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美貌の妃の正体①

 今思えば、仁蘭(ジンラン)様との出会いは最悪だった。

 皇帝陛下を召喚するつもりがとんでもない人違いをしてしまい、しかも何の因果か彼は溺れて衰弱していた。


 目覚めたら目覚めたでひと悶着あり、助かりたければ仁蘭(ジンラン)様の命令に従うしかなくて。

 冷たい目で「助けが来ると思うな」なんてよく言えたものだと今思い出しても震える。


 それが今では大切な人になっているのだから、この心境の変化には自分でも驚いている。


 私が後宮に入ったのは皇帝陛下に(ハン)家の窮状を嘆願するためで、恋をするためではない。さらに言うなら、仙術士にどうにかされるためでは絶対にない。


 するべきことはたくさんあるのだからこんな風に捕まっている暇はないのだ。

 何としても無事に宮へ戻らなければ。


 仁蘭(ジンラン)様が迎えに来たら「遅かったですね」くらいの文句は言わせてもらおう、そんなことを考えていた。


 下弦の月に、薄く連なる雲がかかる。

 美明(ミメイ)さんの代わりに牢の中にいた私は、見知らぬ武官によって祈祷殿へと連れて来られていた。


 時間と共に回復した私は、今では自分の足で歩けるようになっている。


「もっと早く歩け!」


 強引に私の腕を引っぱる男は、地下に運んだはずの私がいなくなったことに気づいて探しにきたようだった。


 禅楼(ゼンロウ)様に眠らされた私を運んだのもきっとこの武官だろう。


 牢の中にいた私を見て「目を離した隙にこんなところに……!」と眉を顰めていた。

 私が何も答えないでいると、彼は問いただす時間がもったいないという様子で私を強引に牢から引っ張り出し、手首を縄で縛ると祈祷殿へと通じる隠し通路から殺風景な庭へ出た。


 漆黒の門をくぐると、見張りの武官が三人立っているのが見える。


 彼らは武官に怒鳴られる私を見ても顔色一つ変えなかったので、ここにいる者たちは禅楼(ゼンロウ)様の手下なのだと察する。


「……私はこれからどうなるのですか?」


 この武官が私を探しに来るまで、地下で騒ぎは起きていない。仁蘭(ジンラン)様と美明(ミメイ)さんは無事に宮廷に戻れたはず。


 牢を出されてしまった今、仁蘭(ジンラン)様に私の居場所を伝えるすべはなく、平静を装っても不安な気持ちは高まっていた。


禅楼(ゼンロウ)様がおまえをお呼びだ。俺が知っているのはそれだけで、これからどうなるかなんて知らないし知るつもりもない」


 嫌味な言い方だった。

 私が酷い目に遭ったとしてもどうでもいいと本気で思っているのが伝わってくる。


「あなたが私を見逃してくれることは?」

「ない」

「でしょうね」


 わかっていたけれど、がっかりして視線を落とす。

 祈祷殿の中へ入ると黒檀の柱がいくつもあり、ここにも武官が立っている。

 牢を出てから逃げる機会を窺っていたけれど、どうやらそれは無理そうだった。


「この奥が祈りの間だ」


 長い廊下を進んでいくと、奥に巨大な扉が見えてくる。蓮の花が彫られた豪奢な黒い扉は、病を患った妃が祈りを捧げる場所へと繋がっている。


 本来は神聖な場所のはずなのに、今の私には薄気味悪く思えた。

 扉の前にいた見張りの男が二人がかりでそれを開け、私たちはさらに奥へと進む。


 そこには、真白い法衣を着た禅楼(ゼンロウ)様と朱色の襦袢を纏った喜凰(きおう)妃様がいた。

 二人の後ろには立派な祭壇があり金銀の器や呪符などが並んでいて、嫌な予感がした私は初めて武官に抗い立ち止まる。


「よく来たわね、樹果。元気そうで嬉しいわ」


喜凰(きおう)妃様……」


 この神々しいほどの美しさは、ほかの女性たちから若さを奪って保たれているものだった。

 彼女は私を見て、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべている。

 今この状況でも笑顔でいられるなんて……。その不気味さにぞっとして肌が粟立つ。


 皇帝陛下を待つ健気な態度も、新米女官の私に目をかけるような言動も、全部嘘だったんだ。わかっていたはずなのに、こうして対峙すると胸が苦しい。


 武官は私を二人の前に連れていき、強引に膝をつかせた。

 後ろ手に縛られているせいでうまく座れず、私は倒れこんで左肩をぶつけてしまう。


「痛っ」


「あらあら、大丈夫? 困るわ、怪我でもしたら。あなたは健康で元気なところが贄にふさわしいのに」


 喜凰(きおう)妃様は、右手を頬にあて心配そうに言う。さらには武官に対し「大事に扱ってくれないと」と苦言を呈す。


 こんな風に一切の罪悪感なく女性たちから若さを奪ったのかと思うと愕然とした。


「なぜ……なぜ皆から若さを奪ったのですか? 酷いと思わなかったのですか?」


「酷い? そうかしら? 私は、ただ無駄に失われていくだけの若さをもらってあげただけ」


「もらってあげる?」


 一切の罪悪感もない声音。喜凰(きおう)妃様は、頬に手をあて不思議そうに言った。


「美しい人がより美しくなった方がいいでしょう? 宮女たちは美しくある必要がないのだから」


「そんな理由で……?」


 そんなことは理由にならない。この方はすでに正気ではないのでは?


 肩の痛みに顔を顰めながらゆっくりと身を起そうとすると、喜凰(きおう)妃様はくすりと笑いながら私に近づいてきて髪を一束取って「艶があって素敵ね」と言った。


「樹果、知ってる? どれほど手入れしようと、肌も髪も少しずつ枯れて美しさが色褪せていくの。皆は口を揃えて褒めてくれるけれど、私はそんな慰めより永遠に続く若さが欲しいわ」


「永遠なんて……」


 無理に決まっている。

 あまりに現実とはかけ離れた願望に、私は顔を顰めた。


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