これも仕事の一環
流千は小屋に近づき、扉に手を翳して目を閉じる。
「もう何の仕掛けもなくなっている……。僕が呪いを受けたから効果が切れたんだろうね」
「つまり、中に入れるってこと?」
そう尋ねると、流千は「あぁ」と言って頷いた。
扉は取っ手を横に動かしただけで開き、中は木箱や小さな樽、薪などが少し積んであるだけだった。動物が飼われていた形跡は一切なく、臭いもない。
「特に何もないけれど……?」
ここで神獣を閉じ込めていたようには思えなかった。
ところが仁蘭様が床を鞘でコンコンと二度突くと、やけに鈍く響いた気がした。
「下に何かある?」
目を丸くする私に対し、仁蘭様は床を見つめたまま言った。
「違法な物を運んでいる者たちは床下にそれらを隠すのが常套手段だ。地下は物が腐りにくく、見つかりにくい」
「なるほど」
扉はすんなり開いたのに、床にはよく見ると傷に見せかけて文字が彫ってある。
それを見た流千はにやりと笑い、すぐさまその文字に右手の人差し指を這わせて神力を流し込んだ。
床の一部が白く光ったと思ったら、カタッと小さく音がして地下へと続く入り口が現れる。
「階段? 地下室があるってこと?」
こんな古い小屋に仙術で仕掛けをしてわざわざ作ってあるなんて……。
驚く私を振り返り、流千は言った。
「本来なら通行証になる呪符が必要だったのを、誰でも入れるように上書きしておいた」
「そんなことできるの!?」
「それほど複雑な術じゃないよ」
平然と言ってのけるけれど、私みたいな普通の人間には考えられないことだった。
床下に現れた階段を覗き込めば、薄暗くて不気味に感じる。
「地下には何が……?」
こんなところでまともなことが行われているとは到底思えない。
「では、仁蘭様ちょっと中を見てきてください」
「おまえも行くに決まっているだろうが」
流千は面倒事の気配を感じ取り、仁蘭様に任せるつもりだった。
しかし仁蘭様はそれを許すはずもなく流千の襟を掴み強引に地下へ繋がる階段に押し込もうとする。
「ありがたく働け」
「人使いが荒い! 病み上がりなんですけど!?」
「あれだけ食べたらもう平気だろう」
私は当然一緒に行くつもりで神獣様を抱き上げる。
それなのに仁蘭様はこちらを振り向き言った。
「采華は戻れ」
「え……?」
その眼差しの強さに一瞬怯んでしまう。
調査するのに私は邪魔だと言いたいんだろうか?
でもこのままおとなしく従うのは嫌だった。
「私も行きます。何か手伝えることがあるかもしれま……」
「ない」
「即断ですか」
仁蘭様はきっぱり言い切る。
検討の余地もないといった様子に、私は自分がそんなに役立たずなのかと肩を落とした。
「ここに美明さんがいるかもしれないじゃないですか? これも仕事の一環だと思うんですけれど」
「おまえに何をさせるかは俺が決める。ここには入らなくていい」
「それを言われると……」
確かに、雇い主は仁蘭様だ。決定権は彼にある。
だとしても私はすぐに引き下がれなかった。
「心配なんですよ、二人が」
「……」
せめて一緒にいさせてほしい。
昨夜みたいに自分の知らないところで二人が恐ろしい目に遭うかも……と思うと不安だった。
仁蘭様は私の気持ちがわかるのか、少し困った風に眉を潜める。
「采華のことが心配なんですよね、仁蘭様は」
「は?」
流千はうんうんと大げさに頷いて「わかりますよ」と一人で納得している。
「僕より采華の方が大事なんですよね? 僕には一緒に来いと言うのに采華には戻れって……それはちょっと悲しいんですけど、でもまぁ僕だって仁蘭様より采華の方が大事なんでお気持ちはわかります」
「……」
「いえ、心配なのはわかるんですけれど! 今ここで采華を一人帰して、もしもそれを誰かに見られたら余計に危ないんじゃないかなって。一緒にいた方が守れると思います」
だから皆で行きましょう、と流千は提案した。
仁蘭様は険しい顔つきになり、その目からは迷いが感じられた。
普段の仁蘭様だったら「心配なんてしていない」と否定しそうなものなのに、今日は何も言わないんだ。私が邪魔だから戻れって言っているんじゃなくて、本当に心配してくれているの……?
そういえば、昨夜も私が身投げしようとしていると勘違いして焦っていたような?
急に胸がそわそわし始めて、心配されて嬉しいと思ってしまっている自分に気がつく。
「采華」
「は、はい?」
急に話しかけられて、私はびくりと肩を揺らす。
仁蘭様はじっと私を見下ろし、神獣のことを一瞥した後で言った。
「くれぐれも無茶はするな。俺が逃げろと言ったら神獣を連れてすぐに宮へ戻ると約束しろ」
「はい! わかりました!」
「みゃっ」
私は背筋を正して返事をする。
本当に大丈夫なのかと疑いの目を向けていた仁蘭様だったけれど、今は先を急ごうと決めたらしくすぐに踵を返して地下へと向かった。




