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人獣見聞録-猿の転生 Ⅰ・猿猴が月に愛を成す  作者: 蓑谷 春泥
第1章 サウンド・オブ・サンダー
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第10話 脱獄計画 その2

「貴様に来客だ」

「来客?」


 看守が脇にのけ、折り目正しく敬礼する。「隊長殿、444番であります!」

「ご苦労さん。……よう、若人(わこうど)

「カミラタ……!」


 檻の前に立ったカミラタはひらひらと手を振った。


「隣の新顔はお昼寝か? 刑期の短い者は日中、真面目に労働するからな。良い事だ」

「……俺に何の用だ」


 俺は警戒しながらカミラタの注意を引き付けた。ボアソナードの顔が見られれば、変装を見抜かれる恐れがある。カミラタは蒲団に包まったボアソナードの方を無言で注視していたが、やがてこちらに視線を戻した。


「まあ、そう睨むな。捜査のついでに寄っただけだ」

「俺を監獄にぶち込んだ張本人が、よくも顔を出せたな」

「恨んでいるのか?」

「……いや。俺はやるべきことをやり、あんたも職務を全うした、それだけだ」

「見込み通りの男だな」


 カミラタは満足げに笑みを浮かべた。


「刑期の長い新人の様子は見に来るようにしていてな。何しろ自暴自棄になる者が多い。お前さんの悪い噂も耳にしていたが、どうやら腐ってはいないようだな。安心した」

「悪い噂って?」


 俺は少し緊張して問うた。


「収監早々猿族の囚人から疎外されているとか、看守長と揉め事を起こしたとかな」

「ああ、そのことか」


 俺は少しほっとする。脱獄計画に感づかれたわけでは無いようだ。


「看守長のことはすまなかったな。右眼の調子はどうだ?」

「そうだな……、痛みは引いたが、相変わらず右の視界がぼやけてる。お陰で耳が良くなった」

「看守長は俺の同期なんだが、昔から度を越えがちなんだ。あいつは戦争孤児でな、人との対等な関わり方が分からんのだ。暴力でしか繋がれんのだよ」

「傍迷惑な話だな。……檻の内側にいる方が、よっぽどお似合いだぜ」

「そういう奴はたくさんいる。ただ、あれは自民族の連中が面倒を見てきたからな。犯罪には手を染めなかった。あいつにもし帰属する集団がなかったらと思うと、ぞっとするよ」

「そういうものかね」


 俺は難しい表情で答える。カミラタの表情はもっと険しい。組織を束ねる者として、悩める部分があるのだろう。


 暮れなずんでいた空が陰り、獄内を黒く染め始めていた。


「にしても、こんな時間まで監獄にいるなんて、泊まり込みか?」

「鋭いな……」


 カミラタは何かを思案するように宙を眺めると、やおら説明を繋げた。


「実は数日間監獄長と副長が席を外すことになっていてな、看守長が監獄長代理を務めると言うので、捜査のついで監査役として来たのだ。ブレーキ役は必要だからな」

「……! 長く滞在するのか」

「いたら困ることでもあるのか」

「いや……、あんたがいると静電気に悩まされそうだと思っただけさ」


 軽口で誤魔化したが、内心は少し焦っていた。カミラタが付くことで警備シフトが変更される可能性があったし、何より彼の行動圏内で脱獄騒ぎを起こすのは、リスクが高すぎるのだ。


 カミラタはこちらをじっと伺い、鷹揚に付け加えた。


「そう気を立てずとも安心しろ。4日後には帰る」

「そいつは安心だな。……山道を行くなら気を付けろよ。あの辺はこの季節毒虫が湧くって、看守たちが噂してたぜ」

「言われずともだ。……では忠告通り、街道か林道を行くとするかな。……」


 それからカミラタは一瞬逡巡を見せて、世間話のような調子で切り出した。


「時にお前さん、帰る場所はあるのか」

「何?」

「調書を読んだぞ、流れ者なんだろう。さっきの話ではないが、帰属する先の無い人間は悪事に走りやすい。……引き留めてくれる存在が必要なんだ。監獄の仲間が家族になる者もいる」

「それは、随分と賑やかな家族だ」


 俺は皮肉に笑った。確かに囚人の中で安定した地位を築いている集団もいる。


「まあ、今のはあくまでも一例だ。囚人たちに馴染めとは言わん。ここはとにかく荒くれ者が多いからな」

「嫌に遠回りするが、何が言いたい? 帰るも何も、俺はこの先30年は塀の中なんだぜ」


 脱獄しなければ、だが。俺は腹の中でそう呟く。鉄格子の中は薄暗く、カミラタの輪郭を隠している。カミラタは看守に合図を出した。肯くような気配があって、廊下のランプに灯りがともされた。カミラタの顔に温かい陰影が出来る。


「ここからが本題なのだが……」


 カミラタは静かに口火を切った。俺は固唾を呑んで次の言葉を待った。


「マシラ・ソソギ……、警備隊に入る気は無いか」


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