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夏休みの計画と図書室の記憶

「ミエル、夏休みにヌガティーヌ様の領地に行くんだってね。どういう風の吹き回し?」


 小さな天窓から初夏の日差しが降り注ぎ、タルトの青みを帯びた黒髪が鍛えられた剣のように美しい輝きを放っていた。お昼になったばかりの図書館は定期考査が終わったばかりだからかいつも以上に静かだ。


「ヌガティーヌ様にお誘いいただいたから行くだけです。わたし以外にも平民が何人か招待されたと聞きました」


「ふうん、ヌガティーヌ様は案外健気だよね。平民に理解があるところを見せて王太子殿下の心証を良くしたいんだろうけど」


 タルトはおかしそうに笑ったけど、あたしにとっては笑いごとじゃない。舞踏会の日から二ヶ月以上かけ、ようやくガレット公爵領を訪れる機会を得たのだ。


 これまでヌガティーヌはまわりを貴族令嬢でガッチリ固め、本来なら平民を領地に招待するなんてあり得ないことだった。それが一転して平民を領地邸宅(カントリーハウス)に招待すると言い出したのは、婚約者であるカヌレ王太子の最近の口癖が「平民も平等に」だからだ。


 王太子ファンたちは「もしかして平民にいい人が?」と眉をひそめながら囁き合い、悪役令嬢ヌガティーヌも当然のことながら平民学生に目を光らせはじめた。


 おそらく王太子の口癖の原因はあたし。舞踏会の夜、うっかり王太子がいることを失念して本当の姿を晒してしまったからだ。


 あれ以来王太子の視線が鬱陶しい。地味な陰キャ女子が眼鏡を外してキラキラ女子になるのって、よく考えたら少女マンガの定番。意味のないキラキラ演出なんかするんじゃなかった。


 とはいえ、あたしが王太子の視線を完全スルーしているからか、それともいきなり態度を変えることに抵抗があるのか、カヌレ王太子が人前で話しかけてくることはない。あたしが教室の外で一人になる隙をうかがっているようだけど、タルトが素知らぬフリしてうろちょろしてるから王太子と二人きりになることなく過ごせている。


 幸いなことにヌガティーヌにも目をつけられていないようだった。王太子が瓶底眼鏡もっさり前髪の陰キャ女子に恋するとはみじんも思っていないのだろう。


 ならどうしてあたしが領地に誘われたかというと、ヌガティーヌは安全パイと判断したクラスメイトだけ招待したのだ。フワフワ系かわいい平民女子は今回カントリーハウスに招待されておらず、どうやら除け者にすることで制裁を加えたつもりらしい。


 それにしても問題はタルトだ。


「タルト様も行かれると聞きましたが、そちらこそどういう風の吹き回しですか? わざわざヌガティーヌ様に頼んだと言うではありませんか」


 彼がガレット公爵家の秘宝をあたしと同じタイミングで狙うのは予想していたけど、こっそり忍び込むのだろうと思っていた。


「ミエルが行くって聞いたから」


「そう簡単なものですか? タルト様はカヌレ王太子殿下と比較されることが多いですし、そのせいでヌガティーヌ様がタルト様を避けているように思っていました」


「領地に招待してくれたら王太子殿下を連れて来てあげるって約束したんだ」


「はっ? バカじゃないの?」


 思わず素が出てパッと口を覆った。タルトが腹を押さえて笑いを堪えている。


「タルト様がどうやって殿下を連れて来れるのですか」


「来るよ。殿下はミエルとぼくの関係を疑ってるから、ぼくたち二人が一緒に行くって知ったら王都でじっとしてられるわけがない。ぼくを招待したことを殿下に話すようヌガティーヌ様に言っておいた」


「タルト様がなにをしたいのかまったく理解できません」


 どうして犯行現場に面倒な客を増やすのか。呆れて果てて真面目に考えるのも嫌になる。


「ミエルだって、踊るなら一人じゃなくて二人がいいと思わない? バラバラじゃ意味がない」


「どういう意味です?」


「ぼくもミエルもおとぎ話に踊らされてるってこと」


 漆黒の瞳があたしを見つめる。あの人も黒髪黒目で、こうしてたくさんの本を背にあたしに笑いかけた。


 ――本当に黒髪黒目だったっけ。日本人だからそう思い込んでただけ?


 日に日に元の世界の記憶が薄らいで、恋慕の情だけが濾しとられたように純度を増していく。タルトのことが気になるのは、あの人のことを思い出させるから。別にタルトに惹かれてるわけじゃない。



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