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鬼上司と始める女官生活1日目

 後宮。ここはときに『この世で最も華美な檻』とたとえられる。


 名家出身の四妃を頂点とした序列は明確で、それを変えることができるのは皇帝陛下の寵愛だけ。

 しかしその皇帝陛下が訪れない後宮では、四妃の権力は絶対である。


 (ソン)家出身の喜凰(きおう)妃様、(コウ)家出身の春貴(しゅんき)妃様、(リュウ)家出身の豊賢(ほうけん)妃様、(ヨウ)家出身の栄竜(えいりゅう)妃様。


 この方々は生まれながらにして後宮に上がることが決まっていた皇后候補で、それぞれ生家が後ろ盾となっている。


 (コウ)家出身の春貴(しゅんき)妃様は仁蘭(ジンラン)様の従妹にあたるが、人見知りで親族とも交流がほとんどなかったらしい。


『四妃は対等な身分とされているが、実際には孫家出身の喜凰(きおう)妃が最も上位の妃だ。父親の(ソン)大臣が兵部に大きな影響力を持っているからだ』


 仁蘭(ジンラン)様はそう言っていた。


 後宮自体は宮廷や政治とは分離された場所だとされている。でも実際には妃の生家の力は無視できない。庶民出身の下級妃である私には縁のない、複雑な事情があるらしい。


「ここが喜凰(きおう)妃様の宮……」


 私は淡緑色の衣に黒い帯という装束に着替え、喜凰(きおう)妃様の宮へやって来ていた。

 今日からここで新米女官として働くのだ。


「大きい……! すごい……!」


 あまりに豪華絢爛な宮に私は圧倒されてしまう。

 同じ後宮の敷地内にあっても、薄暗い竹林のそばにひっそりと佇む私の宮とこちらのでは雲泥の差がある。


 黒檀の黒い梁は傷一つなく美しく磨かれていて、蝶や鳥の模様が彫られた豪華な門扉は厳重に警備されている。中へ入るまでに二カ所で許可証を提示し、今日からここで働く女官であることを証明しなければいけなかった。


 本当は下級妃だけれど、顔が知られていないので助かった。


 ここへ入る許可証は、仁蘭(ジンラン)様は裏から手を回して取得してくれた物だ。

 仁蘭(ジンラン)様は(コウ)家の次男であり、皇帝陛下の側近で尚書省に属する最高位の役人だった。


 皇帝陛下のお言葉を直接受けられる数少ない人物で、行動を共にすることも多いという。

 人違いが発生した理由は、召喚術のために密かに買い取った髪の毛が彼の物だった……という説が濃厚である。


 流千(ルーセン)は「呪符に書いた条件と髪の毛の持ち主が違うのに、召喚術が発動したのはおかしい!」と納得していない様子だったけれど、初めて使った術だからそういうこともあるんじゃないかと言って弟を宥めた。


 私が仁蘭(ジンラン)様に命じられた仕事は、女官のふりをして喜凰(きおう)妃様の宮に潜入すること。


『美明という女官の居場所を探れ』


 彼はあの夜、私にそう告げた。


 丹美明(タン ミメイ)。黒目黒髪の二十二歳で、彼女は二年前から喜凰(きおう)妃様の宮で働いていた。

 表向きはただの女官。でも、皇帝陛下の密命を受けて喜凰(きおう)妃様及び父親の(ソン)大臣を調べていたのだとか。


 右目の下に小さなほくろが一つあり、右手の親指の付け根に爪と同じくらいの痣があるのが外見の特長だそうだ。


『美明は四カ月ほど前……年が明けて三日後に忽然と姿を消した』


 仁蘭(ジンラン)様が最後に彼女と会ったのは新年初日の宴の場で、それから五日後の定期連絡がなかったことで彼女が行方知れずになっていることを知ったらしい。


 仁蘭(ジンラン)様の部下が美明(ミメイ)さんの家族を装い後宮の管理局に行方を尋ねたところ、「丹美明は年が明けて三日目までは喜凰(きおう)妃様や女官たちからその姿を見たと証言があった」と。ところが具体的なことは何一つわからず、「丹美明(タン ミメイ)は自分の意志でいなくなったようだ」とだけ回答が寄こされた。


 ちゃんと探したの? と私でも疑ってしまう、あっさりとした答えである。


 後宮入りしてまだ三カ月の私は知らなかったけれど、後宮とは実におかしなところで人が一人いなくなったところで誰も詳しく調べないそうだ。


 人間関係が拗れて自害、ときおり後宮にも現れる武官や官吏に恋をして駆け落ち、将来を悲観して失踪……そういったことはままあるのでいちいち深追いしないのだとか。


『使用人は総勢二千人、代わりなどいくらでもいる。美明のほかにも行方不明者は多数いるが、誰も捜そうとしない』


 人の命が軽い。軽すぎる。

 私は愕然とした。


『美明は責任感の強い性格だから失踪などあり得ない。その身に何かあったと考えている』


 仁蘭(ジンラン)様は苦い顔でそう言っていた。


『何かって何ですか……?』

『それがわからないから、こうしておまえに調べろと命じている』


 普通に考えれば、皇帝陛下の密命を受けていたことがバレてその身に危険が及んだとしか思えない。あまりに不穏な気配に私は表情を曇らせた。


『後宮は男子禁制。しかも宮廷の目が行き届かない場所だ。だからおまえが喜凰(きおう)妃の宮に潜入し、美明の情報を手に入れてこい』


 ただの薬屋の娘にそんな無茶なと思ったものの、召喚術の一件や(ハン)家のことがあるので私に選択肢などない。


 流千(ルーセン)は「さすがに時が経ちすぎているからすでに亡くなっているのでは?」と懐疑的な言葉を口にしていたが、仁蘭(ジンラン)様は「美明は生きている」と言い切った。


 その根拠は、美明(ミメイ)さんが付けている耳飾り。


 仁蘭(ジンラン)様の刀にある翡翠は、強力な護符であると同時に主人に生死を知らせるまじないがかかっているらしく、彼女もまた同様の耳飾りを持っているそうだ。


美明(ミメイ)はどこかで生きている。居場所を知る手掛かりがほしいと皇帝陛下がお望みだ』


 皇帝陛下のことはお顔も知らないけれど、いなくなった部下を探そうとする優しさは持ち合わせているのだということもわかった。


 私はそれを聞いて少し安堵していた。

 この国を統べるお方は冷酷な人ではない。

 私ががんばれば、(ハン)家のことも救ってくださる希望が見えた。


 それに……仁蘭(ジンラン)様は話しをするうちに次第に感情が瞳や声に表れはじめ、悔しげに拳を握り締めていた。伝わってくるのは、怒りや焦り。この方もまた美明(ミメイ)さんを見つけたいと本気で思っているだと感じられた。


 仲間がいなくなるのはつらいだろうな……。

 私はこの仕事を引き受けることにした。


 断れないというのはさておき、あのとき私は仁蘭(ジンラン)様に同情したのだ。行方知れずの美明(ミメイ)さんが可哀そうだし……。

 けれど、人の心配をしている場合ではないとすぐに思い知らされた。


『これは取引だ。役目を果たすことが最優先で、死んだらそれまで。何かあっても助けが来ると思うな』

『死にたくないですよ!!』


 仁蘭(ジンラン)様は無慈悲だった。

 あまりに酷い言い様に、私はつい『暴君! 人でなし!』と叫んでしまった……。


 あれから三日。さっそく今日から女官として諜報活動を行うことになった。


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