宮女に話を聞きましょう
庶民の暮らししか知らない私にとって、女官の仕事は少なすぎる。
これで人手不足とは……? と疑問を感じながらも、喜凰妃様の宮にいる女官たちも貴族のお嬢様なのでせかせか働くことなんてあり得ないのだと食堂で親しくなった宮女から聞いた。
掃除を担当している二十五歳の宮女、華蓮は先代皇帝の時代から後宮で働いていて、今年で十三年目だと話す。
仁蘭様が手配してくれた食糧の中に砂糖菓子があったので、私はそれを渡すことで華蓮と親しくなるきっかけを作ったのだった。
「喜凰妃様に仕える女官で、貴族でないのは李慈南さんだけよ」
慈南さんとは、初日の挨拶のときに私を睨んでいなかったあの人だ。平民といっても地方豪族のお嬢さんだそうで、後宮に来るまではどちらかというと世話をされる側だったはず。
平民の中でも格段にお嬢様である。
「おいしい、甘い物なんて久しぶりよ」
頬に手を当てて幸せそうな顔をする華蓮を見ていると、私も自然に笑顔になる。
四妃様専属の宮女であれば砂糖菓子などはたびたびお妃様方からもらえるのだが、彼女は複数の宮を掛け持つ宮女なので甘い物とはあまり縁がないのだと嘆いていた。
もう一つどう? と薦めながら、私はさりげなく問いかける。
「私が女官になれたのは、喜凰妃様のところで働いていた女官が一人いなくなったからって聞いたんだけれど」
「あぁ、そうらしいわね」
「その人のことって知ってる?」
華蓮は砂糖菓子を飲み込んでから、目線を斜め上にして記憶を辿るそぶりをしながら話し始めた。
「いなくなった女官っていうと美明さんかな? 確か、新年の宴のしばらく後にいなくなったんだよね。私たちみたいな下っ端の宮女のことも気にかけてくれて、理不尽な命令もしてこなかったしいい人だったよ」
「そうなんだ……」
「美明さんのことを聞くなんてどうしたの? もしかして不安になった?」
そう指摘され、私はどきりとする。
怪しまれたかなと不安に思いながら、苦笑いで答えた。
「あ、うん。だって、いなくなっちゃったなんてどうしたんだろうなって思って。私はまだ数日しか働いていないけれど、逃げ出したくなるほど忙しいわけじゃないから……その、これから仕事が厳しくなるのかなって不安に思ったの!」
取って付けた理由だったが、華蓮は信じてくれたみたいだった。
「働き始めたばかりって不安よね。でも大丈夫、気づいたら十年くらい経ってるから!」
「十年」
このままそんなに経ってしまっては困る。
私は笑顔が引き攣りそうになった。
「女官は仕事量より、人付き合いの方が大変だと思うよ? 喜凰妃様の宮に限った話じゃないけれど、女同士の争いってどこにでもあるから」
華蓮は少し困った顔でそう言った。
「これまでもそういう理由で辞めていった子は多くてね。まぁ、帰れる家や別の働き口があるならそれでもいいと思うんだけれど、見送る方はちょっと寂しいわ」
「そうなんだ……。あのさ、美明さんも女官の誰かと気が合わなかったり喧嘩したりしてた?」
私は華蓮の反応を窺いながら質問する。
彼女は砂糖菓子をもう一つ指でつまみながら、さらりと答えた。
「特に何もなかったと思うよ? 美明さんは控えめな感じだったから、誰かと喧嘩するような性格には見えなかったし」
華蓮によれば、美明さんは控えめでまじめなといった人柄だった。むしろそれ以外の印象がなく、二年間もいたのに特に親しい友人などもいなかったそうだ。
もしかして、美明さんはあまり目立たないようにしていたのでは……?
結局、仁蘭様に報告できるような新事実は見つからず、私は華蓮に「また何か思い出したら教えてほしい」と言って別れた。




