それとなく春
今は何。
今はいったい何処。
気温は、上に行ったり下に行ったり。
季節感なんて、ちっとも感じない。
あたたかさなんて、うっとおしいだけだ。
寒さなんて、煩わしいだけだ。
「つぼみだ」
桜は、小さなつぼみを作っていた。
それは、もう春だということを示していた。
それとなく、春にいた。
それとなく、一年が過ぎていた。
春が来るという言葉は、恋愛にも使われる。
だが、その言葉とは無縁だ。
春にフラれ、もう春が来てしまった。
私は、桜の木から去った。
逃げるように。
「すみません。落としましたよ」
そんな言葉が、後ろから聞こえた。
耳に残っていた。
一年経っても、忘れはしない。
あの甲高い声。
あの人で間違いない。
でも、あの人は、まだ私だと気付いていないだろう。
心の奥から、それとなくではなく、はっきりと、春の記憶がよみがえる。
私は、泣きそうな笑顔で振り返った。