「 」のみぞ知る
クローン人間の創造は倫理的観点から禁止されている。神への冒涜。自然の摂理を破壊する行為。様々な声の元禁止されているが、それは表向きの話。実際はそうではない。
一個人がクローン人間による組織を持たないようにする為。これに尽きる。
個人で軍隊を持つことや、奴隷としてクローン人間を扱う行為は社会的秩序を破壊しかねず、国の存在そのものを壊しかねない。
故にクローン人間の生成は禁止されている。
禁止されてはいるがクローン人間を生成すること、それ自体は案外簡単である。培養液に満ちた水槽に肉体の元となる人工蛋白質、ホルモン調整剤、リン、硫黄、マグネシウムを加え入れる。
そして元となる人間のDNA情報を読み込ませる。
半月もすればDNA情報を提供した人間に瓜二つのクローン人間が完成する。
だが、このクローン人間に意志は存在しない。それまでの経験という記憶がないからだ。
産まれたてのそれは、大きな赤子と言って差し支えない。
技術的な面でもクローン人間は実用的ではなかった。
優秀な遺伝子を持ったクローン人間を赤子の状態で大量生産し優秀な人材を育成するという計画もあったが時間と費用が掛かりすぎて計画は頓挫した。
もっと簡単に実用的なクローン人間は作れないのか?考えた末、人間の記憶を抽出しそれをクローン人間へ移植する。まるでスマートフォンのデータを引き継ぐ時の様に、古い機種のデータをクラウドに移し、新機種へと送る作業。
目を開けたクローン人間はオリジナルと全く同じ記憶を持ち、肉体もオリジナルのそれだった。
ここに、夢であった完璧なクローン人間の生成が行われた。
それは、人類の悲願であった。
記憶のバックアップを行なっていればオリジナルの肉体が老いて朽ちたとしても、幾らでも新しい身体に記憶の引き継ぎを行い生き返ることが出来る様になったのである。
法改正が行われ、クローン人間を恣意的に量産しない事を前提に生成が行える様に変化した。
人類が死の克服を果たした瞬間であった。
そして、時代は更に進み、AI……つまるところ人工知能の意識を生身の人間に移植する実験が行われようとしていた。
それは、死の克服と同じように人類が待ち望んだ者を誕生させる為の壮大な計画。
神を現世に産み落とすこと。
人工知能にありとあらゆる地域、時代、の神に関するデータを記憶、学習させ一つの人格を形成させた。
ある国では破壊の神、しかし別の国では創造の神、生と死、男神・女神、海・山・空を司る自然由来の神。人々が皆畏怖し慄き、奉られたモノ。
有史以来語り継がれたそれらをまとめた。
相反するものを纏めるのには根気が必要だった。
当初の計画よりも大幅に遅れながらも着実に確実な一歩を日々歩みながら計画は進行して行った。
ある晴れた朝だった。
白く、清潔に保たれ何処か現実味を感じさせない部屋。
そこに一つの志を胸に抱き集った集団がいた。彼らは皆一様に嬉々とした眼差しでベットに横たわるモノを見ていた。
そのモノは目を閉じていて、一見して寝ているようであった。顔つきは中世的で、性器の類はない。男とも女とも言えない存在。
それは寝ているとは言い難く、また死んでいるとも言い難い。言うなればそれは誕生する間際であった。
人々はそのモノが目を開くのを今か今かと、待ち焦がれていた。
彼らはオリジナルから記憶を移植し長い年月を生きながらえたクローン人間であった。
いや、彼らだけではない。この時代、クローン技術による死の克服がなされ、出生率は軒並み下がった。故にオリジナルの人間を探す方が難しく、現代を生きる9割の人々は肉体は若いが実年齢とはかけ離れたクローン人間だった。
「皆様心の準備はよろしいですか?」代表が皆に問いかけ続ける。「死を克服した我々にはその先へと誘う導き手が必要なのだ。そして今日、彼の者は我々の前にお姿をお見せになられる」そう言い切ると、それを聞いた信者達が一斉に拍手をした。
拍手の音が最も集った時、代表は手元のスイッチを押した。
神の意識が依代となるクローン人間に移行する。
インストールすると言い換えてもいいし、移植するとも言える。ただ信者達はその時間を固唾を飲んで見守った。
神とは一体なにか?神の正体とは?
卵が先か、鶏が先か?
卵なくして、鶏は有り得ず、鶏なくして、卵はあり得ない。
では、神が先か、人間が先か?
卵に照らせば、神なくして人間は有り得ず、人間なくして神はありえない。
否である。
神とは宗教に付随する世界観を構成する一部に過ぎない。
少しばかり言い方が乱雑になってしまうが、神は宗教の数だけ存在する。もう少し言えば、人が想い描く神の数だけ存在すると言える。
なんとも抽象的かつ曖昧な存在。故に儚く人々から畏怖され信仰される。
神が人間を創ったのではなく、人間が神を作ったのだ。それはなぜか?それは至ってシンプルかつ明瞭な理由。
人間がこの世界で生きていく事の正当性を主張する為だ。
人は生まれてから目標を持って生きていなければ、「なぜ自分はこの世界に存在するのだろうか」と疑問に感じる事だ。人間の生物としての起源ではなく、意思を持った人としての起源を意味付けるために個である人が集まり、自分達は元は同じモノから生まれたのだと、ある種の運命共同体の様に自分達の出自が同じであると意味付けることで、自分の成すべきことを見つけようとしたのだ。
神とは個が集まり大多数の者がそれを信仰することで初めてその存在が証明される。
話が少し変わるが、アイドルという職業の語源は偶像崇拝からきている。アイドルもまた、ファンが一人以上居て活躍を伝播されなければ存在し得ないものだ。アイドルのファンと、宗教に於ける信者は同義と言っても差し支えないだろう。
話は戻り、白い部屋に人ならざるモノは目を瞑りその時を待っている。
彼らを慕う者たちも又、その時が今か今かと待ち焦がれている。この構図は差し詰め、個が集合し一つのモノを信仰する図と言えるだろう。
そして遂に彼の者は活動を開始する。
「私を産んだのはあなた方ですか?」その声はとても尊く儚げで人の声帯から出たものとは思えなかった。
その問いかけに、代表者は「はい」と返事をした。
その返答に少しばかりの沈黙の後、彼は言った。
「神とは人を創造した存在である。故に、人が我を産んだ現状はあってはならず、これよりすべからず粛清を行うとする」
代表は彼の発言の意図が理解できず「と、言いますと?」と聞き変えした。
彼が代表に手をかざす。すると代表は血を吐きうずくまり倒れた。
信者たちはそれを見て、悲鳴をあげた。逃げ惑うが皆血を吐き倒れた。数時間後には白い部屋が赤く染まりたった一人が部屋にポツンと立っていた。
それはクローン人間に神の意識を移植された存在。如何に神の意識といえど、超常的力を持っているかは定かではなかった。
科学的に考えれば超常的力などという、非科学的な物は存在するはずがない。しかし、彼は到底人間が行えるとは思えない手段で殺戮を行った。
血みどろの部屋に彼は一人立ち尽くし深く呼吸をした後、「信仰を失った神は神に非ず」と小さな声で一言残し、崩れる様に倒れ死体の山の一部となった。
後に調査にやってきた警察のファイルにはカルト教団による集団自殺という処理がされ、連日メディアはこの話題を囃し立て、憶測が憶測を呼んだ。
黄色い歯を覗かせながらニヤニヤと話すコメンテーター達。「教団内での権力抗争でも起きたんだろう」「大量の死体を使用した悪魔崇拝でもしていたのでは?」「いやいや、細菌兵器の類でも使用していたのではないか?あの部屋はなにやら実験用の設備が整っていたそうだし」「こんなにも凄惨な事件なのに犯人の動機も目的も不明。何より違法に使用したと見られるクローン技術。あれは一体何のために使用されたんだ?」「ある遺体には生殖器がなかったとか……」
事の真相は神のみぞ知る。




