5、女神アルティナ
※4/5 ダンジョンの構造が変わる設定を無くしました。
女神。確かに彼女はそう言った。
正直俺は呆気にとられていた。茨に囚われる美しい女性。その出自はどう考えても特別な物だと思ってはいたが、まさか女神だなんて……。
驚愕のあまり言葉を失う俺に、アルティナはしずしずと頭を下げた。
「申し訳ありません。突然女神と言われても混乱してしまいますよね。しかし、それは事実なのです。ここはアンブロシアの檻。かつての魔王レイドルグが生み出した、女神を封印する呪いの迷宮です」
魔王レイドルグ。その名は聞いたことがあった。
それはもう数百年前。自らを魔王と名乗る異形の存在が、モンスターを率いて人類に戦争を仕掛けたのだ。そいつの名が、魔王レイドルグ。
しかし人類の必死の抵抗と四人の英雄の活躍により、魔王レイドルグは敗北した。そして人類はモンスターに勝利して今の平和があると伝えられている。
「女神は私を含んで四人存在します。かつて魔王レイドルグがモンスターを率いて人類を襲った時、我々四人の女神は適性ある人間に力を授けました。その力を持って人類はモンスター相手でも有利に戦えたのです」
「人間に力を授けた? じゃあ、もしかして魔王を倒した英雄って……」
「ええ、我らが力を賜り、その中でも特に秀でた者達です。人の子の間では四英雄と語られていますね」
女神アルティナは、遠い昔を懐かしむように目を細めた。
「そして魔王を倒したことで争いは人々の勝利となりました。しかし魔王レイドルグは、死に際に呪いを残したのです。それは女神封印の呪い。魔王はかつての己の住居に我ら四人の女神を封じ込めてしまったのです。レイドルグは、己が死んでも遠い未来にまたモンスターと人間が争うと確信していたのです。我ら女神を封印する事で、人々は今回のような力を得られなくなる。そうなれば、遠い未来の戦いではモンスターが勝利すると考えたのでしょう」
「……ここ、かつての魔王の根城だったのか」
どうりで好戦的なモンスターが多いし雰囲気も悪いわけだ。
「そして魔王の呪いが残され我ら女神が封印されたこの地はアンブロシアの檻となり、魔王の魔力によって次元と空間がねじれ、誰も立ち入れなくなってしまいました」
「……え? じゃあ俺はどうして入りこめたんだ?」
「おそらく、長い年月によって呪いが弱まりつつあったのでしょう。あなたが立ち入れたのは偶然か……あるいは、我ら女神と何らかの繋がりがあり、我らの波長と同調したのかもしれません」
「いや、俺はただの村人だけど……」
「何分長い時が経っております。あなたが四英雄の遠い血族であるという可能性もありますよ」
……うーん。自分ではとてもそうは思えない。
俺はただの平和な村人だ。
だけど……確か俺の村の名はアルテナだ。偶然かもしれないが、女神アルティナと似ている。
俺というか、あの村の住人が女神アルティナと何らかの関係があったのかもしれない。
しかしそんなことを今考えてもどうしようもない。
「とりあえず女神様が封印されていた理由もここが何なのかも分かって良かったよ。それで、そろそろ脱出したいんだけど……」
「できません」
「へ?」
「このアンブロシアの檻は、空間や次元を常に移動しているため、普通の迷宮とは違うのです。脱出するのは不可能と言えるでしょう」
「い、いや……でも女神様の力ならどうにかなるんじゃないか!?」
「残念ながら……永い封印によって力をかなり失っているのです。今の私は、普通の人間とそう変わりありません」
何てことだ……。事態が好転するどころか、むしろ絶望的な現実を突きつけられてしまった。
「……いえ、もしかしたら一つだけ脱出する方法があるかもしれません」
「ほ、本当か!?」
わらにもすがる思いで俺は女神アルティナに近づいた。
「そもそもなぜここから出られないのか、ですが……ここアンブロシアの檻は別名魂の牢獄と言われ、ここに足を踏み入れてしまった人間は魂を囚われてしまうのです」
「……俺が何度死んでもここで目覚めるのはそのせいなのか?」
「おそらくはそうでしょう。そして魂が囚われているからこそ、地上へ戻ることができない。しかし……地下へ行くことはできる。あなたは私を助けるために地下を何度か探索しましたが、地下に入るたびにモンスターが復活していませんでしたか?」
「ああ……確かにそうだ」
「それは地下深くに行かせないための呪いなのだと思います。おそらく地下の最奥に魔王の呪いの元があり、それを消し去ればアンブロシアの檻も通常の迷宮に戻るのではないでしょうか。そうすれば、地上へ上がる階段が現れるはずです」
「なるほど……じゃあそこまで行けば……!」
と言ったところで、俺は辛い現実に気づいた。
いや、俺スケルトン三体にすら負けるじゃん。どう考えても地下の奥深くに行くのは無理だ。
「あの、女神様。ちなみにだけど、この迷宮は地下何階まであるんだ?」
「……少なくとも三十以上はありますね。しかも地下深くに行けば行くほど強力なモンスターが待つでしょう」
無理だ。スケルトンにすら必死な俺では絶対に無理だ。
だが、俺に無理でも女神様ならできるかもしれない。
女神アルティナは力を失っていると言っていたが、その力の源はマナクリスタルだろう。
だから俺がなんとかスケルトンを倒しまくってマナクリスタルを貢げば、いずれ力を取り戻すはずだ。
しかし、女神アルティナは俺のそんな浅はかな考えを見透かしているようだ。
「ちなみに言っておきますが、私のかつての力を取り戻すには、大量のマナクリスタルが必要ですよ。しかもマナクリスタルは凶悪なモンスターほど大量に落とすので、スケルトン程度の弱いモンスターでは、何十万、あるいは何百万体も倒さなければ不可能でしょう」
「ま、マジですか……」
「更に言えば、我ら女神は人間に力を授けるのが本領で、自ら戦うのは不得意です。かつての力を取り戻したところで、呪いの元を断つのは不可能でしょう」
「そ、そうか……しょせん浅はかな考えだった……」
がっくりと肩を落とす俺に、女神アルティナはしかし慰めるように言った。
「いえ、あなたの案は、ある意味でそう悪くないですよ」
「え?」
「先ほど言ったように、我ら女神は人間に力を授けるのが本領。つまり、あなたに力を与え強くすればいいのです。その為にはマナが必要不可欠ですが、あなたが強くなればマナも大量に集まり、様々な能力を授けることができるでしょう」
「おお……!」
なるほど、女神様はかつて人間に力を授け、魔王すら倒せる実力者へと導いたのだ。その力を俺にもくれれば、この迷宮を攻略するのは不可能ではない。
「な、なら早速俺に力をくれ! いやください!」
「え、ええ……それはいいのですが……」
女神アルティナは、なぜか頬を染めて俯いていた。
「……まさか、マナが足りないとか? どれくらい必要か分からないけど、だったら今からスケルトンを倒して集めてくるけど」
「いえ、あなたに一つ力を授ける程度のマナはまだ残っているのです。しかし、その……」
何か言いにくい事があるのか、女神アルティナは何度か戸惑うように口に手を当てた。
やがて、彼女は意を決して言った。
「その……あなたに力を授けるためには、わ、私と……キ、キスをしてもらわないといけないのです」
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