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黒ドレスの怪盗と燕尾服の侵入者

 まさか屋根の上に人がいるなんて予想外だ。舞踏会の夜に貴族の邸宅に侵入するなんて、どう考えてもあたしと同業者(泥棒の方)に違いない。


「盗みなんて人聞きの悪い。夜の散歩ですわ」


 覚悟を決めて振り向くと、燕尾服を着た男が満月を背に立っていた。蝶を模した仮面で目元を隠し、クスッと笑い声をもらす。


「ずいぶん奔放な散歩道ですね」


「人混みが苦手なので静かな道を選んだだけです」


 取り立てて特徴のない中流貴族のような服。仮面は王立魔法学院が貸し出しているあたしと色違いのものだ。


 ふと男の魔力に既視感を覚えて後ずさった。すると、あたしの心を読んだように男がスッと手を差し出してくる。


「レディー、せっかくですから踊りませんか」


 間違いない。この男はタルトだ。


「お一人でどうぞ。夜は冷えますのでお先に失礼」


 くるりと背を向け、あたしは屋根を蹴って塀に飛び移った。


「侵入者だ!」


 警備兵が叫ぶのを聞きながら垣根に飛び込み、透明化の魔法で姿を消す。ガレット邸を立ち去る前に屋敷を見上げると、タルトはまだ屋根の上に立っていた。


「仲間がいるぞ! 上だ!」


 囮になるつもりなのか彼はライトアップされた庭園に飛び下り、警備兵の足音が慌ただしくなる。


「捕まっちゃえばいいのに」


 その願いが叶わなかったのは、捕まりっこないと思っていたからかもしれない。


 翌日、教室は朝からガレット公爵邸に泥棒が入ったという話で持ち切りだった。当のタルトはのうのうと噂話に加わっている。


「被害がなくて幸いでしたわね」


「さすがガレット家の警備は素晴らしいですわ」


 ヌガティーヌは取り巻きの賛辞に鼻高々だ。犯人が捕まったことになっているのは公爵が手を回したのだろう。侵入者を逃したなんて名門ガレット家であってはならないこと。


「そういえばタルト、どうして昨日の舞踏会来なかったんだよ」


「誘ったけどフラレたから」


「どうせ高望みしたんだろ。男爵家には男爵家にふさわしい相手ってのがあるんだよ」


「たしかに高望みし過ぎたかも」


 クスッとタルトの笑い声が聞こえた。


 この一件があったあと、タルトは時々図書館奥の一角であたしを待ち伏せるようになった。おかげで隠し部屋で寛ぐ時間が減ってしまったけど、向かい合わせで書架にもたれかかってタルトと雑談するのは意外に悪くなかった。他愛ない話ばかりしていると、現実感のないこの世界でちょっとだけ地に足がついたような気分になる。


 タルトはきっとあの夜の黒ドレスの女があたしだと気づいている。でも、あたしもタルトもわざわざ名乗らないしあの夜のことは口にしない。口にしてしまったらこの穏やかな時間が壊れてしまうから。



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