4 現場視察という名の観光
ギルド員と顔合わせしたのは先週のこと。
この1週間は、地球で普通に仕事をして、晩御飯と宿泊をアンターシーでを繰り返した。洗濯も当然のようにやってくれて、シャツは毎日アイロンでパリパリ。
母がきてると誤魔化さなければならないほどの文化的で健康的な生活。
やはり毎日食べても美味いし、ベッドがふかふかすぎて肩こりが軽くなった。肩こりは枕の高さやシートも原因と聞くが、本当なんだな。このままでは健康になってしまう。
食っちゃ寝しているだけなのに、来てくれるだけでありがたいからと給与の支払いまであって、アンターシー通貨といえど申し訳なさが半端じゃない。
今日は休日なのでようやく事務仕事できると思ったが、せっかくの異世界なのでまだ観光してはということになった。
いい加減、俺に仕事をさせてはくれないか。
とは思うものの、正直なところ、ノスリさんは人出に困っているわけでもなく、今すぐ俺を働かせなければならない理由もないのだろう。それよりはこっちの世界に少しでもなじんで楽しみをひとつでも多く見つけ、勇者として正式に就労してほしいというところか。
彼らの事情を察するにつけ、急がなくてもいいのかという気にはなるものの、やはりこのままでいいのかという思いも消えず。
とはいえ、今日の観光の中身を聞いて、仕事しますの言葉は引っ込んだ。
というのは、いわゆるフィールドでの冒険に行くことになったのだ。
魔物を殺す気になったわけではない。生き物を殺すのには抵抗がある。が、せっかくの異世界ファンタジーでフィールドにでないという選択肢もないだろう。
ノスリさん含むパーティ全員で、城壁外近くの森の散策だ。
「本業があるだろうに、申し訳ないです」
今回の冒険は完全にボランティアだ。
稼ぎ頭たちに稼がせないのは申し訳ない。
「気にすんな。正直なとこ、あんたをもてなすのが今1番のお仕事だ。こっちに居てくれりゃ居てくれるほど有難いからな」
それもそうなのかもしれないが、申し訳なさは仕方ない。
「うちは護衛依頼が少ないから、練習かねさせてもらってるんで気にしないでください」
盾持ちのケリ少年からすると非常に貴重な機会だそうで。
なぜこのギルドで護衛依頼を受けないかと言うと、護衛対象が仲間割れしてしまうからだとか。サークルクラッシャー力は全方位に影響している。
「護衛依頼といっても、冒険気分を味わうためのものもあるんで。元冒険者のばあちゃんが思い出の地にもう一度行きたいというのもあります」
「思い出の味の再現のために、山菜を取りに行くというのもある」
魔王が存在する世界といえど、人々はそれなりに楽しく暮らしているということなのだろうな。
この森は木々も、おそらく、多分、普通の森、ということなんだろう。小学生の頃遠足に行った山の森と同じか、それよりはうっそうとしていない森。
冒険者が多く入るから、冒険者道が出来ていて、舗装はないものの歩きにくさもない。
今日は一般的な冒険者服を借りたから、丈夫なブーツなので何を踏んでも安心感がある。小枝が服にかかることもあるが、装飾もないので破れることもない。地味だがしっかりしている。
「あ、モンスターだ」
「え、どこ」
鹿がいた、くらいのテンションで不穏な単語が聞こえたが、猪がいたより安全そうに聞こえる。
が、モンスターはモンスター。どんな恐ろしい生き物がと思えば
「でっか!」
人の頭サイズはあるトンボが飛んでいた。虫取り網よりはるかにでかい。地球生物誌とかにある、昆虫全盛期の時代の巨大トンボを目の当たりにしている気分だ。
地球サイズを思えば確かに恐ろしい。恐ろしい、が
「あれは大丈夫なんですか?」
捕まえろ、触れと言われれば勘弁して欲しいが、どう見てもやや巨大なトンボ止まりだ。その気になれば拳で叩き落とせそうな気がしないでもない。もちろん、触りたくはないのだが。
「基本的には、人は襲わないすよ」
といいつつも、ケリ少年は俺のそばに1歩近づく。
「獲物は小動物だ。相当なちょっかいをかけない限りは安心だ」
反対にホシハジロさんは俺から数歩引く。
魔物であればとにかく人間を襲うということでもないらしい。
「小型のテイムモンスターを連れていると狙われることもあるかな」
あるのかテイム。そして獲物として狙われるなんて悪夢だな。
「まずじっとしてりゃあ安全だ。多少動いたって、俺らのサイズなら問題ねえよ」
道中の説明で、この世界では、動植物をまとめてモンスターということもあると教わった。地球の動植物と立ち位置は同じで、危険なこともあるが、基本的に彼らは彼ら自身の生き方を全うするだけだ。
一方で、危険極まりない動植物のことを魔物とよんで区別しているらしい。
「なにか魔法を使うんですか?」
こちらのモンスターは魔法を使うものもそれなりに多いらしい。
「軽度の麻痺だ。獲物を捕まえる用だな」
「人間が受けても、ちょっとジンジンするかな?くらいだから、安心してね」
受けても治せますよと美女に微笑まれて、じゃあやってきます、という男は多いのだろうが、俺は安全第一に生きる。
そもそも脅威度の小さいモンスターらしい。小さくても強力な毒をもっていたり危険なものもいるということだが、この辺で見かけることは少ないとのこと。
また素材採取の点からみても旨みがないらしい。たまに、昆虫採集マニアくら問い合わせが来る程度だとか。
つまり、少しばかり大きいだけで、害はなく人間を必ず襲うでもなく、非常に御しやすい相手ではあるとの事。
俺が魔物を倒すと謎の影響で世界に平和が訪れるらしいが、あれはモンスターだからあえて倒しても意味がないとの事。
「モンスターにだって普通に人間食べる種類もいるから、油断は勘弁です」
地球のクマやトラと同じ危険な隣人というポジションなんだろう。普通にいただかれたくないので地球と同じで慎重にいこう。
そうこう話しているうちに、トンボはどこかにとびさってしまった。
「魔物はこちらをみかけたらすぐ襲ってきてわかりやすく危険です。でもモンスターだって、子連れの母親の危険度は魔物に匹敵するんで、春は特に注意すね」
どこの世界でも母は強い。
「子連れドラゴンに襲われる話は後を絶たない」
子育てする恐竜みたいなものだろうか。俺が子供の頃は恐竜は産みっぱなしのひたすら強いイメージだったが、最近はかわいらしいイメージだ。勿論、あれに勝てるとは思わない。
「襲われてそのまま食べられることもあるし、営巣地には絶対近づかないこと」
まず人里の近くで営巣することはないということだが、そもそもドラゴンには近寄らないことにしよう。魔物ですらないという事だし。
「食べられないこともあるのか?」
「草食すね」
「大人は草食でも子供は肉食の種類もある。油断は禁物だ」
生命の神秘だな。
ドラゴンといえば神秘の存在、知恵あるものというイメージをもっていたが、こっちの世界では恐竜のようなものなんだろうな。
それはそれでロマンだ。地球では滅びた種を垣間見れる、というような。できれば見てみたいが、俺には敷居が高そうだ。何より、平和に暮らしてる彼らを脅かすのも悪いしな。
それにしても、先程からずっと喋り続けているが、冒険とはこんなものなのか?
「このあたりは小さいモンスターが多いし、モンスターは警戒心つえぇから喋ってるとこねぇよ。魔物はよってくるがな」
「私とノスリさんが警戒係だから楽しんでね」
殿のギルマス、先頭のサークルクラッシャーガール。
華奢な女性先頭でいいのかと思いきや、気配察知は彼女が1番上手いとのこと。
慣れない土地なら警戒のため口数は減るが、この森くらい馴染みになれば警戒ポイントが全て頭に入っているらしい。
「もう少しで川に出ますから、そこでお昼をいただきましょう」
「一般的な野営プチ体験してもらって、今日は日帰りな」
ワンダーホーゲル部どころかボーイスカウトより生易しい1日体験だ。
昼には、持参したサンドイッチと、川で釣った魚を焼いて、1杯飲み、寝床作りと実際に寝転がってこれは体が痛いな、と並一通りの感想をえて、ごく普通に喋りながら帰宅した。
そして今日の報酬を得て、今日のお礼にと酒や食べ物を全員に無理やり受け取らせた。
明日からはちゃんとアンターシーで生産活動をしよう。
心地よい疲労感で8時間睡眠し、日本の会社に出勤した。




