まさかの疑惑
慈南さんは真剣な顔で続けた。
「前にここで仕えていた女官も、ときおりあの人と会っていたの。そのときはどうでもいいと思って気にも留めなかったけれど、その女官は突然いなくなったわ」
ん? どうやら私が仁蘭様の命令でここへ来たことは気づいていないようだった。
その口ぶりから、どうやら美明さんがいなくなったのは仁蘭様が関わっていると思っているみたいで────。
「もう会ってはだめよ。あなたも連れ去られるかもしれない」
仁蘭様! 誘拐犯だと思われていますよ!
これは彼の名誉のために否定した方がいいのか、あぁ……でも私が仁蘭様と通じていることは明言しない方がいいはずだ。
どうしよう。
迷った挙句、私は慈南さんの勘違いを正さないことを選んだ。
「そうなんですね! 道に迷ってしまって助けてもらっただけなんですが、私もこれから気を付けます」
ごめんなさい、仁蘭様! 不審者のままにしておいてごめんなさい!
心の中で精いっぱい謝罪する。
せっかく私に歩み寄ってくれたのに、慈南さんに正直に話せないことも心苦しかった。
慈南さんは本当は優しい人で、ここで生きていくために色々と見て見ぬふりをしなければいけないのだろう。ほとんどの女官が生涯ここで過ごすことを思えば、正義感を振りかざしてこの人を責める気にはなれない。
「あの、いなくなった……美明さんという女官のことについて聞きたいんですけれど」
「もしかして知り合いだった?」
「いえ! 宮女たちから聞いてちょっと気になっていて……」
あくまで女官になってから知ったという体を貫く。
「私みたいに女官の皆さんとうまく関われていなかった、というわけじゃないのにどうしていなくなったのかなぁって不思議で」
宮女たちからは、美明さんについて大した情報は得られなかった。
目立った揉め事はなかったはずで、でも慈南さんなら何か知っているかもと期待を抱く。
「赤髪の男性と一緒のところを見たという以外に、何かご存じないかなぁと思いまして……」
ただの興味本位だという風に尋ねる私に、慈南さんは何かを思い出しながら答える。
「特にそれ以外は……? 宴の夜を最後にいなくなったから、てっきりあの男と駆け落ちでもしたのかと思ったのよ。でも、美明がいなくなった後もあの男があなたといるのを見たから……連れ去られてどこかに売られたんじゃないかって」
慈南さんは、仁蘭様を相当警戒していた。
悪いイメージが膨らんで、人攫いだと認識している。
彼女の話を聞いていると、ふと疑問に思うことがあった。
「美明さんって宴の夜にいなくなったんですか? それからは誰も姿を見ていない?」
私たちは、茉莉繍球を見つけたことでそれに気づいた。けれど、女官たちの認識では宴から数日後にいなくなった……ということになっているのでは?
慈南さんは少し躊躇いがちに言った。
「後宮の管理者が美明のことを聞き取りにきたとき、喜凰妃様が『宴の後も美明はいたわ』っておっしゃったから、皆それに倣ったのよ。喜凰妃様にそれは記憶違いだなんて言える人はここにいないから」
管理局は、ただ聞いた通りに報告を上げただけ……。
やっぱり喜凰妃様はわざと美明さんの失踪した日を偽ったのだ。
「こんなこと聞いてどうするの?」
「いえ、何となく気になっただけです」
私はそう言い切るも、慈南さんは「本当に?」と少々疑っている様子だった。それでも、再び忠告してくれる。
「余計なことは詮索しない方がいいわ。上の方々の機嫌を損ねたら困るのはあなたなのよ」
そう言うと、慈南さんはくるりと背を向け歩いていってしまった。最後に語気を強めたのは、私を案じてくれているからだとわかる。
こんな状況でなければ仲良くしたかったけれど、それは叶わないことだ。
彼女の忠告に感謝し、私も廊下を去った。




