、仰け反らせながらその巨体を大きく揺らしている。
「よし……!攻撃が効いている……!」
魔竜への手ごたえに思わず口元が緩む。
これならいける。
「アレン!!」
どこからか俺を呼ぶカレンの声がした。
無事に退避できたのだろう、俺もこの隙に早く退避しよう。
──あれ。
気が付くと、全身の力が抜けていく感覚に襲われた。
見ている景色がグルグルと回り、魔竜の元から離れていく。
しかし、魔竜の胸元には依然として剣を突き刺す俺の姿が残されている。
あぁそうか、オートセーブで引き戻されているのか。
俺は込み上げる達成感に安堵した。
やがて、グルグルと回っていた景色はグチャという音と共に、暗闇に変わった。
「し……よ……かの……」
女性の声がする。
寒くて暗い……ここはどこだ……?
「魂……導き……え……」
祈るような、女性の声……。
俺は暗闇から目を覚ました。
知らない天井だ。
アーチ状に作られた、どこか神秘的な……。
「お目覚めになられたのですねっ!」
ぼんやりとする頭で天井を眺めていると、涙ぐむ女性の声と共に暖かく柔らかな感触が伝わってきた。
そして花のような、優しい香り、いい匂いがする。
……ちょっと待て。
朦朧とする意識を集中させて、微かに感覚の残る左手を頼りに柔らかな感触の正体を探る。
「うひゃあ?!」
左手に柔らかく弾力のある感触を覚えると、何やら悲鳴を上げる女性の声が聞こえてきた。
声がした方向へ視線を向けると、赤面をした銀髪の修道女が両腕で胸元を抑えている。
身体の中心へ寄せるように両腕を組み、その間には堂々とした二つの膨らみが鎮座している。
これは一目で理解る。すごくデカい。
「……そ、それだけは、いけません……っ!」
シスターの女の子は泣き出しそうな声で俯いている。
俺は自らの行いの罪深さを察した。
「す、すまない!そんなつもりじゃ……!」
俺は必死に弁解した。左手に残る名残惜しい感覚の余韻に浸りながら……。
「!」
そこで俺は気づいた。
目の前にいるシスター、アーチ状の天井、薄暗く神秘的な雰囲気をした内装──。
「……ここは、教会?」
「……はい、此処は数多の迷える魂の集う場所、教会です」
つい、声に出てしまった俺の言葉にシスターが返答した。
冗談だろ?教会と言えば昔、死んだ冒険者を復活させていたとされる施設だ。
オートセーブが普及した今じゃ誰も使わない。もはや時代遅れの場所──。
「貴方様は死にました。そして、主の導きで復活なされたのです」
理解が追い付かない。頭の中に残る記憶を必死で思い起こす。
俺はさっきまで魔竜と戦っていたはずだ。魔竜の隙を突いた所をオートセーブで戻され……。
「……そうか」
俺は考えるのをやめた。
自分の記憶とシスターの言葉を掛け合わせて、ひとつの結論に辿り着いたのだ。
──そんな時代に、教会で目覚めるなんて。
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