ゾンビ
ゾンビが街を支配していた。
ゾンビ……それは歩く腐乱死体。身体の至る所に咬み傷や損傷があり個体によっては内臓がぶらんと垂れ下がっている。悪臭も酷い。時折り、「ゔぅー」だとか「あぁーー」とうめき声を発し、突如として現れたそれは、人々を襲った。
未知のウイルス。生物兵器。様々な憶測を呼んだが、世界中が同時多発的にゾンビに侵食された事でどの国の政府も、研究機関も機能しておらず真相を知る者は誰一人としていない。
そう、今現在この世界ではその日一日を生きる事だけが全てだった。
ゾンビに噛まれるとゾンビになる。理屈は分からない。ただこの世界では単純明快なルールだった。
ゾンビに噛まれてから早い人で一時間。僕が知っている中でも、二十四時間を待たずしてゾンビへと変貌を遂げる。
ゾンビの知能はかなり低い。かなり低いと言うよりも無いに等しい。彼らは音に敏感で生存者の発する音に向かって寄ってくる。多分視覚はほとんどないだろう。街をふらつくゾンビはよく足元の瓦礫なんかに躓いて転んだりしている。後は嗅覚が鋭いかもしれない。「ゔゔー」という呻き声と共に時折り鼻を膨らませ匂いをかぐ仕草をする。彼らの体臭の方が強すぎて、匂いで判別出来ているのか定かではないが、可能性は捨てきれない。
そして、何よりゾンビの最も特徴的な習性は食欲だ。彼等は異常なまでの食欲を有している。食欲の権化と言い換えてもいいくらいだ。食欲以外の行動理由はなく自らの飢えを満たす為だけに行動している。ある意味で、人間の最も醜い部分だけが残った存在とも言える。自分が良ければ、他人を侵害する事を厭わない。欲求に忠実で醜く卑しい存在。
生者を見つけると我れ先にと群がり血肉を貪り食う。時たま、その光景を僕は見る事がある。最初の頃はなんて惨いことをと、心底ショックを受けたものだが、人間何度か同じ光景を見ると慣れが生じ、昔見たスーパーマーケットのタイムセールに挑む人々が商品を我先にと取り合い群がる様に見えてきて、今では人もゾンビも本質は変わらないのではないかと思ってしまう節があった。
それと、ゾンビには常識離れした不死性がある。そもそも死者が蘇っている事自体あり得ない話しなのだが、更に彼らは脳が損傷しない限り死ぬことは無い。最初から死んでいる者に、死ぬことはない。とは、言い得て妙だが、ゾンビは心臓を撃たれようが、身体の至る所を損傷しても、損傷箇所を引き摺りながら足掻き、這いつくばって活動を続ける。
そんな彼等を止める方法が脳の破壊だ。脳を潰す事がゾンビの活動を止める唯一の方法なのだ。
僕は生き残った数名と、活動を共にしている。
食料の調達。他に同じ様に生存している者がいないか探したりしてその日一日を生きている。
ある日の事だった。仲間の一人が現在も町規模で都市機能を有した場所があると情報を得て来たのである。
僕達はすぐさま装備を整えて、その町へ向かった。
運が良かった事と、ここまで生き残った実力から無事に町へ辿り着く事が出来た。
町の入り口はゾンビ対策の為、一つしかなく周りはバリケードで覆われゾンビが容易に侵入できない形になっていた。
入り口周辺には武装した集団がおり常にゾンビの侵入に警戒を怠らない様子だった。
最初、やってきた僕らを遠目から見た警備は、ゾンビと誤解して威嚇射撃をしてきたが、両手を上げ敵意が無い事と、ゾンビはしないであろう仕草をした事で警戒を解いてもらえた。
町に入れてもらうことはできた。けれど問題はここからだ。この町は信頼に足る町であるのだろうか?そして僕らはこの町に信頼してもらえるのだろうか?
そう考えていると、町のリーダー格の男がやって来て、「よくぞご無事で……ここまで来るのに大変でしたでしょう」と挨拶をしに来てくれた。
お腹空いてるでしょ、食事の準備をします。と言って、僕達を食事の席へ案内してくれた。その対応は異常だった。平和だったあの頃ならまだしも、今は、缶詰一つで人が死ぬ。それなのにこの街の人は、食事を振る舞ってくれたのだ。
「皆様は、永住を希望ですか?それとも近いうちにまた旅立たれますか?」食事を共にしながら男が聞いてきた。
僕は丁重に扱ってくれる目の前の男に驚きながら「永住する事もできるんですか?まだ僕達の素性も知らないと言うのに」と、正直な言葉を述べた。
それを聞いた男は、「こんな状況ですからね。助け合いが大切です」と微笑んでくれた。
こんなにも他所者を歓迎してくれる場所は初めてだった。警戒していたのは僕たちの方だった様だ。
仲間たちと話し、永住してもいいのなら永住を希望したい旨を伝えた所男はとても嬉しそうな顔をして「仲間が増える事はいい事です」と笑って見せた。
終始和やかなムードで話が進みこれまでの張り詰めた緊張の糸が途切れたのか仲間の何人かが欠伸をし出した。
「あぁ、疲れているでしょうから今日はシャワーでも浴びてゆっくり休んだらどうでしょうか?」
僕は男の言葉に耳を疑った。「え、今シャワーって言いました?」「えぇ、この町ではシャワーが使えますよ。それにある程度の家電も使えます。なんせ電気が通ってますから。まあ、テレビは点きますが放送を見る事は出来ません。局が動いてませんからね」男は最後のは冗談として不謹慎でしたかね?と笑って言った。
「電気が通っているっていうのはどういう事ですか?どこに行っても住む場所はあれど、電気が通ってるなんて事ありませんでした。精々が火油程度……」
「この町には特別な発電機があるんです。町の心臓と言っても差し支えない」
不思議がる僕らに、男はシャワーの前に見に行きますか?と提案してくれた。僕は是非と一言行って男の後ろを着いていく。他の仲間は久しぶりのシャワーを浴びたいというので僕とは別行動となった。
男の案内で町の心臓部へやってきた。他所者をこんな簡単に町の中核へ連れて来て良いものなのだろうか?と僕は斜めな事を思いながら男に言われるがままある一室へと入った。
目を疑う様な光景が広がっていた。
ゾンビがいたのだ。それもただゾンビがいるのではなく、整列している。整列して何か丸太のような棒を押している。丸太のような棒は8本あり根元には大きな機械が設置されていて、さながら大きな石臼の様な物だった。それを丸太に括られたゾンビが呻き声を上げながら廻している。
男は目を爛々と輝かせながら、「どうです、凄いでしょ」と笑って言った。僕は「これは一体?」と聞くと、男は「ゾンビを発電の動力に使っているのです」と言った。
「貴方もここまで生き残ってこられたのなら、お分かりだと思いますが、彼らゾンビは疲れを知らない。そして意思がない。これを使わない手はないでしょう?私は世界がゾンビに支配される前は会社を経営していました。ゾンビを見た瞬間思ったのです。こんなにも労力になる物はないな。と。だってそうでしょう。生きた人間には休みを与えなければいけないし、不満も言います。けれどゾンビはそんなもの必要ありません」
僕は確かに。と、思った。
男は「少し話が変わりますが」と切り出し、「ゾンビの正体をなんだと考えますか?」問いかけてきた。
僕は、的外れにならない様に「生物兵器とか、ウイルスの類ですかね?」と答えた。
それに対して男は実に普通ですね。と、笑った。
僕は少しその反応にムッとしたが、男の話をそのまま聞くことにする。
「ゾンビは抗生物質です」男は言い切った。僕は男の真意が分からず「えっと……」と困惑の声をあげる。
「貴方は、癌という病気のプロセスをご存知ですか?」
「えぇ、まあ、素人知識ですが細胞分裂を繰り返す際に生じるエラー細胞の積み重ねみたいな?」
「そうです。生物は生きていく上で、細胞の代謝が常に行われています。そこでごく稀にエラーが生じ増幅する事で癌として身体に支障を来たす。地球というこの星を一つの生物として見た時、我々人間は一体なんなんでしょうか?生物は本来、自然環境のサイクルを廻す存在です。しかし我々人間は猿から進化した際、この星を食い潰す事で生存している。言わば人間は地球の癌細胞なのです」
僕は男の話が少しばかり飛躍しているなと思いながらも、謎の説得力を持っていることも否めなかった。男の話はそのまま続く。
「地球上の生物の多くは自らの個体数を調整する機能を本能的に持っているのをご存知ですか?……ご存知ではない?では、ハムスターを例にしましょう。ハムスターを一つのゲージに密集する個体数を入れると共食いを始めるのです。あんな可愛い見た目でですよ?レミングという動物に至っては、死の行進と言って、種が増えすぎた時、集団自殺を行うのです。これはきっと地球の食物連鎖の維持の為、生物が本能的に持っている個体数の調整を行う為です」ここまではお分かりいただけましたか?と、男は僕に問いかけてきた。男の話を遮らない様に僕は頷いて返した。
「では、人間は?」
「え?」
「では、人間はどの様にして個体数の調整を計っているのでしょう?」
「人間は、動物的というより知的なものだからそういう事はしないんじゃ?」
「いえいえ、人間だって先に話した通りチンパンジーから進化した動物ですよ。ホモサピエンスなんて自らを賢い生き物と名付ける傲慢なね」
人間が動物的に個体数を減らすなんて事しているだろうか?僕は考える素振りをして男の答えを待った。
「戦争です。戦争がその最たるものではございませんか。人が人を殺すそれは、俯瞰して見れば個体数の調整と言って差し支えない」
男の意見に言い得て妙だなと納得してしまう自分がいた。僕は特別学がある訳じゃないので、世界で起きている戦争の実情を詳しく知らないが、歴史的に見るのではなく、生物的に人間という種を見たとき確かに戦争というのは人類の間引きにも似た何かを感じた。
「それで、話が戻るのですが、ゾンビの正体ですが。あれは人間に組み込まれた、人間の個体数の調整の一つだと私は思うのです」
「人間の個体数の調整は戦争だったのでは?」
「えぇ、戦争も一つです。ですがどうですか?現代は、高度な医療に、科学の発展、飽食の時代になり世界の人口は止まることを知りません。地球も悲鳴を上げています。そこでゾンビの登場です。人間が人間を食べる。まるでさっき話したハムスターの様ではありませんか?」
「確かに」
「チンパンジーのエラーとして現れた人間。それが地球を食い尽くそうとしている。それを止めるための対抗手段として抗生物質たるゾンビが人間の活動を抑制する。これが私の見解です」
男の話は憶測の域を出ていない箇所が多い為、全てを鵜呑みにする事は出来ないと思ったが、妙な説得力と理屈は通っていると感じた。
「こんな世界になる前から、私はゾンビ映画が好きでしてね……貴方はそういった映画は観る方ですか?」僕はその問いに「ホラーは苦手だったのでほとんど見た事ないです」と頭を横に振って言った。
それは残念。と、男は落胆しながら「ゾンビ映画はいいですよ。何たって、セオリーがあるんですから」と続けた。
「セオリー?」
「そうです。セオリー……謂わゆる、あるあるです。例えば、頭を破壊しない限り活動を続ける。だったり、世界中がゾンビパニックに陥った時、主人公は気絶していたりして、その惨状を知らないとか。これは制作側の思惑があるでしょうね。あとはショッピングモールに立て篭もるのも定番ですね。倫理的に子供のゾンビなんかはあまり見ないなんてのも。」
「へー、色んなセオリーがあるんですね」僕は男の知識の豊富さに驚くと同時に関心のため息が出る。
「えぇ、たくさんのセオリーがありますよ。私はそのセオリーが見たいが為に、ゾンビ映画を見ていた節があるくらいですから。中にはそのセオリーを主人公が行動原理にしている映画もあるくらいです。今度見てみてください」あ……今は、難しいか。男は笑う。
「取りわけ、私が好きなセオリーはね。主人公か安全な場所へ向かうも、その安全な場所が、安全だった試しがないってのが好きでしてね」男は言って、更に加速して笑った。男の雰囲気が変わった事を僕は悟る。
「でも、現実は違うじゃないですか?貴方はとても素晴らしい町を作り上げて、ここはとてもaんぜndぁ……?」
あれ……なんだか急に呂律が回らない。いや、身体に力が入らず、立っているのがやっとだった。
「そろそろ、時間の様ですね。薬の効き出す頃合いだ。先程の食事に少し細工をしていました」と男は言う。
「な、なんで……」僕は精一杯振り絞って男に問い掛けた。
「だって、あなた方は永住を希望だって仰っていたじゃないですか?だから望み通り永住していただくんです。あのゾンビたちと一緒にね。もちろん貴方のお仲間もご一緒に」
そう言って男はこの街の動力源となっているゾンビ達の方を見た。
「いくらゾンビが疲れ知らずだとしても、酷使すれば肉体は損傷します。ほら、あのゾンビなんて脚が取れ掛かってる」
「あぁ、……え、、」僕の口は呂律が回らず言葉にならない。
男は僕のことなんてつゆ知らずと言った具合で話を続ける。「五体満足のゾンビを手に入れるのはかなり苦労するんですよ。なんせ、喰い殺されていますから。だから、この街に寄ってくる人間をゾンビにして、動力源にすることを思いついた」。
強烈な眠気が僕を襲う。瞼が重たく視界が狭まっていく。
男は僕の腕を何かで引っ掻いた。
それはゾンビの指の一部だった。
爪の部分で引っ掻かれた様だ。
「知ってましたか?ゾンビに噛まれずともゾンビによる外傷でゾンビ化してしまうこと。次に貴方が目を覚ます時、貴方は文字通りこの街の歯車の一部です」
嫌だ。と、声にしたいが声にならない。必死に発声しようにも呻き声が漏れるだけだった。
薄れゆく意識の中で男の声がノイズ混じりに聞こえる。
「序盤はゾンビとのサバイバルだったのに、物語終盤は人間同士の争いに変わりがち……なんてのもゾンビ映画のあるあるですね」




