エピローグ 幻日/You Only Live Once
古の都は今しも、束の間の喧噪を、乗り越えようとしていた。
いつかの朝のように、3つの日輪が山際で輝いている。斜めに差しこんだ日の光に、眩しくて目が眩みそうになる。それでも今度は、目を凝らし光に向き合ってみた。朧な虹色に陽光が霞む。……それは太陽の暈が見せた幻日だった。
風が吹いて、俺の体から、野風の柔毛を攫って行く。淡い日差しの下に、俺はやっと人間の肌を曝した。
リリの体温を近くに感じる。俺とリリは、塔の影から足を踏み出した。遠くにアテネやスペクトラ、彼に支えられたカミラタたちのシルエットが浮かぶ。その後ろには戦いを止めた、何百何千という、兵士たちの姿がある。
あの焼きつくような孤独や、凍りつくような罪の意識は、もう胸の内に棲みついていなかった。俺の新しい人生が、ここから始まるのだ。不意にそう実感する。
人生は一回きりだ。一度命を落とせば、再び生を受けることは無い。
だからこそ凡庸で、小人で、一匹の猿でしかないこの俺は、他の誰のものでもないこの人生を、この人生の中で、やりなおしていくしかないのだ。不器用なこの猿の転生を、何度でも繰り返してやろう。
届かない月は沈み、虚のように闇い空を、太陽が染め始めていた。
『転生編』 完