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寝起きの美男子を押さえつける下級妃

 召喚術の失敗からまもなく、人違いでここへ喚ばれてしまった青年は私の寝所で眠っていた。


 流千(ルーセン)の長衣はこの人には少し袖が短く、でも脈を測るのにはちょうどいい。

 腕の太さや逞しい体つき、小さな傷がいくつも見られることからこの人は常日頃から危険な環境に身を置いてきたようだった。


 寝台で眠る彼の傍らで座って容体を見守っていると、背後から流千(ルーセン)が声をかけてきた。


「こちらのお死体様……じゃなかった、お役人様? は、濁流にでも呑まれたのかな? 服が藻や泥だらけで、縫い目にまで入り込んでて取れないよ」


 流千(ルーセン)は文句を言いながらも、彼の着ていた服や帯を洗って編み細工の間仕切りに干してくれた。


 彼の身に着けていた物はどれも上等で、かなりいい家柄の出身なのだろう。

 何でそんな人が夜にびしょ濡れに……? 水辺を歩いていて、うっかり落ちたんだろうか?

 かなり体力を消耗しているようだから、もう少しで溺死するところだったのかもしれない。


 私は彼の手首をそっと離し、掛布を整えた。

 着替えさせて火鉢で部屋を温めたから、体温も次第に上がってきたみたいで安心した。


「事情は分からないけど、とにかく今はこの人が目を覚ますのを待つしかないわ」


 私がそう答えたのとほぼ同時に、ずっと眠っていた彼が「うっ」と小さな声を上げて薄く目を開けた。


「あっ、気が付きましたか? お名前やお年は言えますか?」

「…………」


 まだ意識がはっきりしていないらしい。

 私が話しかけても、彼はしばらく天井を見つめていた。ところが急に上半身を起こそうとして横にふらつき、私は慌てて彼の体を両腕で支える。


「いきなり起きてはいけません!」

「…………行かなければ」

「え?」

「離せ。俺に……構うな」


 私を突き飛ばすようにして強引に離れた彼は、荒い呼吸が相当につらそうだった。

 こんな状態で出かけてはいけない。私は必死で彼を止めた。


「今はまだ無理です! まずはしっかり休まないと!」

「うるさい」

「死にたいんですか!?」

「死んだらそれまでのこと」


 そう言った彼の口元が薄っすらと笑っていた。自分自身を嘲笑うかのようだった。

 自分の命など大した価値などない、そんな考え方が伝わってくる。


 何があったかは知らないが、死に急ぐ行動は許せない。


 薬を求めてやってくる人々はとても切実な表情をしていて、それをずっと見てきた私は無性に腹が立った。


「行かせません」

「っ……!」


 私は強引に彼の腕を取り、寝台に押し倒す。

 艶やかな襦袢姿に似つかわしくない馬乗りに近い状態で、彼を見下ろした。


「今動いたら死ぬかもしれないんですよ! あなたもわかっているでしょう!? どんな事情があろうと、今は休んでください!」


 私の剣幕に驚いたのか、彼はぎょっと目を瞠り言葉を失う。

 命は何より最優先。勝手に召喚した負い目がないわけではないが、弱っている状態でここから出すわけにはいかなかった。


「『死んだらそれまで』だなんて言わないで! 命は一番大事なの!」


 起き上がらせてなるものか、と私は怒鳴りながら彼を睨む。


采華(サイカ)、ちょっと」

「何?」


 横から流千(ルーセン)の声がして、自分の下にいる彼から目を逸らさずに返事をした。


「さすがにその体勢はまずいよ。襲ってるようにしか見えない」

「そんなこと言われても、この人が……」


 起き上がろうとするんだからこうするしかないでしょう。

 流千(ルーセン)の顔をちらりと見れば、やりすぎだと呆れた目をしていた。

 自由奔放な弟がこんな顔をするのだから、本当にまずいのだろう。


 どうしようかと迷っていると、おとなしく私に押し倒されていた彼がいきなり私の腕を掴んでぐっと引いた。


「きゃあ!」

采華(サイカ)!」


 一瞬のうちに、二人の体勢が入れ替わる。

 今度は私が仰向けに押し倒され、見上げた彼の目があまりに鋭くて息を呑む。

 呼吸も荒く、顔色は悪いままなのにすごい力で抗えない。


「おい! 采華(サイカ)を離せ!」


 流千(ルーセン)が慌てて彼の肩を掴み、私から引き剝がそうとする。


「女に押し倒されたおまえが悪いんだろう! 何やり返してんだよ、器が小さすぎるぞ!」


 やめて、この人を刺激しないで!?

 弟の暴言に私はびくりとする。


「だいたい、こっちは休めって言ってるだけだからな! 無茶して死ぬのはおまえなんだよ! ってゆーか今死ね! くそっ、こんなやつ助けるんじゃなかった!」


「もうやめて。お願い流千(ルーセン)、黙って」


 私の小さな声が寝所に響く。


 流千(ルーセン)に肩を掴まれてもびくともしないこの人は、今もずっと私を見下ろして睨んでいる。

 まだ夜明け前で、やけに心臓の音もどきどきと大きく聞こえる気がした。


 殴られる? 首を絞められる……?

 そんなことが頭をよぎるも、私を掴んでいた大きな手がすっと離れていった。


「え?」


 どうやら解放されたらしい。私がゆっくりと身を起こすと同時に、彼は寝台の端に片膝を立てて座り、苛立ちを含んだ声で言った。


「……一刻だ。一刻はおまえの言う通りに休む」

「は、はい」


 一刻なんて、ひと眠りするには少し短い。だとしても、ここで意地になっても仕方がないことはわかっていた。


 私はすぐに寝台を降り、彼を一人にしようと流千(ルーセン)の袖を引っ張って部屋を出る。


「水さしは卓の上にありますので。ほかに必要な物があれば呼んでください」

「…………」


 引き攣った笑みでそう伝えるも、返事はなかった。まだかなり警戒されている。

 うん、目覚めたら知らないところにいたんだから警戒するよね……!

 でも今はとにかく休んでもらうことが大事なので、私たちは静かに退出して流千(ルーセン)の部屋へと向かうしかなかった。


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