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人獣見聞録 猿の転生・Ⅰ 猿猴が月に愛を成す  作者: 蓑谷 春泥
第1章 サウンド・オブ・サンダー
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第14話 鳴神

 俺は思わず空を仰いでのけ反り、両腕を広げた。


「? 何かしら、そのポーズ」

「あ、いや……」


 俺は咳払いして腕をひっこめた。


「『ショーシャンクの空に』という映画があってだな……」


 アテネとボアは揃って首を傾げた。


 俺たちは正面の山道ルートに突入した。


「それで、これからどこへ向かうの?」


 アテネが樹々の上を飛び進みながら尋ねる。俺もボアを背負ったまま樹木を伝った。ゴムのように柔らかくよく伸びる笹の葉が垂れ下がった妙ちくりんな山の道だった。樹上移動は猿の強みだ。山道ルートは警備隊に追いつかれない最速のルートでもあった。


「このまま進めばいい。いずれ橋が見えてくるはずだ。そこから貧民窟に渡ることが出来る」

「スラムは貧民窟ですから、そこまで行けば追っ手を撒けます」


 ボアの事前準備によって、監獄周辺の地理は大体分かっていた。


「もうひと踏ん張りね」


 アテネは軽い口調で答えてみせる。しかし声には疲労が滲んでいた。当たり前だ、一ヶ月の特殊房生活に、一転塀を超え、森を駆け抜ける。タフそうに見えるが、さすがにこたえているはずだ。俺としても、責任を感じずにはいられない。


「それにしても、ヒトの身でよく樹上移動ができますな?」


 ボアソナードが尋ねる。


「ああ……、気になるわよね」


 アテネは表情を曇らせて返事をした。


「私、元は普通の女の子だったのよ。それがある時、『悪い魔法使い』に攫われて……こんな身体にされてしまったの。人並外れた丈夫な体と反射神経、筋肉に跳躍力……、五感も鋭くなったわ」


 そういえばあの「魔法使い」も恐ろしい膂力を持っていた。


「でも途中で目が覚めて、『魔法使い』のアジトから逃れることができたの。川を下って街に降り、しばらくは身を隠していたわ。でも『悪い魔法使い』から逃げているところを、禁則地を守護していた警備隊に見られてしまって……。それで追われることになったの」

「捕まると問題があったのか? 警備隊になら保護してもらえる可能性もあっただろう」

「ええ。でも、こんな身体だし、どんな調査を受けるか分からないと思ったのよ。最悪解剖なんてされたら……」


 アテネは身震いした。


「実際解剖まではされなかったけど、特別房に押し込まれて散々な生活だったわ。聴取には素直に応じたから、尋問は免れたけど……」


 アテネの姿が枝を縫って見え隠れする。鬱蒼としていて見通しが悪い。離されないように注意しなければ……。俺達は、黙々と森を突き進んだ。


 日が傾きかけた頃、ようやく河のせせらぎが聞こえてきた。森の端まで来たのだ。「この先」は警察隊もそう手出しできない。いわば安全圏だ。俺達は互いに目配せした。


「案外あっけなかったな」

「警戒していた林道との交錯地点でも、誰にも出くわしませんでしたね。鎧馬が飛び出して来た時には肝を冷やしましたが……」息を切らす俺の背でボアソナードが悠然と顎を撫でる。


「ところで」速度を上げたアテネが尋ねる。「目的地はどこなの? 闇雲に逃げまわれるほど警察隊の追及はぬるくないわよ」

「もちろん()()はある。『人外魔境(スラム・フライデー)』へ向かう」


 すぐ先に、王都と貧民街を隔てる大きな河が見えてきた。地図通り川を渡す桟橋も架かっている。「野風の集住地だ。警察隊の介入も少ない、一旦そこに身を隠す。ボアソナードの口利きで……」  


 その時、一筋の閃光が瞬いた。


 劈くような鳴動が轟き、雷の矢が林を抜けたアテネを撃ち抜いた。


「アテネ!」「アテネ殿!」


 ボアが俺の背から飛びのく。俺はアテネと地面の間に飛び入り、彼女の身体を抱きとめた。


「おい、無事か?」


 アテネの身体は熱を帯び、直撃したであろう部分からは微かに煙さえ上っていた。手首に指をあてる。脈は途切れていない。


「っ……。ごめんなさい。しくじった」


 アテネは呻いた。ダメージは傍目にも深刻だった。


「今ので気絶しないとは、なかなか丈夫だな」


 川下から声が近づいてきた。くたびれたコートが橋の前に立ちふさがる。


「カミラタ!」

「やはり来たか……、ましら。更生してくれると思ってたんだがな」


 帰路についていたはずのカミラタが、そこに居た。カミラタは十分距離をとって橋の前から俺達を窺う。俺はアテネを抱えて後ずさった。


「馬鹿な……! 早すぎる!」


 ボアソナードが木の蔭に身を潜め、驚愕の声を漏らす。


「ああ、信じられない早さだな。出獄と同時に罪を重ねるやつは初めてだよ。ボアソナード。こいつは新記録(レコード)だ、独房に楯でも送ってやる」

「いつから気づいていた」俺は唸る。


「それは囚人『ダイクシュテット』の正体(コートボアソナードのこと)か? それとも脱獄計画のことか? どちらもお前らの牢を訪ねた時に勘付いたよ。もっとも、疑念程度だったがな」

「……私の変装は、上手くいっていたはずですがね」


 ボアが低く問い詰める。


「髪や人相、体格は変えられても、身長まで変えることはできん。疑いを以て眺めれば『ダイクシュテット』の顔に貴様の面影を認めることは出来る。長い付き合いだからな」

「脱獄計画については?」


 俺は警戒を緩めず尋ねる。


「そもそもお前は別のルートに着いていたはず……。なぜこの時間にここにいる?」


 俺ははっとして叫ぶ。「お前がジンメルをやったのか?」


「ジンメル……? 囚人の仲間か何かか。やったとは何のことだ?」


 カミラタが訝し気に問い返す。ボアソナードを見る。首肯して呟く。「嘘はついていません。彼は本当に知らない」


 困惑気にこちらを眺めてから、気を取り直したようにカミラタが咳払いする。


「……ボアソナードの変装に気付けば、脱獄の可能性にも思い当たる。やけに俺の帰路を詮索していたし、お前の目は新人にしては随分と希望に満ちていたからな。あくまで最悪の可能性、くらいに考えていたが、念のため『網』をおくことにした」

「網?」

「ああ。いつどの様にで行われるか分からない脱獄に備えるのは難しい。ならばいっそ、脱獄のタイミングと逃走の経路をこちらで絞り込んでやろうと思ったのだ。ボアソナードの出所はすぐだったからな。決行するならこいつが居る間だと思った。だから俺の帰る日時を調整して、最も警備の手薄になる日を作った。これに飛びつかんわけがない。加えて帰路の選択肢を仄めかすことによって貴様らのルートを誘導した。俺が通らないはずの道が、貴様らの通る道だからな」

「私の真偽確定能力を、逆手にとったというわけですか……」

「ああ。人間は自分で見つけた情報を容易く信じる。会話を誘導されたフリをし、あえて真実を見抜かせ、油断させた」

「だが……、お前は宣言通り、街道か林道を通らなければならなかったはずだ。本気でそこを通る意志が無ければ、ボアソナードに見抜かれるからな。なのにどうして山道にいる?」


 俺は脱走の策を練りながら、時間稼ぎに会話を繋げた。カミラタは落ち着き払って律儀に質問に答える。


「街道か林道を通るとは言ったが、山道を通らないとは言っていない。つまり行程の中途でルート変更が可能ということだ。初めは宣言通り林道を通り、充分進んだところで強引に道を変えた。林道の丘陵、山道との交錯地点だな。あそこを転げ落ちて、無理矢理山道に突入したというわけだ。馬は耐えきれなかったようだが……」


 林道の下から飛び出して来た馬を思い出す。あれは、カミラタが乗り捨てた騎馬だったのだ。


 カミラタはぼろぼろになったコートの裾から、すっと傷一つない指を向けた。


「お喋りはお終いだ。それより、その女から離れた方が良い。お前に向けた電撃の巻き添えを食うぞ。二発も喰らえば命の保証ができない」

「投降しろと?」


 俺は舌打ちをして、アテネを抱えたまま木立の中に逃げ込んだ。追いかけるように、頭の上を電撃が飛んでいく。俺は首をすくめた。


「お気をつけください! カミラタは全身から放電ができる……。特に指先から放つ雷撃は志向性と飛距離が段違いです。その速度は落雷と同等……、姿を隠す以外に回避の術は無しとお考え下さい」


 桁違いな能力だ。俺は二股に分かれた木の枝と、掌ほどの大きさの石を拾い上げた。電光が閃く。……はずれだ。少し離れた樹木に直撃した。近くの茂みからなるべく長い葉を掴んで引っ張ってみる。葉は思った通りゴムのように長くしなった。Y字型の枝の先端にゴム様の葉を括りつけ、即席の狙撃武器(スリングショット)を作る。握った石(つぶて)ごとゴム葉をぎりりと伸ばし、カミラタに狙いを定める。


「おっと、これは」


 カミラタは頭をかがめ、石の弾丸をひらりと躱した。狙いは悪くなかった。しかしさすが警備隊長を務めるだけあって、反応も良い。不意打ちは厳しそうだ。


「杞憂であってほしかったよ、ましら。ボアソナードを正式に逮捕する好機ではあったが、お前さんに目をかけていたのは本当だった。願わくば警備隊で共にこの国を守りたいと、本気で思っていたんだがな……」

「採用は締め切りか?」

「残念だが手遅れだ。獄舎で務めを果たすんだな」


 俺は傍らの少女に小さく呼びかける。「アテネ、行けるか?」

「……、もちろん」アテネは肯いて草陰に身を隠しながら膝を立てた。強がってはいるが、脚がまだ小刻みに痙攣している。


 カミラタが両手から雷光を繰り出す。左右の木々が雷を受けて燃え出した。


 俺は熱を感じて振り返る。後ろからも火が迫ってきている。さっきカミラタが撃ち損じた辺りである。……いや、むしろ狙いはこれだったのだ。初めから居場所の定かでない俺たちを狙撃するよりも、火と煙で炙り出す作戦だったのである。奇しくも、同じ作戦というわけだ。


 俺は逃げ道を探し周囲を見渡した。既に四方を火に囲まれている。抜け出すにはカミラタのいる河畔に飛び出すほかない。だが、それでは格好の的だ。


 俺はアテネをまだ火の回っていない藪の近くに横たえ、樹に上った。逃げる算段を考えていたが、止めだ。ジンメルの仇をここで討つ。枝から枝へと飛び移って燃えた木の端を手折り集める。火に巻かれているなら、逆にこいつを利用する。


 ぱちぱちと火の粉が舞い、顔に降りかかる。樹上は煙たいし、熱気も大したものだ。俺は浅く呼吸して何とかやり過ごす。カミラタは俺達の影を探して岸辺をうろついている。まだ上方の俺には気づいていないようだ。


 枝の火が爆ぜ、右手の毛皮に燃え移る。叫び出しそうになるのを堪え、俺は木切れを握りしめる。まだ離さない。カミラタが隙を見せるのを待つ……。


 突然、左手から派手な音が響いた。見るとボアソナードが片手を挙げている。俺の意図を察し、枝を落として敵の注意を引いたのだ。予想どおり、カミラタがそちらを睨みつける。今だ! 俺は持っていた松明たちを投擲武器(スリングショット)にセットし、弓を引いた。無数の炎の矢がカミラタに飛び掛かる。この数はさすがに躱し切れない……!


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